人類の防人
「どう見る?クリシュナ」
「考えるまでもないでしょう、アルトリウス殿」
艦橋に続く通路を二人の男が並んで進む。
一人はウェーブのかかったゴールドブロンドの髪の男。肌は塩湖のように白い。しかし鍛えられた肉体美は厚い軍服の上からでもよくわかる。
もう一人は対照的にかなり浅黒い褐色の肌。少しくせ毛の黒髪はどことなく柔和な雰囲気を見る者に感じさせる。
二人共、客観的に見ればそれぞれの個性はあるものの好青年と感じ取れるだろう。
しかし、お揃いの鋼色の軍服が彼らに威圧感を纏わせている。
白い男の名はアルトリウス。アルヴヘイムの名家、スフォルツァ家に生まれ、文武共に優れた才覚を幼少期より発揮し続けた傑物である。
黒い男の名はクリシュナ。ヴァナヘイルの政治局員として頭角を現してから僅か5年で軍の司令官の一人として名を連ねた怪物である。しかし、彼の出自は杳として知れない。
実に対照的な二人だ。しかし、彼ら二人共実に善良な人格であり、お互いを尊敬していた。故に、二人が共に轡を並べた時から互いを友と考えていたほどだ。
「これは罠です。彼らは姑息にも流説をばら撒き、我々に何もない場所を攻めさせ、疲弊したところを奇襲する腹積もりでしょう。奴らの浅知恵などたかが知れています」
「確かに、解りやすい罠だ。だが、それにしては向こうの行動が読めなさすぎる。わざわざ、これ見よがしに艦隊を動かして、ましてやこちらの要衝を墜としにかかるとは手間のかかった陽動だとは思わないか?」
「確かに別動隊の動きは気になります。しかし、我々は陽動だと考えて静観しているうちに、アリアン・ロビーの惨劇を味わったのです。もう、あのような悲惨な事態にはもうしたくありません」
悲痛な、切実な願い。彼の戦友の数多くがアリアン・ロビーにてソルジャーと名乗る化け物達に惨殺された。
彼の地の惨劇はそれはもう酷いものだったと言う。
指導者は1人残らず両目を銃で撃ち抜かれ、基地に詰めていた事務職員は皆逃げようとしたところを背中から切られ、艦船や機体の整備をしていた整備士達は黒炭になるまで燃やされ、そして警備兵達は皆首だけが水平に斬られていた。
アニムスの、ソルジャーへの恨みが、怒りが沸き立ち心を揺さぶる。
そんな怒りを抱えているのはクリシュナだけではなく、アルトリウスも同様だ。
そして、二人の上官も同じだった。
「お待たせ致しました、ゾルレン閣下」
「いや、時間通りだ。それでは全員揃ったことだ。ブリーフィングを始めるぞ」
二人は最前列に座る。彼らの後ろには十数人が先に座って待っていたが、彼らより二人の方が位階が高いのだ。無論、ゾルレンは更に上回るが。
「先に知らせた通り、アニムスの一個艦隊が当宙域に進出、アサイラム都市遺跡の一つの向こう側に布陣している。恐らくすでに地上部隊はアサイラム都市遺跡に展開されているだろう。つまり、これは罠だ」
ゾルレンの宣告にアルトリウスとクリシュナを除く全員からの驚きの声が上がる。
片手を上げて制したゾルレンは説明を続ける。
「ヴィクターの諜報部が掴んだ情報によると、このアサイラム都市遺跡には秘宝が眠り、その奪取をアニムスが目論んでいるようだが、その真偽の程は分からない。何故なら球状に領域を隔絶する壁があり、望遠で視認することができないからだ。だが今回は敢えて罠に飛び込む」
「(正気か?)」
アルトリウスだけは、冷静に状況を見ていた。誰が進んで罠と知って飛び込むのか。その奇貨を取る価値があるのか、実に疑わしいからだ。
だが、ゾルレンは自信を持って言った。
「だがこれはチャンスだ。我々は千載一遇のチャンスを得たのだ。今回、三人のグランクラスソルジャーがが派遣されていることが判明した。そしてその三人もほぼ確定的と見られている」
「何!?」
アルトリウスは突然のカミングアウトに面を食らった。
「一人目は筆頭ソルジャー、『虚空』ケレス。数多くいるソルジャー達の中でも指折りの実力者。アリアン・ロビー事件以前から諜報活動に関与している疑惑がある。彼個人の手勢は出回っている情報は無いが、少なくとも諜報活動に向いた手勢を抱えている可能性は高いと見られている」
ソルジャーの筆頭。それは天の帝を奉ずる者たちにとってはまさに当代の英雄そのものである。
しかし、天を穿つ者たちにとっては正真正銘怪物の中の怪物でしかない。
見た目は利発そうな、実に好感を持たれやすい見てくれなはずなのにブリーフィングに集う者たちからは憎悪の視線を集めている。
「主に対人戦では長剣による近接先頭を得意とし、原理は不明だが漆黒の球体を操作し、空間を消滅させている固有能力も持つ。ソルジャー達の中でも頭一つ抜けた身体能力と強力な超能力も相まって近中遠距離全てに隙が無い。いつ、どこで、どこを襲撃するかも予測不能だ」
彼の特徴をただ並べるだけで敵に回すには絶望的な程の強さを実感して、憎悪の視線に僅かに戸惑いが混じり始めたことをゾルレンは確かに感じ取った。それでも、今回だけは逃げるわけにはいかない。
「二人目はあまり活動が確認されていないソルジャー、『黒竜』ハルト。彼も長剣を主に得物とし、稀に銃器を用いることは確認されている。奴の最大の特徴は異常な程高い継戦能力だ。過去には30時間以上戦闘を継続したことが記録されている。詳細は不明だが他のソルジャー達とは異なりプレートアーマーを一瞬にして展開することが多く、他の超能力者に見られないことから固有能力と考えられている」
アニムスの中で一二を争うほど任務の稼働率が高いハルトは意外にもヴィクターと対峙したことは多くない。実は何度も直接対決を繰り広げているのだがハルトが以外にも隠蔽が得意であることから情報が伝わっていないのだ。
素朴な、どこにでもいそうな普通の青年といった出で立ちと合わせて印象に残り辛いからであろうか、明らかに憎悪は弛緩していた。
しかし、三人目の写真が映った時、最早殺意を込めていない者はいなかった。
「三人目はアリアン・ロビー襲撃において数々の残虐行為を行い、その他世界各地で反政府活動に参加しているソルジャー、『鬼才』ルスカ。かつての同盟国がいくつも彼によって転覆させられ、多くは未だに無政府状態に陥っている。おそらく、今回の軍事行動も彼が実質的に指揮していると推定される。総合的な対人戦能力は非常に高いが長期戦を避ける傾向にある。継戦能力に不安がある可能性がある。しかし並大抵の戦力では逃げ切られ、かといって時間稼ぎをしようとすればすぐに補足できなくなるだろう。一度見つけたら、何があっても目を離すな」
うすら笑いを浮かべたルスカの顔に、憎悪が極まった殺意の視線が向けられる。
マギウスと呼ばれるヴィクターの上位特務機関「バベル」の構成員たちは元々後ろ暗い過去を持つ者も少なくない。親族や友人、知り合いがアリアン・ロビーにいた者も多いのだ。
仇討ち、宿願を果たす最高の機会。それを得たのだ。
「我々は人類の防人、人の皮を被った怪物から、人々を守らなくてはならぬ。奴らは我々を罠に嵌めるつもりできたが、罠に嵌める側なのはどちらなのか、教えてやらねばならぬ」
クリシュナとアルトリウスは静かに、ふつふつと。後ろの下っ端たちは火がついたように燃え上がり始めていた。
「この地で必ず、奴らを討つ」
「くしゅん!」
夜、ビル風に煽られていたルスカは噂話のせいでくしゃみをした。
状況から、原因が噂話だとは誰も思わないのは当然だった。
「風邪引かないでよ」
「引いてないよ!健康だよ!」
ルスカは苦しそうな弁明をするがアマルテアのジトっとした目線を改めさせることはできなかった。




