1話:発端
コンコン。
病室のドアをノックする音。
「はぁい。」
この時間って・・・。
朱里は机上の時計に目をやる。
3時20分。
あ、桃花とお母さんだね。
「おねえちゃん!」
やっぱり。
「あ、ももちゃん。元気してた?」
「うん!」
「朱里、大丈夫?」
「うん。このごろ調子いいんだ!」
でもほんとは、あんまり病状が良くないことをお母さんは知ってる。
でも、桃花には心配させたくないから。
「ねぇねぇ。」
ベットの上の朱里に桃花は上目遣いに視線を投げて、そして笑う。
「うみにいこうよ、おねえちゃん!」
「……海?」
「うん。だってほら、そこ。まえにいこうっていってたよね。」
まえ?
そうして朱里は思考を巡らせる。
まえ・・・。この前桃花が来たのは、たしか9月・・・いや8月・・・。
「…あぁ。」
ようやく合点がいった朱里に、桃花の嬉しそうな顔と、母親のあわてた顔が飛び込んでくる。
「だめよももちゃん。おねえちゃん風邪ひいちゃうから。」
「えーっ。」
「いいよお母さん。そんなに寒くないし。看護士さんに許可取ってくれば。」
「そーぉ?」
だいじょうぶだってば、と付け加えて、上着を羽織る。
じゃあ取ってくるね、といって駆けだした母親を見やって、桃花がベットの上に登ろうとしてるのを助ける。
ももちゃんひさしぶりだね、という朱里の言葉をきっかけに、桃花のおしゃべりタイムが始まる。
あのね、ももちゃんね・・・。
そんなお話は、母親が戻ってくるまで続いたのだった。