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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
86/131

信用の証左

 ガーデン級戦艦1番艦「星の庭園(ステラスガーデン)」、艦橋。

 艦長席の後ろ、誰よりも高い場所に最高司令官たるポラリスの席はあった。


「ポラリス様。分離特異点反応、ジャガーノートの消滅を確認しました」


 その高座の前。ポラリス専属のオペレーターコンビの片割れ。ガニメデがにこりと笑顔を見せながら振り返って報告する。

 報告を受けたポラリスは真顔のままではあるが確かに頷いた。

 

「まあ、このくらいの露払いぐらいはやってくれなくてはね」

「それこそ騎士の名折れというものだな」


 しかしそんな主には似つかわしくない、高慢ちきな二人が両側から冷たく挟み込み、ガニメデの隣のイオは振り向かないで顔をしかめていた。


「ヴァレリア、オロチ、二人共意地悪言わないの。みんな、困ってるでしょう?」


 二人の手綱を握っているのはポラリスではなく、その後ろでモニターテーブルの席に一人座るスピカだった。

 桜色の髪を揺らし、ポラリスの席を回り込む様に顔をのぞかせて二人に注意したことで、艦橋の空気も幾らか和む。

 二人もそれぞれ外側へとそっぽをむく。

 

「…報告を続けて構いませんね?」

「構わない。続けてくれ」


 様子を暖かい目で見守っていたガニメデがポラリスに確認を取り、報告の続きをし始める。


「ジャガーノートとの交戦にて一部街区が完全に崩壊。特異点反応に現状数値的変化は見られませんが看過できない影響が発生した可能性は捨てきれないと、ケレス卿、ルスカ卿両名が追記しています。当該特異点のリスク評価を見直し致しますか?」

「…セイファート。君はどう考える?」


 スピカの向かいに直立で立っていた長身の男が不意に話を振られて少し驚いく。


「私ですか?私の専門は熱力学なので、私見になりますがよろしいですか?」

「専門的知識は期待していない。自由に述べてくれ」

「わかりました。リスクの評価の是非ですが、あまり考えすぎる必要はないと考えます。無論、三人のグランクラスソルジャーの実力を過信しているわけでも、当該特異点を過少評価しているわけでもなく、シンプルに情報の蓄積が少ないからです。確かに再現空間の再現性が急激に低下したことは特異点を形成するコアへ大きく刺激した、その可能性は高いとも考えますが未だ断定する理由もありません。ヴィクター艦隊が到着するまで時間があるのだから、リスクを評価するよりも、地の利を得てヴィクターとの両面作戦に備えた方が良いのでは、というのが私の見解です」


 セイファートの私見を全員が静聴し、空間が静まり返る状況にセイファートは耐え切れずに助けを求めて周りを見渡す。

 その様子を良く見ていたスピカがまず助け舟を出した。


「まずは一つ一つロードマップを作ろう、ということね」

「そう捉えて頂いても構いません。数値を観測するのは構いませんが、技が力を凌駕することが往々にしてあり得ることは、スピカ様も良くご存じでしょう」

「ええ。そうね、まずは中身を見てみないことには始まらないわ」


 意見が一致したことでセイファートは満足したように頷く。

 その様子を見ていたポラリスは彼の私見を聞いたうえであくまで自らの判断を下す。


「評価リスクの再評価は行わない。特異点に突入する人員は皆不測の事態に対応することのできる者だけを許可している。突入しない後方支援要員各位にもそれぞれの職務がある。現状人員を割く余裕も無い。ただ留意はしておけ。イオ、先行部隊にもそう伝えておいてくれ。ガニメデ、現地への到着時間は何時頃だ?」

「現地時間で、明朝10時頃を予定しています」

「では俺は早めに休息を取る。アンベラタム艦長、後は任せる」

「御意」


 ポラリスの前の二人のオペレーターの、その前に座っていたアンベラタム艦長は立ち上がり、脱帽して敬礼でポラリスと、彼を追ってスピカとヴァレリアとオロチが艦橋を退室する。

 注目させられて緊張したセイファートは思わず大きく息を吐いた。


「緊張した?」

「そりゃあ、ね」


 少し空気が緩んだ中でセイファートにフランクに話しかけたのはガニメデだ。

 二人は共に真紅の制服を着用する天帝親衛隊の隊員。そして年齢も近いこともあり、非常に親交が深い。

 ポラリスのいない今、緊張の糸が切れた二人は破顔していた。


「任務に同行するのが久々だからと慣れないことをするものではないね」

「ははは。でもそれはポラリス様も同じだと思うけどね」

「同じ?」


 意外な言葉を聞いてセイファートとガニメデは話してと利き手が入れ替わる。


「うん。何せ艦隊運用と特異点の対応を同時に行うのはほとんどないだろ?だから作戦をどちらを中心に考えるかとかがまだ上手くまとまってないんだと思うよ」

「成程。確かにリスクの再評価はソルジャーにとっては些事だがあまり現場判断で重要な判断が下されることの無い艦隊では一大事だということか。俺はさしずめソルジャーを中心にしようと考えた、ということになるかな」


 合点がいったとばかりにセイファートは頷いた。


「スピカ様が言う通りロードマップのように力を入れる点をしっかりと決める、ということなのではないのか?」

「それは司令官の判断であって僕が口にしていいことではないんだよ」

「へぇ…」


 あまりにも処世術を心得た在り方にガニメデは思わず感嘆の声を漏らす。セイファートはとても狭いコミュニティの中で育ったということもあり、ガニメデが初めて会った時、浮世離れし、世間知らずという印象を持っていたが今ではセイファートの方が世渡りが上手くなっていた。


「だから、ポラリス様は君の意見を求めたんだね」

「弁えたうえで、自分の意見を出せるからか」

「君の頭脳が羨ましいよ」

「君だって進士及第するぐらい優秀だろ。上を見上げるのはいいけど際限無いんだよ」

「分かってるよ。でも誰もがナンバーワンに憧れるものだろう?」

「確かに」


 周囲に声が響かないように、二人は笑った。

 元々ポラリスが離席した直後から警戒担当の士官はヘッドセットを装着しており、臨戦態勢でもない現状多少の私語を咎める者はいない。その上艦長を代行するという絶大な権限を与えられている天帝親衛隊の隊員を咎める覚悟のある者は艦長も含めて誰もいない。




「というのは、まあ一言で言ってしまえば政治だね」

「政治?戦争のためにまつりごとが必要なのか?」


 キャンプの前でわざわざ焚火を囲んでいるのはルスカとメレフだ。ジャガーノートを討伐し、更地となった広々とした空間の淵にキャンプを設営し、夜を過ごそうとしていた。

 アニムスが設置するキャンプには自動調理器具も冷暖房設備も全ての人間が快適に過ごすことのできるのにも関わらずキャンプ気分を味わいたいという半ば趣味でルスカは焚火をしていた。

 ジャガーノートが盛大に大暴れしたことで薙ぎ払われた街路樹から薪はいくらでも補充が出来た。

 椅子もわざわざ魔法を使ってとは言え現地調達したものだ。


「そもそも戦争そのものも政治の一環なんだけどね。まあそれは一旦置いておこう。ポラリス帝が即位した時、セントラルの政治は天帝親衛隊が完全に掌握していたんだ。まあ当時はセントラルは内乱状態で、貴族たちは統制できず、反乱勢力は乱立し、まともに言うことを聞いていたのはイ・ラプセルだけだったから強力な政治的統制を必要としていたんだ。そして反乱勢力を全て粛清し、セントラルの全てを掌握した今、強力な統制力は不要となった。しかし、そのまま政権を解散するには問題があった」


 夜、メレフはルスカに教えを乞うのがかつては習慣だった。それぞれ別のチームで任務に行くようになった現在でも、メレフは学びを得られるときはそう行動する様にしていた。


「問題?何が問題なのだ?新しい政権を一人一人指名していけばいいのではないのか?」

「それで言うことを聞く人ばかりではないんだよ。特に、文官と武官が天帝と、宰相の次で分断されているセントラルでは文官が武官勢力に圧迫されかねない。それどころか政治が安定する前に貴族たちにまとめて一掃されかねない。貴族を抑えるために、新政権を守るために親衛隊の力は必要だったんだ」

「この前に聞いた必要悪というやつだな」

「うん。確かに似ているね。というか経緯は完全に一致だね。まあそんなこんなで残された親衛隊だったけれど、内戦で過激派があらかたいなくなっていたこともあり、権力は最後の大物であるクルーシェに集中した」

「あのおばーちゃんだな!よくお菓子をくれたぞ!」


 アクルクスやポラリスを始めとして教え子には厳しいクルーシェも、可愛げの塊のようなメレフには毒気を抜かれるのか、とルスカは意外な一面を知って僅かに表情を和ませた。


「そう。あのおばぁちゃん。あの人はポラリスの進める新政府が軌道に乗るまで親衛隊に貴族を抑えるための権限を残すことにした。そしてそれが今現在の親衛隊を率いるアクルクスも継続している。既に新政権による秩序は安定した。しかし新設された対外機関アニムスの内部は意外とボロボロでね。まだまだ親衛隊の統制力は必要だったんだ。というわけで今の今に至るまで権限はそっくりそのまま残っているんだよ」

「でも赤い制服のみんなはあんまりえらそーじゃないぞ」

「うん。だからここからが政治なんだ。確かに名目上は監査権、統括権があるけれどそれは一時的なもの。近い将来に廃される仕組みだからクルーシェとアクルクスは実際に権限を行使する隊員たちに、権限を絶対に使わないことを厳命した。それは新政権への何よりの信用の証として、権力の放棄の象徴として、彼らはその命令を守り抜いているんだ」

「ほえー。かっこいいな!それ!」

「そうかな?そうかも」


 予想外の反応を受けてルスカは何とも言えない返答をする。

 興奮した様子のメレフは立ち上がって面食らったルスカにまくしたてる。


「だってできることを我慢する、未来のために自分の身を引くのは大人のするべきことって前に教えてくれたじゃないか!まさに!それを!実践しているからかっこいい大人というものじゃないのか!?」

「いやあ、それは感性しだいでしょ。それにいつだって身を引くだけが未来の役に立つわけじゃないよ。後ろに控えているだけでも大きな価値があるんだよ」

「へぇー」


 半ば矛盾しているルスカの論説に一気に理解が追いつかなくなったのか、メレフは急激に冷静さを取り戻し、ポカーンとした表情を浮かべて固まる。

 ルスカはそのテンションの落差にくすりと笑うのだった。

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