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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
99/130

黄泉還る狗神

 ポラリス一行は最大の障壁となったジャガーノートを叩き潰してついに目的地の目の前までやってきた。

 研究施設の中心、区画でも最も高い建物の基部にポラリス、スピカ、オロチ、オリヴィアの四人がついに辿り着いたのだ。


「行こう」


 ポラリスがエントランスゲートを念動力で動かして開ける。内部は空調が生きているのか空気が外とは違った。

 エントランスホールは広々としていて正面には案内窓口とセキュリティゲートが設置されている。

 どうやらエレベーターに乗るにはセキュリティゲートを通る必要があるらしい。


「…警備員の一人も居なければこんな大層なゲートは何の意味もないな」


 どうやらよく見慣れていたらしいオロチは観察していたポラリスやスピカを尻目に一人先に進む。

 幸い、セキュリティゲートは反応しなかった。

 どうやら無効化されているようだ。

 ある意味当然だった。何せ既に放棄された建造物だ。もう守るべき機密は残っていないだろう。

 案内図を見れば下層階はオフィスになっていることは一目瞭然だった。しかし上層階に行くにつれてエレベーターを乗り継ぎ隔壁を越えて更に別のセキュリティを通過する必要があった。


「どうする?生きてるセキュリティがあるかもしれんぞ」

「無いわね。もう守るものなんてここには無いもの。ルスカ君の予想が正しければ、尚更セキュリティを維持する意味なんて無いわ」


 ヴァレリアは意地悪くポラリスの顔を覗き込んだがスピカに制されてすごすごと引き返す。

 そんな自身を挟む鍔迫り合いには目もくれずにポラリスはエレベーターの上行きのボタンを躊躇うこと無く押した。


「待っているんだ。きっと、誰かが。そうでなければわざわざ空調など動かしておくものか」

「それもそうじゃな」

「確かに、無人の空間を整えた所で電気代の無駄だな」


 ポラリスの答えを聞いて二人は素直に納得する。

 いや、わくわくしたのかもしれない。ポラリスが言う、上で待っている誰かに。




『何一つ守れなかった、役立たずの守り神』


 ルスカの真実に辿り着いた瞬間の発言を聞く度、腸が煮え繰り返る。

 誰が、何を、守れなかったと、そう直接問いたい。役目は果たしたのだと、歴史は紡がれたのだと、そう説いたい。

 細く、鋭い双眸は僅かな情報から恐ろしくもほぼ正確に推理した探偵に向けられていた。

 まさに、鬼才。人ならざる才覚。

 私が許さないの、この街を攻撃することでも、侮辱することでも無い。

 ()()()()()()()()()。その願いに反することだけだ。

 地震で建物は崩れる。暴風が全てを薙ぎ払う。盗人は何処にでも現る。鼠が這う。

 それは自然なことだ。そしてその程度で人は滅びぬ。文明は朽ちぬ。

 しかし目が覚めたとき。長い長い眠りから覚めたとき、許せなかった。



この街が()()()()()()()()()



 最後のエレベーターが開くとすぐに正面にそれは在った。巨大な培養液槽が並ぶ最奥、一際機械と配線に繋がっていた繭や棺のようなマシン。

 そしてそのマシンの足元にそれはいた。

 ポラリスが咄嗟にバリアを展開すると三本の傷が刻まれる。

 バリアはすぐに再生したとはいえそのダメージは大きすぎる。

 ポラリスはすぐに全力全開の姿へ変身する。

 そして奴の姿を見て一層愚かだ、そうポラリスは思った。

 狐のように尖った口先、可愛げのない耳、そして背後に光背の如き偉容を見せているのは本尊、蛇は神の御使いとも呼ばれていたが今は逆転した。

 狗神(イヌガミ)、それが奴の守り神としての神話上の名前だった。


「コノテデシイシテヤロウトムカエイレタガ、コレハシクジッタカ」

「なんと…!」

「ほう、面白い!人語を解すのか!」


 おおよそ人間の言葉を発するには出来ていないだろう発声器官で人間の言葉をしゃべる姿に相対的に見識が広くないヴァレリアとオロチは驚嘆する。物珍しさで見据え気が抜けたか得物を下げてしまう。

 その隙をすかさずイヌガミは再び目にも止まらぬ速さで腕を振って斬撃を飛ばす。四重の斬撃を今度は警戒を解いていなかったスピカが浮遊する四本の剣でそれぞれ受け太刀する。

 

「ほら!呆けてないの!」

「かたじけない」

「悪い悪い。少々物珍しいものを見たのでな」


 挽回とばかりに二人が左右に別れて挟み込む様にイヌガミに迫る。変形する大鎌と変哲もない大剣、イヌガミの細腕と爪ではとうてい受け止められはしないだろう。

 しかし原理は不明だが斬撃を飛ばし、そしてその動きも視認が困難なのだからもしかしたら受け止められるかもしれない。そこでイヌガミが両サイドの対処に追われた隙を突くべくポラリスも一歩意図して出遅れながら正面から突撃する。

 三方から敵に迫れてなお、イヌガミは表情一つ変えなかった。

 すっと僅かに飛び上がったかと思えば空中でくるりと背面方向に一回転。同時に九本の尾がしなりながら三方へ衝撃波を放ってあしらう。

 想定していたように容易く下せる相手ではない。ポラリスはこの一瞬で悟った。

 しかし、同時にスピカはこう考えた。

 自分なら、相性が良い。有利に立ち回れると。


「ポラリス、援護をお願い。私が前に出るわ」

「…わかった。無理はするな」

「わかってるわ」


 ポラリスとスピカが前衛と後衛を入れ替える。

 スピカは普段とは違い自身の周囲に7本の同じ剣を浮かべて自在に操り時には自分の手で掴んで振る特徴的な戦闘スタイルだ。

 全ての剣はギアデバイスから出力したブレードギアであり、上下に発振器があり、ナックルガードが付いた楕円を中心に円が2つ並んだような形状であり、主に上からは大きな刃を、下からは小さな刃を発振して自身の周囲を周回させる。

 最速で距離を詰め、スピカはポラリスと同等の剣速でイヌガミと切り合う。イヌガミは両手の爪で巧みに受け切り時には鋭い反撃をするがスピカは悠々と回避する。

 浮遊させた剣は時にスピカを守り時にイヌガミの死角を狙い時には正面の剣戟に加勢させる。

 ポラリスやヴァレリアやオロチには無い手数の多さでイヌガミに対処を強い続ける。

 確かにスピカはイヌガミに対して優勢だった。

 しかし、一歩引いて俯瞰するポラリスは一切楽観視していなかった。


『帝、虚数レーダーもジオメトログラフもバイオメトログラフも全て御前の守護者こそ崩壊点の核だと示しています。最早間違いはないでしょう』

「わかった」


 スピカのブレードがイヌガミの首に迫っていく。もうその自慢の爪で受け止めることは間に合わない。尾も届かない。それでもスピカの刃は直前で止まった。

 

「ふふ、やっぱり隠してたわね」

「ワタシニタヤスクフレラレルトオモウナ!」


 スピカの刃には氷の茨が何本も絡みつき、足元からは氷柱が生えてはスピカを凍てつかせんと迫っていた。

 刃は止められてしまったが、スピカ自身の身体は全身に纏ったスキンバリアが何とか耐えており、フューズが少しづつ氷柱を融かしていく。


「でもね、私一人じゃないのよ」


 スピカが突然自身を守る様に防御態勢を固めた。バリアを展開してブレードを周囲に集めて両手でさらにフューズを押し固めたシールドを展開する。

 イヌガミの背後から迫る影。茨も柱も全て躱してイヌガミへと急速に迫り、その首元に剣が刺さる。イヌガミは何とか身をよじって躱し、剣は僅かに肉を削ぎ髭の先を切り揃えて通り抜けていく。

 

「おっと、これが躱されるとはな。やるじゃないか」


 オロチが軽い身のこなしでイヌガミの連撃を全て潜り抜けて傷をつけたのだ。

 イヌガミの首に、僅かに血が流れる。しかし既に傷は塞がっているようだ。


「ふっふふ、対した手傷にはならなかったと安堵したかな?」


 オロチが差し出すように剣を少し上げる。そしてその剣に付着した血に杖の先端が向けられ、杖の動きに合わせてめくる様に剝がれていく。


「使わせてもらうわね」


 ヴァレリアが杖で採取したイヌガミの血に魔法をかけていく。血に刻まれた呪詛はその(えにし)を辿ってイヌガミにたどり着く。ヴァレリアが手元の血を爆発させたと同時にイヌガミの首元の傷跡が爆発した。


「ナンダト!?」

「初めて見るかな?魔女の秘術は」

「コシャクナ!」


 怒りの熱さとは裏腹に、どこまでも冷たい刃と棘が室内を満たしていく。しかし、その支配は徐々に覆されていく。


「空間の支配者は俺だ」


 後ろに下がったポラリスが、空間を自身が統制下においたフューズで満たし、イヌガミの冷気を退けていく。

 完全に怒りに染まったイヌガミは最早手を選んではいられなかった。


「フキトベ!」


 焔が走る。一瞬にして膨張した空気が物理的に全てを押し出そうと烈風が吹き荒れる。

 室内の設備が爆発し炎上する。その火すら荒れ狂う暴風がかき消していく。

 それでも、ポラリスが展開したバリアの中は凪いでいた。スピカも、ヴァレリアも、オロチもポラリスに護られて無傷だった。


「征け、スピカ」

「ええ!」


 再び駆け出すスピカ。イヌガミは口腔内から冷気を放ち、並外れた肺活量で吐き出す。

 スピカは空中を駆け抜けて冷気から逃げつつ少しづつ距離を詰めていく。

 イヌガミは氷の剣を握り、迎え撃つ。



「あの話、本名なの?」

「なんだい藪から棒に」

「この特異点が、消えるためじゃなくて維持されるために発生したって話よ」

「ああ、そんなことか」


 アマルテアから疑問を投げかけられルスカは返答に困る。それは話していいかどうかでは無くアマルテアに会わせた返しに悩んでいるのだ。


「まあ、あれだ。この世界はもうとっくに更地なんだよ。本当はね。そこに無理やり都市を建てたもんだから周囲の空間との間で歪みが生まれたのさ。その内部がここってわけ。何もないの」


 ほとんど目視で確認していないのもかかわらず、ルスカはほとんど全て言い当てていた。


「つまり守護者もとっくに亡霊ってわけ。黄泉から帰ってきた所で守る物のない守護者なんて恐れるに足らないさ」

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