篝火のように
翌日、予定時刻通りに艦隊は特異点に接触し、ポラリス、スピカ、ヴァレリア、オロチの四人が新たに特異点へと突入した。
「随分と寛いでいたようだな」
「いやあ夜間の行動をするには足元が悪いもので」
ケレスたちが設営したキャンプに到着したポラリスが一番最初に興味を持ったのはあまりにも簡素ではあるが廃材をもとにつくられた完成度の高い焚火と、二つのイスだった。
「板の上は非常に滑らかだが、クッション性が見当たらない。この堅さでは、あまり快適ではなかったのではないか?」
「ご明察の通りです。下品な話ですが尻が痛くなってしまいましてね、早々に空気を固めたイスに変えました」
「お前は辛抱しないからな」
「僕は問題が発生すればすぐに対処するタイプなんですよ」
スピカが中心となって新しくポラリスが逗留するテントを設営している間、暇を持て余したポラリスの話し相手を買って出たのはルスカだ。
ポラリス本人は自分でテントを設営する気だったのだが、ケレスとオロチの猛烈な反対を前に折れるしかなかった。
そのため目についた焚火に再び火をつけたのだ。
ポラリスはそのイスが上等なものではないと知りながらあえて座った。
「ふむ、確かに堅い。これは改良が必要だな」
「真秀などでは初等教育からこのような形態のイスを利用しているようですが、その形状は人体への負担を軽減するよう改良が重ねられていました。それを知りながら横着した自分が悪いんですけどね」
「だが火を囲むぐらいには十分だろう。都市廃材の再利用はよく用いられるテーマだが、体感するのは始めてだ」
暇を持て余したポラリスを前にルスカは普段ならしない緊張の仕方をして背中に冷や汗が走る。
あまりよく考えずに立候補したことを後悔し始めていた。
「(出口戦略は用意しておくべきだったか!?)」
「結局遊んでいるだけじゃない。意味、あったのかしら?」
ルスカがくるりと振り返るとそこにはティーポットを両手に持ったヴァレリアが浮かべた日傘の下に立っていた。
「テントの設営は終わったのか?ヴァレリア」
「設営そのものはもう終わったわ。今はスピカとオロチが内装にこだわっているのよ。私、やっぱりついていけないわ」
長く伸ばした髪で片目を隠し、どことなく陰気さを感じさせながら日傘や着慣れた豪奢なドレスが貴賓さを引き立てる。しかし髪、瞳、服、色彩の豊かさこそが特徴的な星の子とは違う、陰を象徴する暗い色。
ゆったりと歩く姿はまるでランウェイを歩くファションンモデルかのようで、陽の下で彼女と日傘の下だけがまるで夜の帳が下りたと錯覚させる。
そしてポラリスの背後に立ち、ポラリスを日傘の陰の中に入れる。
「蓬莱の良質な茶葉を使ったお茶よ。飲むかしら」
「頂こう。ルスカ、君も飲むか?」
「頂きます。光栄です」
ヴァレリアが指を鳴らすと空間に裂け目が出来、湯呑が三つ出現する。空間魔法で収納していたものを取り出したのだ。
優雅な手つきで三人分のお茶を淹れ、まずポラリスが飲んで、残る二人も口を付ける。
「味わい深いな」
「ええ、ええ。とても美味しいです」
「……スピカとオロチが意匠を凝らしているのは分かるが、ケレスやハルトはどうしている?」
「ハルトは周囲の警戒をしてますよ」
「ケレスは船に戻って積み荷を確認しているわ」
「そうか、ではおとなしく待つとするか」
部下たちが働いている間、ポラリスは堅い木のイスの上で静かに日中の焚火を眺めて時間をつぶすのであった。
結局ポラリスは昼食を外で食べ、テントに入ることができたのはケレスがキャンプに戻ってくる直前だった。
「今回は随分気合を入れたね、オロチ」
豪華絢爛、天の帝の威容をこれでもかと前衛的に押し出した内装は綺羅びやかで幻想的でそれでいてずっと見ていられるほど所々に遊びがあり、目が疲れることもないように光の反射も抑えられている。
実用性も完璧に備えた広間に入った途端歩みを止めてしまったケレスのサポーター達を奥へと押し込みながらルスカは素直に賛辞する。
「そうだとも!聞けば此度の特異点は歴史に残す予定なのだろう?ならば世界に座す天の帝がみすぼらしい姿などありえない!はーっハッハッハ!」
「本人は俺の作った廃材のイスをお気に召したらしいがな」
胸を張り高笑いしていたオロチが途端に凍りつき、全ての中心に置いていた玉座をポラリス自らどかしてまさにみすぼらしい庶民的で背景全てを冒涜するような簡素な廃材製のイスが置かれオロチはその惨劇を直視できず絶叫する。
「何をしている!?私の選んだ玉座よりもそんな…そんなみすぼらしいイスを選ぶだなんて!」
「そもそも天帝にまるで番犬のように追い出していたのはスピカ后とオロチだろうに…」
「もう放っておこうルスカ、御前会議を始めてしまおう。帝も待ちくたびれているころでしょう」
ルスカとオロチを諌めつつケレスはポラリスの前に跪く。
「ああ、始めろ。皆楽にしながらで良い」
「じゃあ遠慮なく」
いの一番にルスカが膝を抱えて座り込む。
その隣でやれやれと首を振りながらもハルトも近くの席に座る。
ソルジャー二人に倣ってサポーター達も席に座り、立っているのはケレスとオロチだけだ。
「では始めよう。先程、セントラルアーカイブからサルベージした情報をそれぞれのギアデバイスにダウンロードした。しかし多くはあまり有用なデータ出はない。使えるのは地図ぐらいだ。それに本特異点の性質についての情報も無い。よって本日から数日は情報収集に充てることとなる。今から決めるのは調査目標ポイントの選定である」
ケレスは一息に説明を終え、ポラリスにアイコンタクトを送る。
「誰でも良い。思ったことは全て言って良い。調査するべき場所を挙げよ」
ポラリスの指示は全員へと届く。しかし皆緊張か、様子見をしているのか積極性は見られない。
たった一人を除いて。
「はい。都市庁舎と軍事基地は調べて損はないでしょう。記録が残っていなくとも箱が残っていれば手掛かりになる筈です」
まず発言したのはハルトだ。ポラリスの覚えめでたいハルトはあまり緊張せず、そして優等生らしく皆の手本となる様な満点の回答をする。
一方、ルスカは全く別の発想からの意見を提示する。
「うい、じゃあ次俺で。都市外郭を一周してちょこちょこ観測機器置きに行くのもありだと思います。というか特異点のコアの場所さえ把握して置けば色々逆算してわかると思うんで。あと崩落とか倒壊の可能性もあるから地下や高層建築物を調査する際にはシキガミとか、ドローンを用いた方がいいと、思いまーす」
御前会議には到底望ましいとは言えない口調にケレスとオロチが目を細める。
しかしルスカはそんな目線も気にもせずにマップにハルトが提案したポイントに印をつけている。
「観測機器の設置は領域を区分けし、手分けして設置してもいいだろう。他のポイントは無いか?」
ケレスが周囲を見回すとハンニバルが手を挙げていた。
「ハンニバル」
「はい。この都市は機能が地区ごとに集積されているような印象があります。特に研究機関と軍事基地は近い場所にあります。区画ごとに調査するのはいかがでしょうか」
ハンニバルの提案に、すぐにルスカが補足を加えつつ質問を重ねた。
「この地図だと特にそういう区分は無いね。他に地図は無かったんですか?」
「無い。あと捜索した本人から弁明があるそうだ」
ポラリスの左側にホログラフの胸像が現れる。その本人とはイ・ラプセル天文台から指導を行っているカナトだった。
『その地図は当時天文台の配下ではない別の諜報組織が作成した地図の一部のみの複製であり、行政区画等その他の情報は既に存在していない』
「つまり複数層の地図の一部のレイヤーだけをかすめ取って来たものってことね。というかそっちで観測できないの?」
『それは推測に過ぎないし、ジャガーノート級に強力な反応が微かに観測できる程度だ。少なくともコアが一つ、存在していることだけは確認している』
「雲をつかむ様な話だなあ」
ルスカは文句を言いながらもなんとなくで地図上に線を引いていく。
「じゃあこんな感じかなあ。商業区と居住区はかなり点在してるからだいたいになるけど。じゃあ追加で港湾地区も一応調査してみましょう。出入りの情報から何か得られるかもしれません」
「いいぞ。可能性で構わない。考えられる範囲は全て挙げてくれ」
ポラリスはルスカの手際にも満足し、更なる意見を求めたがポラリスの前という緊張感が意見を出すことに二の足を踏ませ続け、会議は遅々として進まなかった。
結局観測ドローンを放ち、日暮れ前に調査する時間は僅かしか取れなかった。
「俺の進め方は失敗だったかな」
「まあ、まだ慣れてないんですよ。それに今回はシーカーを連れてきてないから俺たち自身で調査しないといけないですし」
夜、ポラリスとルスカは再び焚火を囲んでいた。
コーヒーを片手に暗い顔をしているポラリスをルスカがなんとか宥める。
失敗を恐れるその姿は、とても天に座す主とは思えぬ姿であった。




