チーム・ポラリスの緒戦
翌朝。それぞれのチームごとに四方の調査を進めることとなった。
拠点より西、軍事・研究機関にはケレスが、南の商業区にはハルトが、東の港湾地区にはルスカが、そして行政の中心である北にはポラリスがそれぞれのサポーターを率いて調査を始めた。
ポラリスを先頭に、共に北へ向かう通りを進むのはスピカ、オロチ、ヴァレリアの3人だ。
「あまり建造物は風化してないのだな」
「放棄直後の姿を再現したからであろうな」
物珍しさに周囲をきょろきょろと見回すオロチとまったく興味のなさそうなヴァレリアという対照的な二人に挟まれているスピカの視線はポラリスの背中にまっすぐに突き刺さっていた。
そのポラリス当人はただまっすぐに正面に向かって進み続けていた。
「(俺は、失敗を恐れているのか?)」
生まれながらにして只人には慣れないことを運命付けられたポラリスにとってアクルクスは唯一友人とも呼べる存在だ。
そしてその能力も手腕も高く評価しているからこそ、彼の失敗をまるで自分の事のように受け止めていたのだ。
それでも現実は突然に襲い掛かってくる。
「待て」
ポラリスは三人を制止し、一人で歩き始める。そこには揺ら揺らと蝋燭の火のように影が立ち上がる。
星幽が、突然ポラリスの目の前に現れた。
「俺がやる。下がっていろ」
三人を有無を言わさず下がらせて、ポラリスは約束の剣を出力する。
融合素の刃を発振し、ポラリスも紫衣の服から青空と純白を基調とした戦闘用の装備に装いを改め、融合素を全身に巡らせて自己強化の星晶術を発動する。
完全に実体を確立し、明らかとなった星幽のその姿は昆虫に似た6脚に、腹には大砲を抱え、その上にカメラのような頭と、可動する腕を生やした異形の戦闘機だ。
敵意は明確に、ポラリスへと砲口が向けられたことが示している。
「(この装備は見た目通りか?)」
ポラリスは牽制にサイコ・バレットを数発放って注意を引きつつ斜めに滑走して距離を詰める。星幽はカメラをポラリスに向けたまま足をガシャガシャとせわしなく動かして正面で向き合おうと方向転換をしている。
ポラリスから見て、その姿は隙だらけであった。しかしポラリスがぐっと力を込めて距離を詰めようとした瞬間、一歩先に星幽が飛び掛かった。
「…ッ!」
驚異的な反応でポラリスはそのまま踏みとどまってむしろ僅かに少し後退する。そしてすぐに剣を振り上げて星幽の着地に合わせて振り下ろす。完全にタイミングを合わせて振り下ろされたその剣は星幽を一刀両断し、斬られた星幽は実体の輪郭を維持しながら崩壊し、大地に還って消滅した。
ポラリスの切り口がそれほどまでに滑らかであり、技量、武器の質共に極まったものであったことが要因だ。
しかしそれゆえに戦略的な視点を持つオロチには奇妙に見えた。
「倒してしまってよかったのか?」
「問題ない。どうやら盛大な出迎えをしてくれるらしい」
ポラリスは検証もせず一刀両断して撃破した。彼の高い知覚能力は周囲の情報も同時に収集している。スピカも同様に周囲を警戒していたからこそ、すぐに状況の変化に対応し、臨戦態勢を取っている。
二人の視線が同時に集中している先、それは横道であり、ビルの一フロアであり、建物の屋上であり、一つではなかった。
「あら、確かに盛大ね」
わらわらと次々顔を出してきた星幽にヴァレリアは日傘の下で口元を隠して笑う。まるで願っても無い事態が向こうからやって来たかのようだ。
「戦術が、戦略を覆すこともある。今は各々で手あたり次第駆逐しろ」
そう一言、たった一言の命令だけを残してポラリスは正面に突撃し、その頭上をスピカが長杖を片手に飛んでいく。
敵に自ら囲まれに行く二人を見て残る二人は見合わせる。
「兵は神速を尊ぶというが将が兵を置いて先陣を切るとはね」
「ならばあの御旗に続かなくてはね」
日傘をくるりと一回転。日傘を収納魔法で消滅させてその手にはスピカの長杖に似た長柄の得物を手にする。
それは魔法を多用するヴァレリアが、何よりも頼る道具。
杖を兼ねる、大鎌をエーテルの力を借りて発振する。
そしてオロチを置いて斜め左に飛び込んで行く。
「同意するよ!」
実体の大剣を抜き放ってヴァレリアは逆の右側に飛び込んで行く。
誰よりも一足早く駆けだしたポラリスはまず先頭の六脚の星幽を牽制しつつ足止めして真ん中をすり抜ける。
その後方にいた四脚に起こした身体を乗せた戦闘機タイプの星幽に向かって急加速して接近、瞬間移動でさらに後方に抜けてから今度は振り向きざまに背中を叩き斬る。
そのままくるりと1回転。合わせて剣を360度振り回す。そのまま回転は止まらず、フューズで身体を持ち上げて剣閃は螺旋を描いて自身を囲んで襲い掛かる星幽の群れを次々と輪切りに変えていく。
螺旋の遠心力に引っ張られてか約束の剣に纏わせた煌焔が拡張してその切っ先は左右の建物に傷跡を刻み込む。
輪郭に幾つも穴を開けられて星幽は身体を構成するガスを漏出させ、輪郭が徐々に崩れていくが、大半はまだ再生し始めている。
「後は任せて!」
ポラリスを上へと引き上げると共に反動でスピカはポジションをスイッチして星幽の群れに飛び込んで行く。
細い腕一本で長杖を振り回し、左手を中心にバリアを展開しつつ長杖から右腕の広範囲にかけて濃密、かつ複雑な星晶術式を組み上げていく。
そしてそのまま長杖を振り下ろすと組み上げられた術式はほぼ全ての部分が周囲に満ちるありとあらゆるエネルギーを巻き込み、そしてスピカ自身が放出するエネルギーも次から次へと増幅し、指向性を持たせて解き放つ。
「アルティマ・ストライク!」
フューズが持つ膨大なエネルギーが巨大な砲弾となって飛んでいく。輪郭を失い再生の途中だった星幽には到底耐えられず、そしてまだポラリスに斬られる前の星幽も大半も津波のように押し寄せる莫大なエネルギーを叩きつけられて次々と押しつぶされていく。
破壊の限りを尽くした一撃はそのまま道路へと着弾し、余りあるエネルギーは道路を砕いて貫通し、そのまま地下まで破壊しつくし道路は表面ははがれて消滅し、隆起してボコボコになり、道路に面するビルも何棟か倒壊していく。
体格の有利にかまけて力任せに押しつぶそうとしたがかえって蹴散らされて星幽は脅威の評価を改めざるを得なかった。
正面にいた星幽の内なんとか生き延びた個体は残存戦力のみで隊列を整えて砲口を皆ポラリスとスピカに向けていた。
「俺が撃つ。スピカはバリアを張ってくれ」
「了解」
ポラリスは防御を全てスピカに任せ、大剣を逆手に持ち替えたかと思いきや今度は左手を正面に向けた。
ポラリスの周囲にフューズが何本も槍のように成形される。
「天罰」
高速で放たれた槍は星幽の装甲を容易く貫いては着弾した場所で炸裂する。
火力差は圧倒的だった。星幽の砲撃はスピカが容易く防ぎ、ポラリスの槍は容易く星幽を撃破していく。
正面は二人が圧倒して進んでいく。
彼らが後方や側面を気にせずに進み続けるのは、背中を任せたオロチとヴァレリアへの信頼だった。
「どれ、数は多いが…」
その信頼を知ってか知らずかオロチはポラリスと同様に敵の中に飛び込み、ポラリスのものよりは一回り小さい大剣を片腕で軽々と振り回す。兎にも角にもパワフルさが持ち味なポラリスの剣とは異なり、オロチの剣は非常に丁寧で剣の重さを活かしつつ必要以上には力を込めずに的確に弱点だけを狙って効率的に撃破していく。
オロチの身体能力はポラリスほど余人と同列には到底考えられないというレベルではない。
生来の恵まれた肉体を絞り上げ鍛え上げただけの、普通の人間だ。
しかし抜群のスタイルとプロポーションは伊達ではない。剣の腕も極限まで鍛え上げており、暴力的な動体視力に物を言わせたポラリスとは違う正真正銘の極めた技術の剣技。
しかしただの人間というわけではない。そこまで全てを極めるには人間の若さは短すぎる。
そう、彼女の生きてきた年月はそこらの老人すら遥かに上回る。
不老不死の呪いが、彼女を怪物と互せるほどまでに鍛えた。
しかし老いず死なぬだけの呪いは戦闘において何の役にも立たない為に鍛え上げた肉体と技術のみが頼りであり、そして武器を用いなくては対抗する力すら持たない。
「大したことは無いね」
それでも、星幽を屠るには十分過ぎた。
「ほうれほうれ、もっと花火を上げねば私には届かぬよ」
オロチの背後のヴァレリアもオロチ以上に圧倒している。
彼女もまた極めた鎌術によって次々と星幽を屠っていく。
だがそれは星幽の弱点をついているわけでも、余波のみで撃破する威力を持っているわけでもなかった。
鎌が近付いただけで既に星幽は崩壊を始め、鎌の峰で小突いただけで容易く崩壊していく。
彼女の最大の武器は鎌ではなく、呪いを自在に操る魔法なのだ。
「張り合いのない連中ね」
星幽達がまるで怖気付いたかのように足を止めて距離を取れば得意の暗影魔法で死角から茨の木や巨大な棘を生やしてぐちゃぐちゃに装甲を砕き、殲滅する。
左右を任された2人もまた強者、大砲をいくつ並べようとも、最早足も止められなかった。




