第23話
「お前ら何してんだ」
その黒いモヤは次第に人の形になっていき、聞き慣れた声が耳に届く頃にはルタが私を庇うように男との間に立ち塞がっていた。
「あぁ?誰だお前」
「こっちのセリフだ。勝手に俺らの家に上がり込んでおいて」
ルタは男たちを睨みながら何かを呟いた。
すると男たちは悲鳴を上げる暇もなくルタの術によって氷漬けにされた。
「凍った…?」
「おい」
ルタは縛られたままの私を見下ろしながら目を細める。
簡単に解いてくれない様子から怒っていることが伝わってくる。
「え、えっと、おかえりなさい」
「…ただいまロウス」
約束したからか、帰ってきてから名前を呼んでくれる。
でも、彼の目は一切笑っていない。
「あのね、実は……」
「分かってる。こいつらが家に入ってきたんだろ」
「うん」
「それで?」
「そ、それでって?」
「何で俺をすぐに呼ばなかった」
確かにルタなら一瞬で助けてくれただろう。
しかし、それはルタにとって迷惑だと思い躊躇ってしまったのだ。
「だって、食事に行ったルタを呼ぶのは申し訳ないと思って…」
「お前なぁ…」
ルタは呆れたようにため息をつくと、指を鳴らして私を縛っていた縄を切ってくれた。
そのまま抱き上げられてお風呂場に連れていかれる。
「話は風呂に入りながらだ」
「ルタも一緒に入る?」
「お前が1人で入れないから手伝いだ。俺自身は後で入る」
「えー」
お風呂場で降ろされ、服を脱ぐように言われる。
その間にも説教は止まらない。
「あのな、さっきの話の続きだが申し訳ないとか思うな」
「でも…」
「お前が死んだらクーデターもお前が作る国も見られないだろ」
お湯を張ってくれているらしく仕切りの向こうから水の音と共にルタの声が聞こえる。
「それに俺はそんなに弱くないからな。気兼ねなく呼んでくれ」
「……うん」
「じゃあお湯張ったからこっち来い」
服を着るのは難しいが、脱ぐのは案外簡単で1人でもなんとかなった。
手招きされるまま湯船に浸かると、後ろからシャンプーを手に出したルタが近づいてきた。
頭を優しく洗ってくれる。
「…さっきの話とは少しズレるんだが、きっとこれから強盗や殺人、誘拐とかに遭遇する頻度が高くなると思う。俺が貴族の家から物を盗るのもはっきり言えば窃盗だろ」
「そうだね」
「お前が起こそうとしているクーデターはそんな犯罪とは比にならないぐらいの大罪だ。罪を犯すなら自分も誰かの罪の被害者になる覚悟がいる」
「それって…」
「…シャンプー流すから目閉じろ」
温かいお湯が頭にかけられる。
目を開けないように頑張っていれば、泡が流れていく感覚があった。
シャワーを止めてからルタは言葉を続ける。
「それでもクーデターを起こす気なら俺が全力で守ってやる」
昨日同様、リンスというものをつけられながらそう言われる。
「でも今日の件で怖気づいたなら諦めた方がいい。このまま進めばこれ以上の恐怖や苦しみなんてこれから日常になる」
「…それでもいいよ。諦めないから」
「なんでだ」
ルタは手を止め、私の前に回り込むとしゃがんで目を合わせてきた。
「俺が今の暮らしを保証する」
「それじゃダメなんだよ」
「どうして」
「私はこの国が許せないの。だからこの国を作り替える」
「怖くないのか」
「怖いからって諦めるの?」
私がそう言うと、彼は口元を歪めた。
笑っているような、泣いているような不思議な表情だった。
「何でそんな顔をするの?」
「…いや、何でもない」
再び立ち上がり、私の頭にお湯をかけてリンスを流した。
次に体も洗うがお風呂場は先ほどと打って変わって嫌に静かだった。