大物
星幽達が手酷くやられる程に動きは最適化され、生存時間を少しでも延ばすよう行動し始める。一挙にやられないようにお互いが距離を取り、そして攻撃をより多角的に行う。
ポラリスは約束の剣の刀身を自在に延長して追い、スピカに至っては多少逃げ足が速くなったところで逃れられるような甘い攻撃はしない。
一方的な蹂躙に成すすべなく潰走、とは行かないのが生命体ではない星幽ならではの性質。
あくまで敵が目の前にいるのなら最後の1匹になっても変わらず敵意に突き動かされ続ける。
行動の変化はあくまで摂理の中での悪足掻きでしか無いのだ。
だがその悪足掻きも突き抜ければ確かな一手となる。
「…!オロチ、ヴァレリア、俺の下へ来い!」
ポラリスが危機を察知し二人を自分の下へと強制的に瞬間移動させ、既に側にいるスピカが四人を完全に包み込むバリアを展開する。
そしてビルを挟んだ隣の通りから、極太のビームが照射された。
派手に進軍路を啓開し、両腕代わりに元気よく回転する丸い鋸をビルに肘掛けながら今日一番の大物が姿を現した。
「出たわね」
「ああ。星幽要塞だ。心してかかれよ、下手を打てばグラフトボディを失いかねないからな」
あくまで忠告をするポラリス。しかしオロチとヴァレリアには彼の真心はまるで通じていない。
「誰に言っているんだ誰に」
「大層な大きさだが私の敵ではないな」
傲岸不遜、二人に危機感は無い。心の読めるポラリスに心を、二人は理解してはくれないのだ。
ただ心を読めなければ通じ合うことが出来ないというわけでもない。
スピカは二人をフューズの腕で持ち上げ、バリアを展開したままポラリスの憂いを背負う。
「私が見ておくから、あなたは好きに動いていいわ」
「…すまない。頼んだ」
ポラリスはゆらりと後ろへ倒れていくように降下し、緩やかに一回転してから正面へと空を蹴って飛翔する。
高速で駆け抜けつつまずは撫で斬り、三角飛びをして返しの一閃。さらに上へと一度飛び上がってから剣を片手で回転させつつもう一度突撃して九つの剣閃が星幽要塞の中心を刻む。
「見事!」
後方からポラリスの連撃を見ていたオロチは自らも戦場を駆けたくて仕方なく疼いてたまらない。
「オロチ?仕方ないわね」
やれやれとばかりにスピカはオロチを放り投げる。餞別とばかりに目眩ましだけやって上方へと離脱。
オロチはフューズに触れることができないため不自由なる自由落下を強いられる。
だが美しく着地し、直ぐに星幽要塞の膝下へと駆け抜ける。
「はは!これほどの巨躯!まさに壮観だな!」
高層ビルと大差ない高さ、それを足元から見上げたところでただ首が痛くなるだけで頂点など全く見えやしない。
星幽要塞からすれば人間などちっぽけで矮小で大地を駆け回る姿は紙魚のようで、飛び回ってなお音と影の不快な羽虫でしかない。
試しにとばかりに一太刀浴びせたがまるで多岩に斬りかかったように手応えがあまりに固く、重すぎる。
オロチが多脚の内の1本に僅かに傷をつけた程度では小揺るぎもしない。ポラリスがつけた垂直方面に走る断崖絶壁のような痛々しい傷跡でさえ多少の武装が使用不能になった程度で悠々と佇みながら一切容赦の無い対空砲火が羽虫を全力で叩き落とすために弾幕を張る。
「(センサーは上に向いているのか?ただこんな大物を少しづつ解体していては日が暮れてしまうだろう。コアを探すのは簡単だがまずこの装甲をどう剥がす?)」
ポラリスは弾幕を回避し、急加速して接近して斬っては離脱するを繰り返して弱点を探す。しかし可動部分すら頑強に固められているどころか刀身を伸ばして柱を裂断させても残る無数の柱が代わりに支える。
「(まいったな。シンプルな巨大さが相手ともなれば多少の搦め手程度ではどうにもならんか。ならこちらもシンプルに力押しでいくしかないな)」
ポラリスがそう結論を下す。その思考がまるでリンクしているかのように丁度良いタイミングでスピカから援護の一撃が飛んできた。
「アルティマ・ストライク!」
正面から見て右腕に当たるであろうアームを純粋なる破壊の砲丸が粉砕してへし折る。究極の一撃はコストパフォーマンスこそ最悪だがその成果は最高のようだ。
流石の星幽要塞もアームの一本を軽々へし折られてはよろめいて、矮小なる羽虫にあろうことかたじろぐ。
コストを度外視した乱暴極まる一撃こそスピカの持ち味。容赦と躊躇いの無さと一撃の火力はイ・ラプセルの猛者達の中でも右に出るものは居ない。
ただ周囲への被害も甚大になるので普段の市街地戦では自重するのだが今回ばかりはどれだけ被害を出そうが問題にはならない。
空からまるで何時でもおもちゃを片付けられるとばかりに悠々と見下ろすスピカの元へとポラリスは舞い戻る。
「どうだった?」
「とにかく巨大だ。一つ崩したところで山は崩れない」
「ならやることは一つね」
自分の出番とばかりにスピカは長杖をくるりと1回転させる。
だが以外にもポラリスは首を横に振った。
「オロチは自分の意思で下りたのだろう。ならば何を成すのか見届けるのも一興だろう」
「あ奴、果たしてそんな大層な考えがあったのだろうか…」
ポーカーフェイスでオロチに期待を寄せるのんびりとしたポラリスにヴァレリアは不安を感じずにはいられなかった。
自分のあずかり知らぬところで勝手に期待されていたオロチは案の定攻めあぐねていた。
身体能力はただ鍛えた只人。呪いもただの不老不死。そして極めつけに彼女にはフューズ、エーテル、マナの三大エネルギー全ての素養が無かった。
今現在はギアデバイスの力でエーテルエネルギーをギアを用いて限定的に利用しているがそれは火炎放射器を用いて炎を操っていると同義。自らの身体から自在に発火させられる者たちとはその能力の自由度も能力もその差は比べるまでもなく惨敗である。
戦場に一人放り出されても、一人の剣士に出来る限りの事しかできない。
しかし、出来る事と、出来ることを考えることは全く別の分野であり、同じ物差しで捉えることはできない。
「足はいくら攻撃しても無駄。上からエネルギーがいくらでも降ってきて元通り。可動部分の保護もほとんど完璧だ。少なくとも私のアーツでは装甲部分に弾かれるのがオチかな。エネルギー供給も内側から放射状に行われているから遮断も困難だ。ならばできることは、もう一つしかないな」
凄絶に、そして美貌を歪めることなくオロチは嗤った。
剣の輝き、磨き上げた技量、全力で星幽要塞の背を駆け上がっていく。
要塞ごと体当たりすれば大抵の敵は一蹴できるからだろうか、それとも全ての敵を倒すという思想が存在しないのか、ともあれ重力以外の障害は存在せず、最高速度を維持したままオロチは背中を登り切って肩に相当するであろうデッキの上に登った。
「さーて、あと一歩だ」
下から見上げてもこのデッキより上は死角になっていて見えなかった。だからこそデッキの上に登って自分の目で改めて確認する。
「やはり上に意味はないな」
デッキをそのまま走って突っ切り、ポラリス達の浮かぶ正面側へと体を投げ出す。
空を飛ぶ方法はない完全なる自由落下だ。落ちていくオロチは回収要請を送信する直前で中断したままギアデバイスからワイヤー出力して要塞正面中央へと一直線に向かって放ち、オロチの身体を引き寄せさせる。
彼女が道具の力を得たのは機動力のためでもベクトルの変更でもない。
移動して加速する運動エネルギーである。
「ここ、主砲なんだろう?」
彼女が向かう先は中央に露骨に空いた大穴。そこへ大剣を突き立てて改めて完全に何の支えも無いところへと飛び立ち、そしてダメ押しとばかりに物理弾をランチャーで射出して見事主砲へと突き刺さったままの大剣をパイルバンカーのように突いて押し込む。
そしてすぐに回収要請を出して、すぐにポラリスが彼女をテレポーテーションで回収する。
「私にできるのはここまでのようだ」
「ああ、後は任せろ」
ポラリスはオロチの我儘を最後まで聞き入れて見届けた。そして改めて約束の剣を出力する。彼が、ようやく討滅に動く。
「要塞、崩しといこう」




