第二話『起きたら夢だったと思いたかったが……。』
休日、それは自堕落に過ぎていく自分だけの日。
なにかを焼くいい音と匂いがする、ベーコンだろうか?炊飯器の米が炊けた合図がなる。
あれ、俺実家に帰ってきたっけ?寝起きのアタマでそんなことを思いながらキッチンへ行く。
すると白くて長い髪をした女の子がコンロ前でベーコンと目玉焼きを焼いていた。
その後ろ姿を見て、昨日寝る前に起こったことが脳みそに流れ駆け巡る。
「夢じゃなかったのか……。」
思わず頭を抱えしゃがみ込む男に気がついたアンドロイド。
「おはようございます、マスター。朝ごはん、もといブランチがもう少しでできます。」
時間を見ると11時になるところだった。まあ朝飯というにはかなり遅い。
ただ、謎だったのが…
「なあ、ベーコンとか卵とかそこらへんってウチになかったはずだけど、どうしたの?」
そう、面倒くさくなって長い間自炊はしてなかったので食品は置いていなく、調味料はまだしもナマモノはあるはずなく、あっても腐っていたはずだ。
「問題ありません、スーパーにお買い物をしてきました。お財布を少々使用させていただきました。」
無断で金を使われた挙句にキッチンもつかわれてたのかとますます落ち込むが、まあいいやと開きなおった。
できました。と皿を持ってちゃぶ台までできた料理を運んでいくアンドロイド。
出てきたのは白米、カット野菜、ベーコンエッグ、味噌汁。簡単だが誰かに作ってもらった朝ご飯は久しぶりだ。
普段はクッキーやゼリーの栄養食やコンビニのおにぎりで済ましていた。料理の前に座り、いただきますと呟き味噌汁を啜る。
「〜〜っあぁー沁みる……。」
程よい塩加減と味噌の味に懐かしさを覚えて涙が出そうだ。
「五臓六腑にですか?」
少女は言う。
「あぁ、そうだなぁ。」
うまい。
サラダに胡麻のドレッシングをかけてかき込み、ベーコンを齧り白米を食べ、ベーコンが終わった後の残った白米の上に目玉焼きを乗せて黄身に穴を開け醤油をかける。それもかき込む。
「ごちそうさまでした。」
満足感が体を支配する。
「食後のコーヒーです。」
置かれるコーヒーを啜りながらふと思った。最初は得体が知らなすぎるこの女の子を帰るように説得することを考えたが、この部屋に現れた時、『将来の死因は過労。』と言っていた。とりあえず話だけでも聞こうかと。
「あー聞きたいんだけど。いいかな?」
恐縮そうな感じで了助は食器を片付けていた女の子に話しかける。
「はい、なんなりと。」
シンクに食器を置いた女の子はこちらに歩いてくる。
「ご飯美味しかった、また作ってくれるか?」
そういうと少女は前に出していた足を止め、直立になる。
「婚約ですか?」
……なぜそうなった?
男は頭を項垂れながら聞く。すると少女は淡々と返答を返す。
「日本には『お前の作った味噌汁を毎朝飲みたい』なるプロポーズがあると聞いていたので。」
私は構いません。と発言を締めた。
構わないのかよ。と出そうになるところを我慢して焦りながら了助は訂正をする。
「そうじゃないしどこ情報だよ、ご飯美味しかったってお礼と、まあ、寝ている間に掃除やら洗濯やらそして料理まで?してくれたんで、ありがたかったんだ。」
周りを見回すと何日間かの溜まったゴミ、洗濯物が全て片付けてあり、洗濯機の回る音がきこえていた。
それで…と言葉が出てこない。
「婚約ですか?」
話が止まってしまったので少女はぶちこんでくる。
「違う違う、そうじゃない。とりあえず婚約からは離れてもらって。んでなんで突然現れたとか君の話を聞いて状況を整理したいんだ、こっちは。」
慌てながらもなんとか自分の意見を言えてホッとする。
どこからか出してきた薬指についた指輪を見せつけてくる。
そのリングを了助が奪うと少女は淡々と自分の話を始めた。
「私は63年後の未来からきたアンドロイド…のようなものです。便宜上アンドロイドと名乗っています。目的は製作陣からマスターの未来を変えるために有体に言えば奉仕をしてこいとのことです。」
俺の未来を変える。そんなことのために来たのかと思ったが死因は過労と言う言葉が頭をよぎる。
「ここに来た時、俺の死因が過労って言ってたな。俺はもうすぐ死ぬ予定だったとかか?」
1番聞きたい話題をふる。少女は答えた。
「はい、正確には3年と3ヶ月後にマスターは過労で意識を失い、電車がくるホームに倒れ、轢かれてしまいました。」
過労、過労か。とにわかには信じられなかったが、思い当たることがある。
了助が勤務している職場場で今から3ヶ月後となるとちょうど繁忙期半ばにあたる。俺は繁忙期を乗り越えられず死んだと考えると少し信憑性があがる。
「なるほどな、それで製作陣の中に俺に手紙を書いた弟がいたってことなんだろうが、俺の弟は4年前に死んでるはずなんだよ。」
了助の弟、木淵啓介は4年前の3月の下旬に交通事故で亡くなっていた。運転初心者が曲がり角の先にいた啓介を轢いてしまい、運転手が人身事故でパニックになったこともあり、対処が遅れてそのまま息をひきとっていた。
少女は淡々と返答を返す。
「パラレルワールドというもので、私は啓介氏が自動車に轢かれず生きていた上に研究者として大成した世界からきました。」
違う未来の啓介は何十年もの月日をかけ、4次元、5次元の空間を観測し、瞬間移動、時空間移動を可能にしたとのこと。その自称アンドロイドもその技術によって過去の世界にやってきたという。
「信じられないような話だけど、じゃなきゃ俺の目の前に突然現れたりしないもんな。どうやってお前がここに現れた?封筒はどうやって俺まで届けたんだ?」
「今から3年前にブラックホールの重力場の観測が行われていました。
観測に使われた重力波を印とした際、丁度海外のとある国際郵便の窓口に物体を送ることができたので、そこに郵便物としてマスターへ郵送するプランになりました。
また私が昨日の夜に来た際は、封筒に同封されていたアンカータイルを使用してここに現れました。」
「あの白い板か……。それじゃ最後の質問、なんで俺に奉仕することになったんだ?」
「私がやってきた未来の啓介氏は極度のブラコンなのです。」
「ブラコン……。」
理由として1番出てくるとは考えもしなかった答えが返ってきた。
「はい、未来の啓介氏は実験途中で死んでしまった兄、了助さんが残した実験結果を元に成功をおさめたのですが、時空間の観測をした際にあらゆる世界で1つの共通点があったのです。」
未来の俺がそんな頭いいことになってんだなぁと思いつつ少女の話はつづいていく。
兄の了助が30歳を迎える前に死を迎えているという共通点があった。そう話す少女。
「俺、どの世界でも30歳になる前に死んでんの?」
「はい、マスターが過労で、私がいた世界の了助さんが実験中死んでしまう他にも、一家心中、急性アルコール中毒、一酸化炭素中毒、焼死など数多くの世界で色々な原因で亡くなっています。」
マジかよ、そう思わずにはいられない話をされた。
「ただ、自分の兄を助けてしまうとタイムパラドックスやバタフライエフェクトにより未来が大幅に変わる可能性があるため、それならもう完全に分岐した世界の兄を、兄が残した功績で助けよう。
そう考えて私たちを過去に送り奉仕するようにしたそうです。」
え?今なんて、私たち?
「今私たちって言った?」
「はい、私と同じようなアンドロイドがあと9機居まして、それぞれの世界へ向かったそうです。」
……他の世界の俺もこんな目に遭ってるのかと思うと同情心と親近感が湧き出た。