第三話『名前を聞こうと思ったら……。』
シンクで食器を洗う音が聞こえる。未来から来た少女は淡々と了助の身の回りの世話をしてくれていた。
水の音が止まり、しばらくすると少女はちゃぶ台を中心として了助の向かい側に正座で座った。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな、なってゆーの?」
気まずくなってきたので咄嗟に当たり障りのないような話題を持ち出す。
「私には固有名はありません。」
「え?名前ないのか。」
驚いたが、確かに10機の量産のアンドロイド?に名前はつけないか…とおもいなおした。
「よければ名前をください。」
俺でいいのか?と聞くとハイ。と返ってくる。
なんてことだ、名前を聞いたら名前をくれと言われてしまった、んーどうしたものか。
「……結実ってのはどうかな。」
スマホで漢字をみせながら了助は告げる。少女は数秒間止まった。
「過去観測による検索を実行します。検索内容『結実』」
少女がそういうと首の皮が上下で分離し、首の奥から黒い物体が顔を出し、エアガンのスライドアクションのような軽快な音をしながら飛び出してくる。
チョーカーのような黒い物体は光沢がある部分を一昔前のパソコンの読み込み点滅のように緑色の光を光らせる。
「検索結果、マスターの中学時代同級生、1名『小早川 結実』。マスターとの経歴、中学1年時、同クラスで初めての隣の席。」
そういうと、黒い機械部分は首の奥に引っ込み首の皮が上下に六角形の集合体として現れ、隙間を埋め合わすようにして元に戻った。
一連の動作が終了したのち、少女は言い放った。
「初恋の人ですか?」
図星である。
小学校の頃、不思議ちゃんとして扱われていた自分に対して時に優しく時に親しげに話してくれたあの子に惚れた。
彼女の部活はバレーボールで、一生懸命にボールを追いかけ、部員に対してリーダーシップを発揮していた彼女が自分には光に見えたが、俺は網で区切られた反対側で卓球をしてて、よく先輩に集中してラリーしろと怒られていた。
初恋の淡い思い出である。
「あ、この人、中学の時バスケ部の同級生と交際してますね。」
「やめてくれ、他人の名前を流用しようとした俺も悪かったから、ウワサで止まっていた俺の失恋の最古の古傷をこじ開けに来ないでくれ。」
静寂が広がる。
「……私は結実、登録しました。姓は木淵でよろしいですか?」
「待て、いいの?お前本当にそれでいいの?そして苗字はまだ登録するな。」
ハイ、私が結実です。と肯定する。
「そうか?いいならいい、苗字は安道でな。」
スマホで漢字を出しながら告げる。
結実は驚いたと大きくポーズをとる、出会ってからはじめてのリアクションだった。
「木淵では、ないのですか?」
「そうすると親戚か兄妹にするしかなくなるだろ、明らかに俺との血が混ざってないような綺麗な姿をしてるのに。」
了助は述べた。
「なるほど、姓はのちに変えた方がいい。ということですね。」
違うわ。そういいつつ、アンドロイドだから安道と安直に付けたことがバレずに済んでよかったと思った。
そんなことを思っていたら結実から一言発せられる。
「初恋の人を引きずっててもいいことはない、と私は意見します。」
「悪かったな、だけどそれだけインパクトがデカいんだ。初恋ってのは。」
「私がここに現れた際とどちらが衝撃的でしたか?」
んーと腕組みをする。
「同じくらいかな?」
「なるほど。」
すっかり冷え切ったコーヒーを一気飲みし、ご馳走様をいう。
「そう言えば結実って、どうやって動いてるん?」
「私は工学的に恒常生物、人間の代謝に近い形での活動していますので、基本的には食事等でエネルギー補給ができます。」
あーだからカロリーを求められたときチーズを上げたら食べたのか。
「味とかわかるの?」
「味だけではなく人間の五感とほぼ同じに認識できます。」
「今、エネルギー残量は大丈夫なのか?」
「ハイ、今の私のエネルギー残量は50%以上あります。朝方、夕方にマスターと同様の食事を摂取することにより活動できます。」
へー便利な身体だなーと思った。
「そう言えばニーズに応えるとか言ってたけど、具体的には何ができるの?家事オンリー?」
「家事だけではなく、全てにおいてマスターの要望を全てできます。」
ん?
「全て?」
「はい、友人、恋人、夫婦、セックスフレンド、自慰用製品、妹、娘、祖母、従兄妹、触手、機械姦、催眠プレイ、リョナなど全てです。」
「なんか意味が違ってきてるんだけどさ。」
「違いません。私はマスターのニーズに全て答えられます。」
結実と名付けたアンドロイドはここまで淡々と発言をした。
「へ、へ〜……。SでもMでもいけるってか?」
少しひきながら了助は返答する。
「SでもMでもLでもいけます。」
性壁ってか!?アンドロイドでもギャグを言えるなんてすげぇな。と変に感心を抱いた。
「ちなみにSは平均的な女子◯学生の大きさくらいです。」
「やめよう、この話、俺がヤバいやつみたいだから。」
耐えられなくなり話題を終える。
「ここまできてなんだけど、結実は自力で未来へ帰れるの?」
「帰れません、未来にアンカーはありますが、私の装備では五次元空間の開閉や移動が制限されています。」
ハァ……。と1つ溜息を吐く了助。
「とりあえず、俺が過労死しないようにきてくれたということなら、俺のバイタルチェックとか身の回りのことをお願いしていい?」
というかもう家事とかしてくれてるから今更だけど。と続けた。
「わかりました。」
結実は立ち上がり、洗い物が終わった洗濯機へ向かう。
。