第十五話『ボロボロになって現れたと思ったら……。』
「ここハ私の4次元空間で、この1帯ヲ三次元へ落とし込んダえリあデす。」
四次元空間を三次元空間に落とし込んだエリア?
「……なにそれ?」
「例エると、建造ブツや部屋ニ置かレた紙のナカに書かれたヨうなモノです。」
想像をしてみる。
部屋の中の床に置かれた紙。紙の中には絵があり、俺らが座ってる絵だ。
「……何となくわかったような?」
なんか妙に落ち着いてしまった。
「ワタシ達はコの4次ゲン空間ゴト、時空カンを移ドウしてイます。必ズ、私タちは部屋ニ帰りマす。」
顔が吹っ飛んでいるからか、ところどころノイズや発音がおかしくて聴き取りにくい。
大丈夫か心配になる。
「アンシンしてください、ワタシは大丈夫ブブです。ココについて聴きタイことハナニカありますか?」
不安は加速するが、心配させまいとしているのがわかる。
何かないかと周りを見回す。
「……あ、アレ!あのタイルってなんだ?」
宙に敷き詰められている正方形のタイル、ところどころに動いているように見える、アレは一体なんだろうか。
「アレは演算機デす、タイル1枚1枚がガ、ワタシの頭脳。」
あれ1つ1つが結実の頭脳……?
「俺らはお前の脳みその中にいるのか、なんか不思議な感じだな。」
そんな感じです。と結実はかすかに微笑んだ気がした。
「ココハ本来、キョリという概念があやフヤにナル空間ナンです。そのタメ、無線LANを導入シタ際ニはどこでもムセンLANがバリ4で有線接続をサレタヨウにナリマス。」
指がないため、手首で空中に4の数字を書く結実。
「すげぇな、プロゲーマー垂涎の空間だな!いや、まてここで携帯会社のこの中に電波塔を建てたら……。」
「エぇ、5Gが常にバリ4です。シカシ生身の人間が4次元空間ニイタ場合、露出シタ箇所から体液ナドノ瞬時分離ガハジマり、体液が常に流れっパナシにます。」
目の前の娘は片方ポッカリと空洞になった胸を張って豪語する。
死ぬじゃんそれ……。
「……絶対に3次元空間を消さないでね?」
お願い、と手を合わせて祈る。
無論デス。と返答が返ってくる。
そこから会話が途切れる。
しばらく四方にあるタイルを眺めながらボケーっとしているが、一向につく気配がない。
「なぁ、距離の概念があやふやになるなら、それこそ一瞬で俺らのアパートに着きそうなもんだけど、どういう原理で移動してるの?」
俺は何気ない質問のつもりだったが、彼女にはそう聞こえなかったらしい。
「……5万文字以上ノ論文を57冊程で解説デキマスが、実行シマスか?」
怒ってる……。
「いいえ、やめときます、ごめんなさい。」
土下座した。
「……ゲンザイ、私タチのスイートホームにオイテキタあんかーを頼リニ時空間移動ヲ試ミテイルのデスが、実行デキズ、別の世界へ吸い込マレテイマス、リョウスケさんの言ウ通り、本来ナラモウスデニ着イテモオカシクナイのですが、トラブルが発生シテイマス。」
俯く結実。
「ワタシの残存エネルギーハホトンド無クナッテシマイ、ソノ場に留まるコトガ精一杯にナッテイマス……。」
こんな姿は初めてみた。そう、3年間で一度も項垂れることがなかった彼女が失敗をして落ち込んでいる。
「大丈夫だ、何があっても。」
安心して。そう言うのは簡単で、俺自身何かができるわけではない。このまま2人とも野垂れ死ぬ可能性だってあるかもしれない。
その時はその時だ。
「なにかして欲しいこととかある?」
右の掌がないから腕を優しく握る。
「ソウ、デスネ……。デハ、ワタシヲ抱キシメテクダサイ。」
少し強引だが、彼女の腕を引き、体重を預けさせ、両方の腕で欠損してしまった体を包み込む。
「大丈夫、大丈夫だから。」
そう囁く。
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ワタシがミスをした。
残存エネルギーを減らし、ただただ時間を浪費させ、主人を危ない目に合わせた上に帰るべきところへ帰そうとしたのに帰せず、今未知の世界へ連れていかれそうになっているのに、主人は大丈夫だと言ってくれて抱きしめてくれる。
何の根拠もないのに。
何の装備もないのに。
そこについた瞬間即死してもおかしくないのに大丈夫だとワタシと自分に言い聞かせるように頭まで撫でてくれている。
何も楽観視できるような状況じゃないのに、何故だか重力がなくなったかと思うくらいに軽い。
光源はあるはずなのに目の前の景色が暗くなっていたのが嘘みたいに明るくなる。
温感センサーは適温なはずなのにとても優しく暖かく感じる。
あぁ、これが安心としあわs───────────。
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タイルだらけだった視界が無数の球体となっていく。
その球体がシャボン玉のようにフワフワと浮かびどこかへ割れずに消えていく。
目の前には動かなくなったアンドロイド。
目の光も、擬態してない時には常に光っていたチョーカーのランプも消えている。
「後はまかせろ、俺が動けるうちにお前を治せる人を探す。」
そう言い、俺は動かなくなった彼女を背負い、荒野の中を歩き始めた。