黒竜の騎士
ハルトはソルジャー達の中ではとにかく灰汁の無い人物である。
人当たりが良く、滅私奉公の精神を持ち、自分を省みず他人の為に動ける人間だ。
ソルジャーとして、その戦闘スタイルは基本に忠実であり、適度にフェイントを仕掛け、選択肢をちらつかせて力押しで押し切る、身体能力の高さを活かした一般的なものだ。
獲物として選んだのも一般的な剣だった。セントラルはハルトの故郷であるオービタル地方ではギアが一般的に流通しており、槍や弓や銃器のリーチというメリットを身体能力による機動力で上回ることが出来るため取り回しと汎用性に長けバランスの良い剣が好まれている。
こと星の子は獲物にフューズを通わせる為ナイフの様に小さければフューズを貯めることもままならず、大剣の様に刀身が長くなればコントロールが格段に難しくなるため中庸的な剣に落ち着きやすい。
ハルトはごくごく一般的な、まさに初期装備のギアブレード1本で無双するのだ。
「せぇい!」
軽く、呼吸の浅い、まるで呼びかける様な掛け声。しかしそんな掛け声からは想像も出来ないほど重く、鋭い一撃がすれ違いざまに叩きつけられ受け太刀したマギウスは一瞬の抵抗も出来ずに跳ね上げられる。
ハルトはすぐさまバックジャンプして追撃とばかりに振り上げた足を空中で一回転しながら重力の重さを乗せて蹴りつけマギウスは地面に叩きつけられて道路にクレーターを作る。
「怯むな!奴は孤立している!囲んで叩け!」
しっかりとした指揮系統の下、組織的に動くマギウスがすぐにハルトの着地地点を予想して包囲する。
単純なステータス的身体能力では実のところハルトとマギウス達に大差は無い。しかし生まれてから高い身体能力を成長と共に鍛えてきた星の子と後天的に改造手術によって高い身体能力を得たマギウスでは身体の使い方の練度に差があるのだ。
それは一朝一夕で追いつけるものではない。
更に言えば、フューズという特殊なエネルギーを用いて物理法則を覆すのも平然とこなす。それはマギウスの煙があってもなおフューズそのものをどうにかすることは出来ない。その上フューズ以外の物には見づらいぐらいしか干渉も出来ない。
ハルトは空中で状況を認識すると、ブレードギアにフューズを流し込む。ブレードギアの刀身はエーテルの粒子を特定の構造に組み上げたものだ。
フューズが持つエネルギーはその粒子構造そのものを拡大させつつ、維持する事ができる。
結果、ハルトのブレードギアの刀身は拡張され、着地地点には切っ先だけが突き刺さる。そして棒高跳びの要領で空中をもう一歩踊る。
「逃がすな!追え!」
ハルトは着地と同時に一気に加速し追ってくるマギウス達を振り切りながら揚陸艦へ突撃する。
「やらせるなぁー!」
マギウス達の悲痛な叫びも虚しくハルトの剣は無人の揚陸艦へと突き刺さり、そして目にも留まらぬ剣捌きで一瞬にしてスクラップにしてみせる。
マギウスの先頭の1人がハルトに食らいついたのはもう漏れ出した燃料にスパークの火花が引火した後だった。
燃え盛る炎の中二人の剣士が鍔迫り合いで押し合う。
「悪いね、思い通りになってあげられなくて」
ハルトはぐっと剣を押し込みそのまま跳ね上げる。
「しまった!」
流れるようにハルトのブレードギアがマギウスの体を袈裟切りにしていく。
流石に体を両断されては目に見えて再生が遅い。煙が傷に集まって再生するがいかんせん上半身と下半身に距離があり、再生も上手くいっていないようだ。
ハルトは下半身を左足で蹴飛ばして再生を妨害しつつすぐに自身を囲んでくるマギウスと対峙する。
槍使いがハルトの剣のリーチの外側を常に位置取りながら連続で突きを繰り出す。ひらりひらりと落葉の様に躱して一度剣を上から叩きつけて怯ませる。
するとすぐに剣士が二人、ハルトを挟んで斬りかかる。
1人は致命傷狙い、もう1人は逃さず追撃もしくはカバー要員か、いつでも動きを変えられる柔軟な体勢を維持している。
まずは正面から胸へ迫る剣を身を捩って躱す。次に背後から迫る突きにブレードを合わせて少し跳ね上げる。軌道の変わった突きは正面の剣士の左肩の上をギリギリで掠める。
そこからハルトはまるで倍速したかのような刹那の時間、正面の剣士の利き手を斬り、剣を落とさせてからそのまま流れるように背後の剣士の利き手も斬り上げる。身を捩った体を僅かに跳ねながらくるりと一回転。体に引っ張られた腕と剣は回転して二人の剣士の首を断つ。
「これで死なないんだもんね。どちらがバケモノか分かったものではないよ、まったく」
そう、胴を両断した槍使いも利き手と首を落とした剣士達も皆煙で傷を隠しながら立ち上がるのだ。その上で終結したマギウス達がハルトを囲む。
ケレスはコラップスの力で再生も許さず肉体を消滅させる事ができる。
ルスカはマギウスに囲まれる窮地に陥る事がない。
ヴィクターは消去法として、一番初めにハルトを狙った。
何も不思議ではない。実に合理的な判断だ。
「嫌になるよ。弱い自分が」
独りごちたハルトはブレードを握り直す。
目が据わり、内に眠る星の輝きは煌びやかに飾り、異質な炎が刹那に爆ぜる。
ヴィクター達が一斉に襲いかかる。
三方を囲む槍をくるりと回転しながら躱して周囲を目視で確認する。
直後、槍使いの1人に向けて神速の突きを繰り出し心臓を貫き一撃で破壊する。これまでダメージが蓄積され、煙による再生もかなり行われていた。しかし無限に再生出来るわけではなかった。
ある程度心臓を再生しようと煙が一斉に胸に集まるが、とても失われた心臓を再生することは出来ない。
結果、鮮血を噴き出しながら一人の人間が死んだ。
そんな仲間の犠牲を忸怩たる思いで、それでいて溢れる悲しさと怒りを抱えて、剣に乗せて剣士がハルトに斬りかかるも間合いの内側に入られて、ゼロ距離で胸を刺され、そのまま剣を右脇腹へと振り抜かれた。
ありったけの煙を掻き集めて再生しようとするも雲を掴むように指と指の隙間から煙は霧散していく。
代わりに彼が最期に掴めたのは飛び散った自らの鮮血の一雫だけだった。
燃え盛る揚陸艦の前、偽物の怪物たちの前に本物の怪物が君臨する。
「これが、『黒竜』か」
マギウスの指揮官はこれまでの全ての指揮が間違った前提による指示だと悟った。
黒竜なら、下せるかもしれないと。しかし、彼の能力の片鱗すら見れずに死が、訪れることは今や想像に難くない。
まさに、絶望だった。
しかし、マギウスにも強者がいるのだ。
「手酷くやられたようだな」
「どうやら大分過小評価をしていたようですね」
アルトリウスとクリシュナの二人が、ハルトの前に現れた。
本気で、ハルトを倒す為に。




