とある始まりの日
「おや、客人とは珍しい」
テーブルに置かれた本と茶。その持ち主であろう京紫の瞳と長髪の男が微笑む。
その前には大きなモニターが浮かんでおり、そこにはスピカの元に空間転移を行ったポラリスと羽毛に覆われた飛竜が映っている。
「気になるかい?」
ハッと我に返ると男は面白いおもちゃを見つけたときの子供のような顔をしていた。
男の隣の席が一人でに動いて下がる。
「おいでよ。見るなら座るといい。彼らの戦いが、気になるんだろう?」
この場所に迷い込んだのも偶然の産物であり、今この瞬間に立ち会うのも偶発的な奇跡にすぎない。それでもこれは幸運だと思ってしまった。
「私はフリート・アルスノア。このギャラクシー中央情報制御システム『アーカイブターミナル』の管理人だ。天の帝の名のもとに救済者、観測者、護衛者、先駆者、監督者、執行者、高級官たちが収集した情報が全てアーカイブとして記録されている。この映像もまた記録による再現にすぎないんだが、それでもいいかな?」
自分からこくりと頷く。フリートはそれを見て満足そうに笑う。
「ふふ、いいね。じゃあ今はとりあえず続きを見ようか。いいところが終わったばかりだけれども情報量は劣らないはずだよ」
僕とフリートがモニターに視線を合わせる。すると映像が動き出す。
以前に調査を行った自然公園で陣地を展開して待機していたスピカの元にポラリスとヘレナが空間転移を行ってきた。ポラリスがすぐに逃走に入らなかったのはスピカ側の受け入れ準備が整っておらず、逃げた先を捕捉される危険性があった為だ。だがいまは完全に安全が確保できているので落ち着いて次の行動を考える余裕がある。
「スピカ、俺はシーカーたちに指示を送ってくる。君は彼女のこの体躯をなんとか出来ないか?」
「詳しく見てみないとわからないけれど…人に戻すのはどうなの?」
「それが出来れば一番なんだがこの場で無理をして後遺症を残しては意味がない。最低限俺たちが保護しつつ行動できればそれでいいんだ。どちらにせよ事態を一度治めてから改めて調べなおす」
「わかった。こっちは任せて」
スピカは胸に手を当て敬礼を行う。滑らかで自然な動きは並々ならぬ気配を放っている。
ヘレナは只者ではないと身構えるもスピカが穏やかな笑顔を見せて頭を撫でてきたことで少し張っていた気が緩んでいた。
「大丈夫よ、お姉さんがなんとかしてあげるからね」
スピカは長杖を取り出して検査支度を始めていく。その様子を離れつつ遠目に見ていたポラリスは思うところもありながら未練を振り切って完全隠蔽を起動して闇夜へと消えていった。
防警局の対内部隊が到着し、現場検証を任せて基地に撤退したアルトは自分のギアブレードを見つめなおしていた。ヘレナを喪った失意の底で、怨讐の決意をふつふつと募らせていた。
「よお、アルト」
アルトの隣に背中合わせで座った男は顔を見せずに優しい声で語りかける。
「ザウス隊長…」
恵まれた体躯とは言い難いもののしっかりと筋肉のついた冒険者のザウスはアルトの所属する部隊の隊長であり、入隊して間もないアルトを教導する教官である。
アルトのようなエルノド・ノヴァ出身の冒険者志望者はまず防警局の局員として訓練を積み、座学と実技の試験を突破して初めて国際的な冒険者資格が得られる。元々が移民によってつくられた都市国家であるため国家特有の資格はない。外国から
流れてくる冒険者がすぐに外に稼ぎに出やすく、市民の人材の無駄な消耗も避けられる政策として行われている。防警局の局員でいる間は実力問わず階級によって固定給が支給され、実力のあるものは独立して冒険者として稼ぎつつ、冒険者として稼ぎが悪くなれば防警局に戻って次の世代に受け継いでいくシステムが上手く回っている。ザウスは冒険者としての資格を持ち、実力も防警局でも指折りだが若くして階級が駆け上がっていったため冒険者として独立するより防警局に残った方が稼げたのだ。そのためアルトも同じく若くして期待される新星としてザウスの部隊に配属されたのだ。
「話はもう全部聞いたよ。その上で吐き出したい事があるなら言ってみろ」
「…俺は…何もできなかった…。アイツは自分のやること全部やって、俺は何もできなかったんです…」
アルトは自責の念と共に深い後悔を抱えていた。
そしてザウスもまたその気持ちを共有することが出来た。
「俺は、この教導部隊に来る前は別の前線部隊にいたんだ。だけどお前が入局するちょっと前の話さ、守秘義務があるから詳しいことは言えねえがまあその部隊で犠牲者が出たんだ。言っちゃあなんだがこういう仕事じゃそういうのは珍しくねぇ。割り切れとは言わねえがちゃんと前向いて頑張ってるやつもいる。俺も前向いてるかっつーと自信ないけどな」
「…彼女は絶対に平和で、安全でいてほしかった…いて欲しかっただけなんだ…なのにどうしてピンポイントで僕らの家が…」
ザウスは真相の一部を知っている。だからこそ守秘義務によってそれを教えることが出来ずに苦しんでいる。背中合わせの二人は分かり合えてはいるもののその心は大きく離れていた。