崩壊点という脅威
ポラリスとスピカが再び合流した地点は街から大きく離れた山岳地帯のセーフハウスであった。
ポラリスがセーフハウスに到着したのはあの別れの日から10日後だった。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
ポラリスの肩に乗る角の生えたうさぎもポラリスに合わせて「ピュイー」と鳴く。
「モローもお疲れ様!おなかすいたでしょ?ご飯食べる?」
出迎えるスピカに飛びついて抱き着くジャッカロープのモローを抱きしまてスピカは表情を柔らかくする。
「きゅいいーー!」
その頭上を小さな羽毛の塊が滑空して飛来し、ポラリスの頭の上に着地する。
「ヘレナ…いや『リーナ』か。元気にしていたか?」
『おかげさまで私はなんとか…それよりもアルトは?』
「彼は…精神的には健康とは言えないが肉体的には健康そのもので、普段の生活は防警局が面倒を見てくれているよ。まだ間に合うから大丈夫だ」
『…』
「心配なのは良くわかる。だからこそ今は前に進もう。未来を取り戻すにはそれしかない。スピカ、夕餉にしよう」
スピカも慈愛に満ちた笑顔で頷く。ポラリスはリーナを撫でながら食卓に着く。
時を遡って事件当日。ポラリスが戻ってきたときにはスピカは全ての術式を終了させていた。
その胸に抱かれた小さな羽毛の玉はヘレナが両手で持てるほどに縮んだ姿だった。
「今はこれが限度よ…」
「…」
「人に戻すこと自体はそう難しくはないわ。でも人の姿を取り戻してもすぐに竜へと変貌してしまうの…だから今はこれが限界なの…」
「よくやった。今はこれで十分だ。済まないな、我々は無力で…、俺の名はポラリス、君の名は何という?」
ポラリスはスピカの前に片膝をついて胸に右手を当てる。小さき竜はか細い声で鳴き始めた。
『わたしの…なまえは…ヘレナ…です』
しっかりと聞き取ったポラリスはスピカの手を取る。その繋がれた手が淡く輝きだす。
「聞こえているな、スピカ」
「ええ、わかるわ。ヘレナ、あなたの声が聞こえる」
竜はわずかに涙を流す。体躯に合わせたその雫は雨よりも小さいがポラリス達は見逃さなかった。
『どうして…私は…』
「それは…まだ確証がない。何が正しいとはまだ言えない。けれども君を救ってみせる。それだけは約束する」
『私よりも…アルトが心配なんです…』
「ブレードギアの男だな。彼の様子も注視するとしよう。だが我々の本懐とは異なる故どこまでできるかはわからない。とりあえず今はここを離れよう」
ポラリスがそう言うとスピカはアイコンタクトだけでその場を離れる支度を整える。ポラリスは再び空間転移を発動してその場を離れる。
ポラリス一行が転移した先は用意していたホテルの一室。その部屋だけは凄まじい改造が無許可で行われており、エルノド・ノヴォの科学力ではその部屋に介入することは出来ない。それはポラリス達の文明力がエルノド・ノヴォを遥かに凌駕している証拠だった。
「まずは改めて自己紹介をしよう。俺はポラリス、天文台を統括するアニムス・クレイドルの奏主だ」
「私はポラリスの従者のスピカです。よろしくね」
「俺たちは崩壊点を解決させるためにこの街にきた。崩壊点とは世界を崩壊させる存在だ」
『世界を…崩壊…』
「そうだ、そしてその形は一定ではない。君のその姿もその一つというわけだ。だが詳細はあまりわかってない以上とりあえず情報を集める必要がある。俺はこれから冒険者として防警局に潜入し、情報を集める。剣士としていけば疑われるだろうから少し策を弄するがな」
ポラリスは顔を上げスピカに目を合わせる。スピカは察していながら気丈に微笑む
「スピカ、お前は一度ヘレナを連れて街から出て街の外にあるセーフハウスに退避するんだ。いつまでもこのホテルに居座るよりはそちらの方が安全だろうしヘレナの詳細な調査が必要なはずだ、そちらを進めていてくれ」
「わかったわ、でも無理だけはしないでね」
「わかっている。今はまだ、慎重に行動する」
そしてポラリスが選んだのは魔法生物ジャッカローブと契約した魔法師であった。ジャッカロープは魔力の多い地域にのみ生息する希少種ゆえ魔力制御に長ける。魔法師が使役すれば魔法の出力を
上げてくれる優秀なバッファーとなる。
ポラリスは始めはこの作戦には動向させず本拠地に置いてきていたのだが身勝手に召集したことでご機嫌取りから始める羽目になった。
ポラリスは夕餉を終え、食器類を片付け、ヘレナを寝かしつけてきたスピカが向かいに座ったのを見てからすっとホロモニターを開き、スピカに見せた。それを見たスピカは大層驚いたもののすぐに冷静に戻る。
「星幽…やはり現れていましたか…」
「ああ、冒険者達の質が高いからそこまで危急という訳では無いが脅威で有ることに変わりない」
スピカもホロモニターを開いてポラリスに見せる。
「あの子も…あの姿は星幽なのです…」