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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
92/131

都市の真実

 ポラリスは約束の剣を戦車型星幽(アストラル)に突き立てて、煌炎(フレア)を流し込む。

 殻に覆われた、煙のような影を光で埋め尽くしてエネルギーの収支をマイナスからプラスへ至るまで覆す。

 星幽(アストラル)という存在は殻の中にほとんど純粋なエネルギーを保有している。殻をいくら傷つけられようとも内部のエネルギーを消費することでいくらでも再生することが出来る。しかし殻の大半が無傷で残っていようとも、僅かでも開いた傷口から内部のエネルギーを何らかの方法で全て失うことがあれば殻は驚くほど脆く、そして速やかに崩壊する。

 その手段は剣にフューズを伝導させるだけには限らない。

 

「そこ」


 スピカが長杖を指し示すと致命の光線やら光弾が放たれ、星幽達が次々と内部から破裂するように崩壊する。

 空中を泳いで砲撃やら体当たりやらを回避し、優雅に空を舞いながら的確に執拗に殲滅していく。

 杖を用いてフューズの性質を純粋なエネルギーから現象へと転換して攻撃する。フューズが実体を持った事で操作性、指向性が向上し、自身から離れても制御が容易になる。だが火力は当人のリソース量に依存し、効率は実のところあまりよろしくはない。

 スピカは、あくまで人に習わずに到達した領域であり、誰もが真似できる芸当ではない。

 しかし、シンプルさは多様性を持たせやすくあらゆるハードルが低い。 

 時にはトラップに、時には出力を上げて必殺技(アーツ)に、戦術に幅を持たせやすいのが利点だ。

 

「えい」


 更に追撃とばかりに杖の先端から一直線にビームを放ち、自在に目標を追従しては間髪入れずに全く別の標的へと狙いを変える。

 そしてあろうことか同時に四本のビームを放って平面上の四方を薙ぎ払う。

 花火のように放射状に何発もの火線を放っては美しい曲線を描いて誘導する。

 正十二面体の光弾は命中すると炸裂し、命中しなくともスピカの狙った場所で自在に炸裂する。

 その火力は、大砲をいくつ並べても比肩しない程、星幽を圧倒していく。


「じゃま」


 しまいにはスピカは最早杖を持つ右手ではなく左手を継ぎから次へと襲い掛かる敵へ向けた。

 てのひらから融合素(フューズ)を水面に波打つ波紋のように広げていく。そして風に揺れる湖面のように広がった融合素の膜から光線を乱れ撃つ。

 もう狙いも定めていなかった。威力も特に調整してもいなかった。無慈悲で、過剰だが、それでもスピカは涼しい顔で戦場を支配した。


 星幽はその実体を保てなくなって、霧散した後には何も残らない。ポラリスとスピカが星幽をひとしきり殲滅したあと、その場にはおおよそ二人の攻撃の余波と思しき被害だけが残されていた。


「これで周囲の星幽(アストラル)は全て誘引できたか?」

「多分。これ以上はいないと思うけれど、心配?」

「いや、二人共自衛は出来るだろう。少なくとも、押しつぶされるほどは残っていないはずだ」


 スピカが持つ、星幽(アストラル)を引き寄せるという特殊な体質を、ポラリスが効果を増幅させることで誘引するという作戦は、シンプルながら実に効果があったようだ。

 覚醒因子(かくせいいんし)、アウェイク・トリガーとも呼ばれる因子を持つ者は他者から無意識に注目され、その血は生きる霊薬そのものであり、何よりも星幽を引き寄せる。

 スピカは覚醒因子を遺伝し、生まれながらに保有していたが故に災難に見舞われる事も多々あったが、制御が出来ればこれほど有用な能力も中々ない。

 覚醒因子は万象を目覚めさせる。敵意も、好意も、秘められた能力さえも。

 ポラリスがスピカの覚醒因子を封じ、これ以上は無用となった交戦を避け、物陰をスピカを連れて移動する。

 敵がいないと認識しているからこそ、慎重に。


「それにしても、外縁に近づくほど星幽(アストラル)は少なくなるわね」

「ああ、どうも()は越えたらしい」

「一番酷かったのは区画の中心部だったかしら。地上を移動していたからビルの上層階に崩壊点のコアがあったら分からないわ」

「…そうかもしれない。確かにビルの上層階なら地上がここまで綺麗に残っていることに納得もいく」


 ポラリスは足元が悪い中考え事をしながら進む。

 だが足取りは軽快で足を踏み外すことはない。


「(だが今は天文台で観測することを優先するべきだ)」


 だが優先順位を決めたポラリスは更に一歩、加速した。



 地下道の入り口を入ってすぐの物陰、天井が崩落しないよう設置型セーフティバリアギアの中に先に到着して隠れていたオロチとヴァレリアと無事に合流出来たポラリス一行は反転して敵のいない経路を選んで迅速に離脱していく。


「観測機器は全部設置が終わったそうだから、ケレス達と合流する頃には観測結果が出るだろう」


 ポラリスとスピカが星幽を誘引している間、オロチとヴァレリアには観測機器を設置して回ってもらっていたのだ。

 いや、寧ろ機器を設置する隙を作るためにポラリスとスピカが囮となっていたのだった。


「しかしまあ良くもあのような怪物を集めようなどという正気の沙汰とは思えぬ策を用いたものだ」

「そうか?」

「確かに、妾共では一度に2か3が限度というもの。それを100も200も呼ぶなど無謀無茶というものよ」


 オロチの驚嘆にヴァレリアも賛同する。

 しかし、摂理を知るポラリスは、あくまで既に出た結論でしか無かった。


「そこらの冒険者なら1匹倒すのにも幾許の犠牲を強いるだろうさ。それがどうだ、お前たちの手にかかれば虐殺じゃないか」

「否定はしない。星幽(アストラル)が人類にとって最大級の脅威であることは事実だ。ただ日銭を稼ぐために戦うの者と、到底敵いそうに無い怪物に自ら挑み続ける者が、同じだけの強さが得られるか?」

「まあ、それでは差が開くばかりであろうな。生存バイアスではあるがな」

「それで良いのだ。1億人に1人の才能、そうそう揃うものではない。本当に欲しいものは、願っても得られないものだ」



 ケレス、ルスカ、ハルト。ポラリスの前には人の手に余る才に苦しんだ3人が並んでいた。

 それぞれで調査を行い、観測結果も踏まえて、ポラリスに調査結果を奏上するために集まったのは3人の才覚溢れる騎士と、レサト、セラスの両サポーター。

 ポラリスの傍にもスピカしかいない、”ソルジャ

ー”の資格を得た者達だけに許された会議だ。

 その中で、代表して結果を発表するのは、筆頭のケレスではなく、司令官のカナトでもなく、ルスカであった。


「結論から簡潔に述べましょう。本特異点の発生は約300年の昔、この都市が放棄される時に始まります。この都市は洋上の移動民族によって居住拠点として開発され、経済、金融的にも発達した後、疫病の蔓延で放棄されました」


 ルスカは居住区画に残されていた残留品の中から当時の新聞、日記等実体を持つ情報媒体から過去に起こった事を知った。

 行政施設等のデータベースは機密性が高すぎる為流石に全て処分されていたものの、市民の私物に関してまでは手が回らなかったようだ。

 その他換金性の高い物や運び出すのが容易な物は全て無かったものの、代替が効くものや探されずにしまい込まれて忘れられた物は幾つか残っていた。


「結果、ほどほどに都市の姿を保ったまま、社会そのもの丸ごと消え去ったのです。奇しくも、疫病の要因はエーテル資源の枯渇による自然浄化能力の低下であると推定され、現在特異点として閉ざされた事で寧ろリソースに満たされている状況です」


 ルスカは都市から失われたものを消していくように表示していたホログラムを消していき、ある一部だけが残された。


「しかし、悠長にしている暇もない彼らが、どれだけ資源を使っても持ち出すことが叶わなかった物が一つだけありました」


 その残されたホログラムが拡大されるとともにイメージ画像が表示される。


「守り神、土地神を基盤とした防衛機構です。私の推理にはなりますが、本特異点のコアは、この防衛機構であると考えています」


 ルスカの報告を聞いたポラリスは僅かに、一言だけ発した。


守護者(スプリガン)か…」

「その可能性は十二分にあります。決して油断出来る相手では無いはずです。それは、惜しまれながら、最後にこの都市を離れたのが、その防衛機構の解体取り外しに挑戦し続けていた技師達でようですから」


 それが武力かはともかく、命を掛ける価値があったのだろう。

 ポラリスは少し、目を伏せ、そして一同を見回す。


「状況は分かった。では次の指針を決めよ。音頭はケレス、貴公に任せる」

「了解しました。帝」


 今日までの話をしたルスカに代わって今度はケレスが明日からについての話をする。


「明日一日の行動は各チームごとに全て自由とする。帝に置きましては勿論、ハルト、ルスカ、お前達も好きに動いていい。しかし、明後日にはヴィクターが本特異点に到達する。万全を期してこれを迎え撃つ。各位は明後日の作戦に差し支えない行動を心掛けるように。帝も明日一日は玉体をお休め下さい」

「日がな一日中引きこもっていては体が鈍る。暇に飽きる」

「…」


 ケレスはらしくない我儘に二の句が継げなくなる。

 意外にもケレスがポラリスのパーソナリティを知ることはあまり多くなかった。

 彼に代わって帝を諌めるのは決まってハルトの役目であった。


「本作戦の要は帝御身にあります。天帝陛下のお力在ればこその作戦、覇道の舗装は我らが致します。故に帝には覇道を進む支度をお願いしたく存じます」

「相わかった」


 ハルトの言葉に素直にポラリスは頷いた。

 ケレスは後に帝の見えぬ所で胸を撫で下ろしたそうな

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