破城
ポラリスは星幽要塞と一人で対峙する。
大きさは文字通り隔絶した差があるにも関わらずポラリスはむしろ自分こそが優位だと信じて疑わず、悠々たる所作は意思なき星幽すら慄く。
「大物が次々と出て来るならば寧ろ今から苦戦している場合では無いのでな。初めから全力全開で仕留めさせて貰おう」
剣の切っ先を真っ直ぐに星幽要塞へと向け、戦意を示すと共に、ポラリスは全身に融合素を満たしていく。
領域に満ちる全ての融合素を支配下に置き、極めて純度の高い意思で空間を塗り替える。
蒼き空色からより深みを持つ星空の瑠璃色へと色彩は変化し、透き通る程に高い透明感には星々が瞬いている。
「神罰!」
小手調べとばかりに融合素を槍の形へと成形し、次々と放つ。
着弾すれば純粋に高エネルギーが叩きつけられたことで着弾箇所は余りあるエネルギーに耐えきれずに結合が崩壊、爆発霧散していく。
全てを薙ぎ払うような巨躯を維持する頑強たる装甲さえ容易く貫通しては一瞬にして大穴を開けていく。
だが余りの巨体、薄皮一枚抜いた程度ではその進撃は止まらない。
ポラリスはこの程度、織り込み済みで考えていた。
剣を掲げ、莫大な融合素を流し込んで攻撃範囲を拡張させる。
「裂空斬!」
ポラリスが一振り、二振り、剣を振る。
その剣閃に導かれるように空間が断絶していく。
いや、単に斬ったのだ。
万象を断つ刃などではなく、力任せの二撃。シンプルな力は装甲を穿つどころから破断し空間そのものも切れていく。
ポラリスは最早周囲の被害等考えてはいない。最低限オロチとヴァレリアを守るスピカに攻撃が届かないようにだけ気を付けるがただそれだけであった。
災害を食い止めるためにポラリスはまるで災害のような力を行使していた。
その上何度も斬りつける度に脚は破断され装甲は剥がれ落ち再生してはまた破壊される。
二十の傷を次々と刻みつけ、再生される事も厭わずポラリスの全力の一撃が何度も何度も破壊を繰り返し、破壊と再生のサイクルが出来上がる。
埒が明かないと、星幽要塞は焦りを感じたか、はたまた彼を敵と認めたか、自慢の主砲を展開して照準をポラリスに合わせた。
ポラリスも対抗するように、剣を掲げて自身が保有するリソースと、周囲の領域の支配下に置いたエネルギーを凝集させていく。
「撃ち合いなら、勝てるだろうが…」
負の数の存在がマイナスエネルギーをかき集め妖しく暗い光を煌めかせる。
しかし、人を取るに足らぬと軽んじていたか、刺さったままのオロチの剣からエネルギーが漏れ出し制御が出来なくなる。
「今回は、悪足掻きが勝つようだ」
主砲は暴発し、かき集めたエネルギーは連鎖的に行き場を求めて破壊を繰り返す。内側から装甲が弾け飛び内部の漆黒の靄のような正体が漏れ出す。
最大の好機だった。硬い殻には大穴が空き、そしてその奥にコアの光が一瞬だけ、ポラリスには見えた。
本来の6割のチャージにも関わらず、その好機を逃さずにポラリスはフューズの奔流を解き放った。
「純化・過剰覇道」
正面の吹き飛んだ主砲の基部から逆流するように大量の融合素がなだれ込んでいく。
ポラリスの放つ正のエネルギーと要塞に満ちる負のエネルギーは相殺しあって一条の光は細くなっていくがそれでもコアを呑み込み一瞬にして破壊する。
コアを失った星幽は徐々に崩壊し、内部はもうほとんど相殺しきってがらんどうになってしまっていた。
行き場を失い暴れたりない融合素は出口を求め、急激に膨張して爆発。要塞を完膚なきまでに完勝、解体して崩壊させた。
オロチの悪足掻きとポラリスの破城の一撃が、圧巻の戦果をもたらした。
「最早悔しさすら覚えん。いっそ清々しいぐらいだ」
僅かだが抵抗し駆け抜けたオロチはそんな自分の小さな足掻きさえ児戯と同列に思えるほど鮮烈な強さを示したポラリスに見とれていた。
「そうね。確かにあの領域に到達するには生まれ持った力の差がほとんど決めてしまうから」
憐憫を思いながら、一切の容赦のない正論でスピカは返す。
だがそれは彼女なりの優しさだ。
現実を正しく認識した者に、聞き心地の良い世辞を投げかけた所でプライドへと突き刺さる刃にしかならない。
同意してほしいのはプライドではなく、自分の認識なのだから、スピカは実に現実的に優しいと言えるだろう。
「ええ、ええ。私の出番なんてなかったもの。悲しいわ」
戦士としての矜持を見せたオロチとは異なり武人ではないヴァレリアはただただ無力感に打ちのめされていた。
何よりも、自分が勇者でなかった事を恥じているのだ。
「それで良いのよ。誰もが戦わなくてはならないわけでもないもの」
スピカはヴァレリアにも、適した優しさで諭した。
ヴァレリアは自分の在り方を自分で信じられなくなっている。だがそれは本来彼女が既に見つけ出した結論であり、誤りではなかった。
確かに臆病だったのは事実だ。しかしそれは責められるべきことではない。
戦わなかったのは、戦う必要がなかったからで、ポラリスの言いつけを守ったに過ぎないのだから。
オロチもヴァレリアもスピカよりも遥かに長い年月を生きてきた。
しかし、人の寄り付かない所で祀られもせずに封じられ、あるいは人里離れた場所に隠棲していた事で自分と他人の境界線が曖昧なのだ。
海千山千の哲学に揉まれたスピカとは経験の濃さが違う。
「流石ね。ポラリス」
しかしそんなスピカの瞳は彼を映すときだけ輝きが増す。
その眩しさで盲目になるのだ。
恋という光によって。
「(ふむ。やはり周囲を気にせず全力で挑めば何のことはない。だが…)」
ポラリスは自らならした区画に降りて周囲を見回す。
何十棟と並び立っていたビルは少なくとも1km程先まで全て崩壊していた。
要塞との戦いの余波、それも9割方ポラリスのアーツによるものだ。
「(周囲への被害は考えものだな。たとえ無意味であっても)」
自ら破壊し尽くした街を見て少しだけ後悔する。
あくまでポラリスは平和を尊ぶ。それと真反対の行為は、それが例え良くも悪くも無意味であっても、心が少し、澱む。
「どうしたの?立ち止まって、ぼーっとして」
ふわりふわりと空中散歩をしながらスピカがオロチとヴァレリアを連れて降りてくる。
ポラリスはスピカを抱きとめて優しく着地させる。
「意味の無いことを考えていただけだ。気にしないでいい」
「そう?なら良いけれど。とりあえず、目的地を目指しましょう。ルスカ達はもう観測機器を設置し終えたそうよ」
「(使い魔にやらせただけだろうに。)そうか、ならば急ぐとしようか。この情報の城を打ち砕くとしよう」
真っ直ぐに、道の続きを再びチーム・ポラリスは進み始めた。




