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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
蒼穹の三騎士  編
77/131

オープニングアクト#1

 錆びてはいるが瀟洒なカフェテラス。パラソルの下のテーブルに置かれた一杯のカップ。

 サービスではない。これは客が自分で用意したものだ。


「戦場のど真ん中で茶を嗜むのも中々乙なものだ。そうは思わないか?」


 茶を楽しむ男からそう声を掛けられたのはカフェテラスに隣接する歩道で何かを警戒する女。

 軍服に身を包み、腰には剣を吊り下げて物々しい雰囲気を漂わせている。

 とてもではないがおしゃれさを追求したカフェテラスから見える景色には似つかわしくないと言える。


「呑気なものね。いつ敵がどこから来るかもわからないというのに…」


 紫髪をサイドテールにまとめた少女は呆れてため息をつく。常に気を張っているつもりではあったがどこまでもふざけている姿に張り詰めていた糸も切れてしまった。


「別に無警戒で優雅にティータイムを楽しんでいるというわけじゃあないんだぜ」

「気持ちの持ちようだって言っているのよ」

「なら尚更今からやる気を出しても意味が無いじゃん」


 オシャレキャラを維持するのが面倒になったのか彼は言葉遣いを普段通りの自然な形に戻した。

 ただ気分で全て決めているわけではないようで彼はそのままカップとポットを無造作に虚空へと投げ捨てる。中身のお茶が零れる前に()()され、まるで彼は何事も無かったように店舗の敷地の外へと出ていく。

 彼を見送る店員はここにはいない。それどころか他の席に座る客も、往来を行きかう人々もいない。

 空は半分以上が見えないほど狭くなるまでぎっしりと並び立って建設されたビルはコンクリートジャングルを形成し、歩車分離の進んだ道の数々はこの都市が高度な文明と練り上げられた計画に則って開発されたことを思わせる。

 物と金の集まる場所に揃うべき人は、どこまで見渡してもお互いしか見えなかった。


「こうしてみると、世界にはもう僕ら二人しかいない、みたいだね」

「あなた、そんなロマンチストだったかしら」

「うーん。確かに俺は思想としては現実主義者だがロマンチシズムは個人的な趣向として強いと自覚しているのだけれどね。普段は言う機会が無いだけで考えたりすることは多いよ」

「そう」


 興味無さそうな返答を返されて男は何とも言えない表情を作るが彼に背を向けている女は見ていない。背後から見て察することが出来ても姿が見えないのでは分かりようがない。

 ただ慣れているのか、男はすぐに気持ちを切り替えて街の地図を広げる。


「さあ、とりあえずどこから調べようかな」

「どこでもいいわ」

「人を急かす割には計画性が無いんだなぁ…」

「関係ないでしょ」


 ただただ理不尽に、粗雑に扱われていてもあんまり気にも留めずに地図の通りを見て進め経路を思索する。

 しかし彼はそのようなことをする必要がない。どんな経路を選択しようと、どこへ行こうとほとんど意味が無い。それでも彼は目の前の気難しい彼女に納得してもらうだけ調査をするアピールをしなくてはならない。

 今はただ呆れられているだけで済んでいるが、本格的に機嫌が悪くなると調査どころの話ではない。


「(ま、こんなくだらないことで悩んでいられるのも、今の内だけだからなあ)」


 特に意味は無く、ただそれっぽい()()が見て取れる場所を効率よく回れ()()なルートを決めて地図に指で書き足していく。


「よーしじゃあ行こうか」


 レッツゴーとばかりに拳を前方斜め上へと突き上げて男は意気揚々と歩き出す。

 そんな彼に女も追従して歩き始める。

 


 どこまで歩いても誰ともすれ違うことは無い。人っ子一人いない。

 よくあるなんの特徴も無いビルが連続して並び立っているその様は共有された設計思想の下に建設されたことを示している。

 この都市が如何に計画的に建設されたか、今残っている建造物たちはただただそれを物語っている。

 長らく整備されていない、というわけでもない。確かに管理されなくなってから月日は経っているがおそらくは設計段階での予想寿命も経過していないだろうことは専門家ではないと二人にも見て取れる。

 年季の入った、雨に濡れただろう歩道橋の下の赤錆に、道路脇の街路樹に繁茂する雑草。そして一つの例外もなく、()()()()()()ガラスと動かせる物が全て持ち去られているかのように何もない街。


「うん。まるで放棄されてだいたい1年ぐらいたったぐらいかな」

「放棄された理由は確か…疫病、だったかしら?」

「ああ。この街は地下湧水を感染源とする疫病のパンデミックが原因で放棄された。退去までに猶予の時間は余裕があったから、私財の持ち出すことができたんだろうね」


 静かに、失われたものを偲ぶ街。

 初めは、僅かな振動だった。

 

「…!」

「…!?」


 二人の背後にビルの隙間から見える立ち昇る砂煙。街路樹が一斉にざわざわと合唱しながら揺れるほどの振動。それはビルの倒壊のように連続で連鎖するものではなく一度の衝撃だ。

 人のいるはずの無い街に、起こるはずのない現象。

 二人が目指す場所は今、定まった。


「喜べよ。おまちかねの時間だぞ」

「冗談を言っている場合ではないわ」

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