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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
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早朝、開戦 

 ケレスは低めのビルの屋上で物陰に隠れながらジオメトログラフをじっと眺め続けていた。

 気温、湿度、エーテル濃度、全て変化はない。


「それにしても、本当に来るんですか?」

向こう(ヴィクター)は罠だと分かっているのでしょう?」


 ケレスの後ろに控えていたハンニバルとカチューシャは未だヴィクターが本当に来るのかを疑っていた。

 何しろ普通に考えて占領して旨味のある土地ではない。

 それだけの価値があるとは思えない。しかしルスカやケレスは確信があるようだ。


「来る。必ずだ。それだけの()を撒いたからな」




「そうとも、彼らは決して無視はできないよ」


 歩道橋に面したカフェのテラス席に座ったハルトは、同じテーブルを囲むメレフにそう優しく語った。

 セラスはソルジャーの資格を得ているだけあって言われるまでもなく理解していた。

 しかし、とても自分から用いようという策ではないためかあまり表情は明るくはなかった。


「非常に心苦しいけどね。罪は、いつかは償わなくてはならないから」


 しかし、ハルトの目はしっかりと正面を向いていた。



 カナトは観測室に設置されている巨大モニターを見ながら、自分だけに見える様な位置に小さなホロモニターを表示する。

 そこに表示されたのはかつてアニムスとヴィクターが激戦を繰り広げた一つの事件。カナトがグランクラスに昇格し、イ・ラプセル天文台に所属してから初めて参加した作戦、アリアン・ロビー事件に関する記録だった。

 ヴィクターの諜報活動の最前線にして最大の基地としてアニムス最大の脅威になりつつあったアリアン・ロビーをアクルクスとルスカが主導して当時のグランクラスソルジャーを総動員して破壊しつくした結果、ヴィクターの影響力を劇的に減退させることはできたものの両者の対立姿勢はより明確になった。

 ヴィクターが最大の敵としてアニムスを認識したのだ。


「(当然、その中でも一番の目の敵は…)」



「くしゅん!」

「あなた緊張感が無さすぎるわ」


 もうアマルテアはルスカの事を見てすらいなかった。


「きっと向こうじゃ俺への恨み話で盛り上がってるのだろうよ。何せ…向こうの街を幾らか焼いたからな。つい興が乗って火遊びしすぎたかな」

「趣味が悪いわ」

「人の目玉繰り抜いて喜んでる連中よりはマシさ」


 戦火を広げ、惨劇を繰り返し、そしてあまつさえ遊びと称する。

 ヴィクターがこの地に来るように仕向けた、噂話。それは「ルスカがこの地に眠る宝を追う」という話であった。

 完全に事実でないとは言い切れない。宝が無いとは言っていない。だがヴィクターにとって、ルスカの首は無視し切れないほどの憎悪を集めていた。


「さあ、来いよ。何度でも葬ってやるさ」


 悪逆なる笑顔は、皮肉にも爽やかで、晴れ晴れとしていた。

 アマルテアは、その顔を見なかった。

 

 

 特異点という現象は、本来世界に()()()()()()()()状況を世界が()()()()()()()()()()()とのせめぎ合いによって発生する。

 特異点を世界が脅威と判断するほど世界は自らの犠牲を省みず排除に乗り出すのだ。

 結果特異点が発生するとやがて空間を隔離し、周囲の空間ごと崩壊させるようになる。

 崩壊点への進化だ。

 大抵の特異点は空間の崩壊に巻き込まれて世界から排除されて消滅する。

 しかし隔離された空間が崩壊し切っても排除できない場合、空間の崩壊は世界全体へと伝播していく。

 世界を丸ごと崩壊へと導くまでに成長しきった特異点は消失点と呼ばれ、その発生はアニムスが記録している歴史上でも僅か数件しか確認されていない。

 いつの時も、文明が大きく後退するほどの犠牲を支払って乗り越えてきた。

 ヴィクターは、その経験が無い。過去に発生した、最新の消失点より後に誕生した組織だからだ。

 だからこそ、特異点という現象に対する理解が浅い。

 彼らの根拠地が特異点がほとんど発生しない大陸上にあるからでもあるが、それを加味した上でも組織の巨大さに比べて世界の理に対する研究はほとんど進んでいなかった。

 だからこそ、その脅威を認識できず、彼らはあくまで憎きアニムスのソルジャーを討伐するための精鋭部隊を、惜しげもなく愚かにも蛮勇を振り絞って崩壊寸前の世界へと突入させた。


『ヴィクターの揚陸艦が特異点に侵入!』

「来た。本当に来た」

「お前たち、作戦は遂行しろよ」

「わかっていますとも」


 ハンニバルはヴィクターの揚陸艦が次々と着陸する景色を見てようやく実感する。

 人と人の戦いが始まるということを。

 

「では、征くぞ」


 ケレスの姿が突風と爆音と共に消え去る。

 一歩の跳躍、されど重力を振り切った飛行は次々と着陸する揚陸艦の一つへと一直線に飛んでいき、同時に巨大な複合武装を出力する。

 他のギアウェポンには見られない無骨な鋼鉄製を思わせるデザイン。しかし威力は折り紙付きである。

 砲撃形態へと変形させ、チャージ開始。

 揚陸艦の正面に音もなく着地すると同時に溜め込んだエネルギーを解き放ち、ケレスは反動で跳躍する。

 直後、揚陸艦は内部の兵と兵器諸共爆発を起こし炎上する。


「ソルジャー・ケレス。ここに在り」


 しかし潰したのはたった一隻。他の揚陸艦から次々とヴィクター兵達が現れ、ケレスの姿を確認すると共に指揮官の指示で攻撃を開始する。

 幾百もの火線がたった1人の人間目掛けて飛んでいく。

 ケレスは大砲を手放して新たに腰吊りのホルダーからブレードギアの基部を取り出しブレードを発振させる。

 刀身が漆黒であることを除けばごくごく普通な長剣。

 しかし、ケレスの技量は尋常ではなかった。

 剣で受けるまでもなく、斬るわけでもなく、全ての火線を()()()()()

 ヴィクターの採用している銃はほとんどがビーム銃だ。剣で受ければ大抵威力相殺で消滅する。

 しかしケレスに受け流されたビームは彼を避けて周囲の建物へと当たって瓦礫が道路に落下する。

 回避の遅れた兵が何人か瓦礫の下敷きとなった。

 その被害に目を向けた瞬間ケレスの姿は消えた。

 一番最初に気づいた兵士が指揮官に報告しようと振り返ったその時、ケレスが自身の背後にいた事に気付いた。

 一瞬恐怖に身が竦み言葉が詰まり、硬直し、プロテクターと防弾チョッキを容易く貫通し、心臓を一突きされ、即死した。

 彼が報告しようとした指揮官が、部下の異変に気付いた時に部下を司会に捉えることは出来なかった。

 目の前に一歩で現れたケレスが視界を塞ぎ、そして首を一薙ぎすると鮮血を放出しながら回転して地面に落下していく。

 首が地面に落ちるのと、彼の率いる小隊が全滅するのは同時だった。

 

『ソルジャー・ケレス出現!応援求む!』


 通信兵がそう叫ぶとその通信機はすでに壊され通じていなかったことを知るのは、通信兵がすでに胸を境に体が上下に分かたれた後であった。

 生身の人間では太刀打ち出来ないと、当然のように理解していてもいざ目の当たりすれば、対応が遅れ後手に回るのは必然だった。

 しかし、それでも準備はあった。

 高さは5m程。二脚で自重を支え、左右1本ずつのマニュピレーターを備えたマシン、人形ロボット。

 歩行戦闘機(ウォーカー)がケレスの前に立ちはだかる。

 しかしケレスはブレードギアを腰のホルダーに収めると浮遊させて自身に追従させていた大砲を手に取り大剣へとモードチェンジする。


「遅い」


 身の丈の2倍はある大剣をあろう事か片手で振り回して歩行戦闘機を一刀両断して次々と片付けていく。

 最早止められないと悟った兵士たちが我先に逃げ出すように走り始めると彼は砲口を向けるわけでもなく左手を静かに空に翳した。

 彼の周囲に漆黒の球体が幾つも召喚され、その一つ一つが高エネルギーを放射して背中から強襲する。

 彼に認識された者から命を落としていき、やがて急激に上がったこの区画の人口はすぐに元通りとなった。

 ケレスは次の獲物へと襲いかかっていたからだ。

 ヴィクターの一部の兵士が持つ盾の性能は優秀だった。アニムスが運用しているギアウェポンに対して十分対抗することが出来る。ケレスの振るブレードギアをしっかりと受け止めていたが、残念ながらその程度で止まるケレスではなかった。

 軽いからだのこなしで盾の上に左手をかけ押さえつけつつ上から回り込んであっという間に首を切り、距離がある場合は融合素(フューズ)で掴んで前に引き倒す。盾に引っ張り出されて自ら差し出すように前に倒れてしまった兵士を始末するのに時間はかからなかった。

 そこらの兵士では到底対抗できず、圧倒的な強さの前に只人は蹂躙されていく。


「そこまでだ!」


 ケレスの前に無謀にも立ちはだかる一人の兵士が現れた。

 ヴィクターの兵士大抵は大半が銃器を装備していることが多いがケレスの前に立つ兵士は腰から吊るしたサーベル型のブレードを抜剣する。

 

「剣士か」

「悪魔め!この剣にて誅滅してくれる!」


 先手とばかりに凄まじい踏み込みで一気にケレスとの距離を詰める。

 ガギィィイインという甲高い音を響かせて鍔迫り合いを繰り広げる。

 ケレスは少しづつ力を込めて膂力で押し切ろうとしていくがそれでも目の前の兵士は押し切られまいと食らいつく。

 

「ぐううっ!負けるかぁ!」


 兵士が張り合って全力で押し切ろうとした瞬間、ケレスは相手の呼吸を呼んで絶対に戻れないタイミングで右手だけ力を抜く。

 左手片手で剣を保持しつつ、わざと剣を押されて受け流し、空いた右手で兵士の首を掴む。


「終わりだ」


 融合素(フューズ)を掌に集めて一気に昇華する。フューズが持つエネルギーが外へと放出され、爆発する。

 ケレスは敗れた兵士を捨て置いて次の得物を探す。探すが、一番近い敵は背後に居た。


「…!」


 兵士はまだ死んでいなかった。首から頭も胴の大半も吹き飛んでいてもおかしくない一撃を食らっても兵士はなお立ち上がった。


「貴様…」


 見れば首を覆うように煙が巻いている。光を塞ぐ煙、あまりにも特徴的なその現象を引き起こす存在は自然には存在しない、はずだった。


「マギウスか!」


 ヴィクターの特務機関、『バベル』が開発した星の子(スターリア)に対抗する人体改造技術、その被検体にして戦闘員、マギウス。

 星の子はフューズを全身に行き渡らせることでただでさえ高い身体能力をさらに強化することが出来る。本来フューズの力が無ければ普通の人間では対抗することは困難を極める。マギウスはいくつかの制約こそあるものの、星の子の圧倒的な身体能力に対抗することが出来る。

 星の子は特徴的な(フューズ)を放つが、その光に対抗することのできる煙を纏っていることがマギウスの証であった。


「マギウスが一人だけだと思うなよ!」

「ケレス!覚悟!」


 建物の陰から現れた二人のマギウスがケレスを挟む様に襲い掛かる。

 槍術師と戦斧使いの二人は空中から襲い掛かるがケレスは空中にフューズを板状に固めて止め、さらにフューズで軍服を掴んで回して投げる。

 剣士のマギウスが煙を纏い、フューズを散らしながら低い姿勢から斬りかかる。

 ケレスは上からフューズを押し付けようとするも煙がフューズを阻む。マギウスの煙はフューズからエネルギーを奪い遮断することが出来る。自身から放出するだけで操作は出来ないがフューズに対する効果は絶大だ。強化された身体能力も相まって星の子に食らいつく事が出来る。

 

「甘いな」


 だがケレスが放出したフューズは煙で遮れても体の中に満ちる融合素まで干渉することはできない。

 ケレスが受け太刀した時、剣は微動だにしなかった。

 その上、剣の腕そのものもケレスが上回っている。軽く払って今度は胸を斜めに斬りつける。

 すぐにケレスは上へと逃れて槍の一撃を躱す。


「沈め!『コラップス』!」


 ケレスは掌に漆黒の球体を創り出す。それは超高エネルギーを内包した負の物質。世界に元々存在する物質と衝突した瞬間、対消滅によく似た現象を引き起こす。

 球体の内部のエネルギーに指向性を持たせることでビームとして放つこともできる等その破壊力とは裏腹に柔軟な使い方ができる力。

 結果として破壊ばかりしかできないのはともかくケレスが行使する力は到底人が自ら修練によって身に付けられる力ではない。


「プラネッタだ!気を付けろ!」


 戦斧使いが注意したが槍術師が一歩遅れた。左腕が突然発生した漆黒の球体に呑み込まれて消滅した。

 ケレスが持つのはプラネッタと呼ばれる結晶体。普段はケレスの魂に格納され、能力を行使する際も別に結晶体を表に出ることは無く格納されたまま行使できるほど使いこなしている。

 つまり彼の周りでは彼次第で突然呑み込んだすべてを消滅させる球体が発生することになる。

 マギウスの煙を以てしても既に現象として発生したプラネッタは防ぐことはできない。

 さらに、ケレスの習熟度は本来とは違う形態でも発揮される。


「身を隠せ!」


 瓦礫の後ろに隠れて視線を遮る。星の子の能力は基本的に視線の先にしか発動できない。視線の外に発動するのはケレスを以てしても自身の周囲30㎝程までしかできない。

 しかし発動地点が手元であれば、能力の効果が視界の外に届くこともある。

 例えば、コラップスの力を両手から放った電撃に乗せ、放電が当たった先に漆黒球が発生してそこら中が消滅する。


「俺を足止めするつもりか。それも、いつまで持つかな」


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