第16話
もしかしたらいつか私もルタが使っている術というものを使えるようになるのかもしれない。
そんなことを考えていると、ルタがゆっくりと起き上がった。
「とりあえず飯食おうぜ。吸血鬼について聞きたいことがあるなら食べながら聞くからさ」
そう言って立ち上がったルタは私の手を引いて1階のリビングまで連れて行ってくれた。
椅子に座って待っていると、朝ご飯に昨日とは違うスープとパンを持ってきてくれた。
「ありがとう!」
「あぁ、ゆっくり食べるといい」
スープを口に含むと優しい味わいが口に広がって美味しかった。
朝からでも食べやすい味でどんどん減っていく。
「で、吸血鬼について他に知りたいことは?」
「うーん…」
そう言われてもすぐに思いつくわけもなく、ルタのことも聞こうと思って口を開く。
「ルタはどうしてお店の水晶玉の中にいたの?」
「…それ、吸血鬼への質問じゃなくて俺への質問だな」
「別にいいでしょ?」
じとりとした目で見られるが、気にせず話を続ける。
「それに、ルタのことをもっとよく知っておきたいの」
そう言ってじっと見つめると、少し考えるような間が空いた後ルタが唸った。
「答えたいんだがあまり正確に覚えていなくてな。吸血鬼がどういう生き物かとかは自分のことだし分かるんだが、あの店にどうやって着いたのかとかどうしてあの水晶に閉じ込められていたのかとかは全くだな」
つまり、ルタ自身も自分が何故あの水晶の中に入っていたか分かっていないらしい。
私と契約する前の記憶が曖昧なようだ。
「でも昔のことを覚えていないからって特に不便なことはないし問題ないけどな」
あっけらかんと笑うルタを見て、私も笑ってしまった。
「ルタって結構さっぱりしているんだね」
「そうか?」
「だって記憶がないって不安じゃないの?」
「んー……まぁ全くないわけではないが、思い出したところで何かあるかと言われればそれこそ特に無いしな。俺は俺だからさ。それ以上でも以下でもねぇ。それに記憶はないが、知識はなくなっていないから何とでもなる」
ルタは私よりも現状を随分と達観していた。
いや、達観しているというより自分の在り方をしっかり持っているといった方がしっくりきた。
「ルタって何歳なの?」
「…何歳に見える?」
揶揄うように聞いてくるが、見た目通りの年齢ではないだろう。
見た目的には20代後半ぐらいだろうか。
あと1つ思ったことを言わせてほしい。
「知り合いのお姉さんに教えてもらったんだけれど、その質問って売春の時はタブーらしいね」
「少なくとも9歳か10歳の子どもが得ていい知識じゃねぇな」
「そう?でも私と同じくらいの子で売春している子もいるんだよ」
手を合わせて食事を終える。
話しながらの食事だったから時間はかかってしまったが、何とか全て食べ終えることができた。
立ち上がり、食器を流しに運んだところでルタに後ろから抱きしめられた。
「え、なに」
「…お前は、そういうことしたのか?」
いつものふざけた調子ではなく真剣な声色で問われた。
抱きしめる力が少し強くなる。
「そういうことって何?」
「…売春とか」
「私はしてないよ。見た目が珍しいから攫われかけることは多かったけれどね」
そう答えるとルタが安心したように息を吐く音が聞こえてきた。
私がどんな生活をしてきたのか気になっていたのかもしれない。
でも、そんなに心配してくれているとは思わなかった。
なんだか嬉しい気持ちになって振り返ってルタに抱きついた。
身長差がありすぎて飛びかかるような形になってしまったのはご愛敬である。
「おい、危ねぇだろ」
「ルタって優しいよね」
「……うるせぇ」
「照れてる?」
「黙れ」
そんなやり取りをしながらしばらく抱き着いていたが、しびれを切らしたのか剝がされる。