破滅への序曲
ポラリス達は一直線に目的地へ向かう。かつて資源を吸い上げては次の土地へと渡る移動都市として栄えたアサイラム。疫災によって放棄は前倒しにされたが経過がどうあれ結果的に彼はたった一人この都市に残されたのだ。
自身の端末から共有させている監視カメラに映っているのは大剣を片手で振るい、地上も壁面も空中さえも関係なく滑走する蒼穹の髪の男と、彼と共に向かってくる三人の女。1人は長杖を持ち、1人はやや細い大剣を持ち、1人は大鎌を持っている。
彼らは知っているのだ。ここにいる彼こそがこの都市を存続させているのだと。
させてなるものか、そう決意した彼はこの都市を守ると決めた。理由など無い、元よりそれが存在意義だった。
もし、この街を守れなくなったときは…そんな事など許せない。
どうせなら道連れにしてやる。
この街が無くなるなら、こんな世界なんて滅びてしまえばいいんだ。
ああそうだ、そうでなくては、何のために生まれたのだ。
孤独に狂った彼の、歪んだ矛盾の信念こそが、都市を守るために、都市を破壊し尽くすかのような星幽を生み出していた。
破滅への序曲を自ら指揮していた。
ポラリスはふと気がつくと、隣の通りを爆走する大きな影があった。巨大な複合施設の影に隠れた直後、大きく開かれた顎を前面に押し出しながら襲いかかってきた。
「ッ…!ジャガーノート!」
スピカが三人を共に引っ張り上げながら杖に腰かけて急上昇していく。
捕食から逃れたはいいものの他の多脚戦車型星幽の対空砲火を浴びせられ、消耗を避けるために高度を落としてビルを盾にして飛行する。
「もうなりふり構って居ないわね」
「ははは、もう自棄だな!」
「笑っている場合では無かろう」
オロチは剣をぶんぶんと振り回しながら興奮しているが、それは目の前で起こっているダイナミックな破壊行動にあてられているようだ。
しかし、彼女単独ではジャガーノートには到底敵わない。スピカは暴れるオロチを強引につかみながら高度を上げて離脱する。
ジャガーノートが飛び上がっても届かない高度まで上がってポラリス一行は改めて作戦会議を始めた。
「無視して進もうかしら?」
「この先で邪魔されても困るのはこちらだ。出来るならこの場で倒してしまいたい」
「よし!決まりだな!やるぞ!」
「お主は戦いたいだけじゃろう…」
方針が定まったとはいえ慎重なスピカと好戦的なオロチは方向性がほとんど真逆へと向いている。
だがポラリスがこの場にいる以上、ポラリスの決定に逆らうことは無い。
「いや。あれは俺が倒す。援護だけしていろ。オロチも剣ではなく銃器を持て」
「全く、つまらないではないか」
「主菜がこの先に待っているのじゃから前菜に全力を尽くすことも無かろう」
「獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすと言うぞ?」
「獅子はテルースを見れば顔色を変えて逃げ出すだろうに…」
あまりにも戦いた過ぎるオロチにヴァレリアは呆れ果てていた。
それでもポラリスの意思は変わらない。
「遊びなら帰ってからにしろ。行くぞ」
ポラリスは一人、一歩先に降下する。
そして降下しながら眠らせた力を目覚めさせる。
「約束を果たそう。何度でも」
星に満ちる融合素に意識を集中し、周囲の空間ごと融合素を支配下に置いていく。
純度の高まったエネルギーは色彩を変えていく。蒼穹は星空を思わせる瑠璃色に変わり、意識の欠片の遠い星が微かに瞬く。
装いも彼が人の身から天を統べる超越者らしく白を基調とした星装へと変わり、エネルギーを効率よく操作するための翼が両腰の外側に浮遊する。
手には変形して内部に秘めていた力を解き放つ約束の剣が握られていた。
「落星の一撃だ」
降下して位置エネルギーを変化した運動エネルギーを乗せた強烈な一撃がジャガーノートの後頭部へと叩き込まれた。
隕石のような衝撃を受けてジャガーノートは頸が跳ね上がり体も反動で浮き上がり、地面にたたきつけられた。
しかし流石のジャガーノートも一撃でのびたりはしない。すぐにその強靭なる四肢を地面に食い込ませながら立ち上がり、天に浮かぶポラリスへと頭を振って頭突きを繰り出す。
剣の腹を盾にして衝撃を緩和しつつ後ろに飛んでポラリスは反撃を受け止めながら体勢を立て直す。
圧倒的な質量をそのまま叩きつけられたのにも関わらずポラリスはしっかりと耐えて空中で静止する。
無理な反撃を繰り出したジャガーノートは体勢を立て直すのに僅かに時間がかかり、ポラリスはその間に次の攻撃の準備を整える。
布石として光弾を何発かばら撒いておき、周囲に配置しさらに剣にエネルギーをチャージする。
ジャガーノートが振り返ると同時に正面から突撃。ジャガーノートは正拳突きで迎え撃つもその拳は空を切った。ギリギリのところで回避したポラリスはそのままジャガーノートの腕の陰に隠れたまま飛んで背後に出る。
容易く背後を取ったポラリスはジャガーノートが気付く前に動き出す。
「隙だらけだな」
チャージされたエネルギーが刀身を形成して攻撃を拡張する。
背中を袈裟切りに叩きつけられジャガーノートは前のめりに倒れていく。
星幽の視覚センサーはほとんどの場合頭部についており、獣タイプであればそれは草食動物のように広い視野を持つか、肉食動物のように立体視しやすい視野を持つタイプに2分される。
しかし動く物全てに反応するジャガーノートの頭は草食動物に似たタイプだ。姿を見せれば即座に反応して距離も問わず襲いかかってくる。
しかし、聴覚はほとんど無く、他の感覚はそもそも存在しない。その上思考能力も無く脳内で補完もしない。
結果、視覚さえ欺ければ簡単にジャガーノートの隙を幾らでも突くことが可能となる。
ポラリスの機動力を以ってすれば、そう難しい話ではない。
「巨大過ぎたのだ。適度な大きさで在ればな」
ポラリスが剣を掲げて再びチャージしようとした時、ジャガーノートの神速の裏拳がポラリスにクリーンヒットした。
ポラリスの一撃によってジャガーノートは確かに多大なるダメージを被った。
しかしジャガーノートには一つ厄介な特性がある。それはダメージを受ければ受けるほど体が縮み、そして加速するという特性だ。
ポラリスの予想を超える程のスピード、そしてその速さを乗せた裏拳をまともに食らって吹き飛んだ先にあるビルの壁面に衝突して横向きのクレーターを形成する。
「速い。ダメージを与えすぎたか?これでは押し負けそうだ」
『そんなことはありません。ジャガーノートにも限界はあるはずです。陛下の火力ならそう時間はかからないはずです』
「君の献策を採用しよう」
セイファートから背中を押され、ネガティブな思考をかなぐり捨てたポラリスは再び立ち上がった。
ジャガーノートがポラリスを追って全力で駆け抜けてくる。
「単純だな」
その背後からジャガーノートよりもさらに疾く、いくつもの光弾が飛んでくる。それは先程ポラリスがばら撒いておいた布石、本来は別の用途で配置しておいたが効果的に利用できるのならそれはそれで良い。
少なくとも、ポラリスにとっては計画よりも結果の方が重要だった。
背後から強襲する光弾は着弾しては轟音を響かせて炸裂する。次々と襲来しては背中へと突き刺さっては爆発する。
ジャガーノートの走る速度よりも加速して盛大に転び、慣性によって道路を這いずる。
「撃て」
丁度上空から無防備な背中が狙いやすい状況になり、ポラリスは上空で待機していた三人に命じる。
一番早く着弾したのは初速が速いオロチのブラスターの弾。貫通力が高く、ジャガーノートの体を貫いて地面に突き刺さる。
二番目は僅かだがチャージして遅れたスピカの融合素を凝集した砲弾。着弾と同時に連鎖的に膨張して一気に熱エネルギーへと転換して大爆発を引き起こす。
三番目にようやくヴァレリアのガンドが着弾する。着弾した箇所から呪詛が広がり毒素が再生を阻害する。
それぞれの方法で輪郭を破壊してジャガーノートは一層体が小さくなってしまった。
一瞬にして体を起こしたジャガーノートはポラリスに接近して勢いそのまま低姿勢からタックルを仕掛ける。
「…ッ!」
反応がギリギリだったポラリスは浮き上がって回避するもジャガーノートの頭が左足を掠めて体勢を崩してしまった。
ポラリスがなんとか姿勢を立て直した時既にジャガーノートは戻ってきて拳を突き出してきていた。
ポラリスは全力の念動力で押してジャガーノートを急減速させる。その隙に剣を前に突き出して迎撃体勢を取り、念動力を不意に解除してジャガーノートは自ら約束の剣に突き刺さっていく。
ポラリスは剣先にジャガーノートを刺したまま剣を掲げる様に持ち上げていく。ジャガーノートは身体が縮んだとはいえ未だ5m程の高さがあった。しかしポラリスは自らを浮遊させそのうえで純粋な腕力でジャガーノートの体を剣で持ち上げていく。
そして勢いよく振って地面に叩きつけた。ジャガーノートは道路の片隅に大の字に寝転んだ。
その一瞬だけを切り抜けばなんとも間抜けで怠惰な姿だ。しかし、その一瞬を見下ろすポラリスの表情はどこまでも冷徹で非情だった。
「これで終わりだ」
ポラリスは約束の剣の剣先をまっすぐに突き付ける。冷徹な視線は討つべき敵を絶対に逃さない。
支配下に置いた融合素をジャガーノートの周囲を渦巻く様に集めていき、少しづつ自身の意思で染め上げていく。世界に氾濫し、そこに何人たりとも自由は許されない。
最早運命は誰の目にも明らかだった。もう未来は定まった。判決は下された。
渦は加速する。星は巡り、そこに夜が広がっていく。
「純化・過剰颶風」
渦の全てが一斉にエネルギーを放出し破壊の渦へと変質する。一つ一つは小さなダメージでも全身を執拗に狙われ、叩きつけられ、切りつけられ、貫通され、抉られそして輪郭が削られていく。
ジャガーノートが最後に見たのは闇夜のように覆う何層にも折り重なった雲の向こう、静かに自分を見下ろす支配者の姿だった。
ジャガーノートが消滅したのを確認したポラリスは渦も消す。
破壊の残滓を見回してからポラリスはふと空を見上げた。
そこには衝撃に耐えきれずに倒壊してくるビルが空を覆っていた。轟音を奏でて崩壊と分解を繰り返した落下していく。それはもう荘厳で、壮観だった。
「まるで破滅への序曲だな」
ただ見上げているだけではない。ポラリスは剣を掲げ、融合素でビルを粉砕していく。
また、街が壊れていく。




