第1話
「あれ、消えた…?」
辺りを見回しても何もない。
ただ薄暗い路地裏があるだけだ。
「…あいつマジでぶっ殺す」
青年は首輪を触りながら舌打ちをした。
今お互いに立ち上がっているから分かるが、やはり私よりも相当背が高い。
「そんなことよりあなたの名前はなんていうの?」
「はぁ?」
「友達になったんだから名前教えてよ」
「友達じゃねえし」
青年は私とは逆方向に歩いていってしまう。
慌てて追いかけるも、体力がなく差は広がるばかりだ。
「待ってよ!」
「ついてくんな」
「協力して!」
どんなふうに呼び掛けても青年は止まってくれない。
体力が限界を迎えそうになった時、青年が首を抑えて急に立ち止まった。
「…おい、これなんだ」
「え?」
「急に首が絞まったんだが」
「店主さんが契約の印とか言ってたよ」
「あー、そういうことか。くっそ、何で俺なんだよ」
青年は苛立っているようで頭を強く掻いたかと思うと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「おい、ガキ」
「私の名前はロウスだよ」
「親が心配してるだろ。これ外してから大人しく帰れ」
「もういない」
「は?」
「お父さんもお母さんも戦争で死んじゃった」
私がそう言うと青年は少しだけ黙った後で小さく息を吐いて立ち上がった。
再び歩き出したが、今度は先ほどのような速さではなく追いつけるほどゆっくりだった。
しばらく無言で歩いたところで青年は口を開いた。
「…俺の名前はルタだ」
「ルタ…さん?」
「さん付けじゃなくていい。どうせ離れられないんだし、堅苦しいのも変だろ」
「離れられないってどういうこと?」
「…まさか知らずに契約したのか!?」
ルタの大声に思わず頷いてしまう。
それを見て大きなため息をついた彼はゆっくりと説明を始めた。
「いいか、俺はお前に呼び出されたんだ。それでこの首輪を着けられた。そこまでは分かるか?」
「うん」
「よし。で、この首輪には着けた人間と着けられたものの契約を結ぶ術が組み込まれていたんだ。だから現状、俺とお前は契約関係にある」
「ルタは人間じゃないの?」
「俺は吸血鬼だ」
私のことを見下ろす目が細められた。
確かに言われてみると牙のようなものが見える。
しかし、私はそれに恐怖を感じることはなかった。
私の表情を見たからなのか、はたまた別の理由があったのか分からないが、ルタが舌打ちをした。
「怖がらねぇのかよ」
「うん、だって友達だもん」
「またそれかよ……もういい。とりあえずこの首輪をお前に外してもらうか、もしくはお前が死ぬ以外にこの契約を破棄できる方法はない。かといって、許可なく離れれば今みたいに俺の首が絞まるようになっている」
「じゃあ私を殺すの?」
「いや、契約者に手出しできないようになっているみたいだな。多分お前を殺すと同時に俺も死ぬだろうな」
「そうなんだ」
「そうなんだって…俺にとっては重要なことなのだが」
「吸血鬼って何ができるの?」
「話を聞けよ…あー、吸血鬼は生物の血肉を食えば大抵のことは出来るぞ」
「死んだ人間を生き返らせるのは無理?」
「あー…それな、吸血鬼の間では禁忌なんだよ。だから能力的には可能でもできない」
「どうして?」
「死というのは全ての生物に共通した安らぎなんだよ。それを妨げる権利はこの世を生きている生物にはないし、誰かに侵害されるものでもない」
それはきっと吸血鬼が定めた死者への敬意なのだろう。
それを破ってまで叶えてもらおうとは思えなかった。
「…なんだ、親に会いたいのか?」
「……ううん、会いたいのはお父さんとお母さんじゃない」
ルタはそれ以上何も聞かなかった。
それが今は有難かった。