恒星の風
凄まじい熱波は耐熱性能の高い重エーテル構造体で出来たビルさえ少しづつ溶かしていく。
「煌焔光」
ポラリスは先ずは様子見として幾つもの煌焔を光線の様に放つ。細く鋭くそして幾度か屈折してからスヴァローグへと突き刺さる光は彼の炎が容易く手折る。
僅かにダメージは入ったがおそらく煌焔光で削り続けてもポラリスも常にバリアを展開し続けている以上ダメージより先にリソースが無くなる。事実上ダメージレースに負けるのだ。
「(このままではいけない。無策では危ういか)」
ポラリスは戦いの中で考える。その思考が止まることは無い。常に走らせる頭脳は疲れ知らずの肉体が支える。右手で剣を握りしめて頑なに放さず、左手と両目が光線を制御してスヴァローグの足を止め続ける。
スヴァローグもまたただで耐え続けているわけではなかった。
次々と体を貫きその正確さ、貫通力は充分驚嘆に値する。しかし何よりも彼が学習していたのはポラリスの防御力であった。
「ヴ!」
突然、スヴァローグが全身に力を込める。そして彼は不格好ながらポラリスを真似た、バリアを展開する。
ポラリス同様身体を包む様に球体にバリアを展開し、さらにその周囲を正六角形のプレート状のバリアが覆う複合型のフィールドバリアだ。だが正六角形では完全な球体は形成できない。完全に全身を覆うことはできていない。
ポラリスが正六角形のバリアを使うのはそれがフューズの結合を最も活かしやすいからだ。しかし彼は数学の素養があり、当然数学的限界も知っている。ポラリスが正六角形のバリアを展開する際は全方位を覆わない場合だけだ。例えばポラリスが全身を完全に覆うようにバリアを展開する際は正二十面体を形成する。正六角形で展開する場合でも頭の中では数学的に正五角形等他の形状のバリアを展開している部分の中心と丁度反対になる様に展開する。
そうして数学的に正しい形状を常に構築する。学力が武力に直結するのだ。
それでもスヴァローグの類まれなる学習能力は別の回答を導き出す。
バリアの表面を覆うプレートを廃し、触腕のようにうねるフューズの腕を何本も生やし、光線を絡めとる。光線は光そのものではなく極限まで引き延ばされた煌焔の糸。力を途中で断てば、連鎖して根元から潰える。
スヴァローグは再び飛翔する。膨大な熱波で覆われたゼニットの内部はまるでプラズマのプールの如きエネルギーの奔流が迸っている。その流れを自らの進む方向へ調整することで、重力の軛から容易く逃れられる。
ポラリスは自身を透過し周囲に満ちるフューズに命じて宙を駆ける。再びスヴァローグに追われながらの空中戦に移行する。
瑠璃の星と橙の星が摩天楼の周囲を円を描きながら上昇していく。
「ヴォオオオオアアアアアアアーーーーーーーーーーー!!!」
スヴァローグは一時的に爆発的に加速し、ついにポラリスを捉える。うねる炎の触腕を腕に巻きつけて、突き付けた拳をポラリスは約束の剣を盾にして防ぐ。
「ぐっ!」
弾かれるようにしてポラリスは吹き飛び、背後のビルに叩きつけられる。
対災素材である重エーテル構造体の剛性は人ひとりが高速で叩きつけられた程度ではそうそう破損したりはしない。つまり叩きつけられた衝撃は全てポラリスがその身で受け止めることになる。
「(これは何度も受けてはいられないな…)」
全身に痺れるような痛みが走り、動けないポラリスにスヴァローグは無慈悲に追撃に襲いかかる。
振り下ろされたダブルスレッジハンマーを体を捻って回避、未だ痺れる両足にフューズを込めて上方へと逃れて追撃を止めるためにネット状に煌焔を変形させる。
「煌焔網!」
しかし網も所詮は細い細い糸でしか無い。スヴァローグは両手で握り締め、焔を焼きながら引き千切って進む。
甘えた足止めでは何の時間稼ぎにもならない。そう判断してポラリスは再び左手にフューズを凝集し、災害を再現する。
「災禍招来・幕電」
ポラリスの背に円を描いて電撃が走る。そして円の電撃から空中に何本もの電撃が飛び出す。スヴァローグはバリアの触腕で初めの数発を凌ぐがあまりにも手数が違い過ぎて少しづつ押され、その間にポラリスは大きく逃れる。
ようやく得た大きな隙をポラリスは最大限活かすべく全身に力を溜めていく。ネビュラに豊富にただようフューズとエーテルはスヴァローグの放つ熱波に搔き乱されて使えない。だがポラリスは周囲の環境に頼らずとも自前のリソースで十分な量を供出できる。
スヴァローグがやがて電撃を全て凌ぎ切り、再びポラリスへの追撃に入った時ようやくその異変に気が付いた。
気が付いたのは彼が莫大なエネルギーの奔流に呑まれてからだった。
「純化・過剰覇道!」
一瞬の隙に大技をチャージし、すかさず叩き込む。まさに覇道の戦い方である。
その威光は強靭たるビルさえ削り取り、射線上にあった高架橋、道路、舗装、地下道を完全に消滅させる。
ただ、スヴァローグだけが健在であった。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”!」
より力を欲する彼は、既に自らの力を制御することはできていない。触腕のように飛び出してしたバリアはそのまま解き放たれ、熱波はさらに温度を上昇させ、ついにはビル群を溶かし始めた。
スヴァローグ自身も別次元の加速度を以てポラリスに接近。彼が近づいただけでその膨大な熱量にポラリスのバリアは焦がされ放射される超高熱のプラズマが衝突するたびにバリアが削られていく。
スヴァローグの放つ紅炎を剣で切り払いながらひらりひらりとスヴァローグの追撃をギリギリで躱すがポラリスは少しづつ焦りが募り始める。
ここまでの戦いを優位に進めていたが、5000年のブランクをものともせず、それどころか恐竜的進化を遂げるスヴァローグに徐々に追い詰められつつあるのだ。
「ア”-------!」
スヴァローグの全身から解き放たれる虹色の太陽風がついにはポラリスのバリアを貫通してダメージを与える。
ただがむしゃらに叩きつけた拳が、蹴りが、頭突きが、ポラリスを焼いて苦しめる。
ポラリスは煌焔弾をゼロ距離で放って抵抗するが最早完全に無意識で動いているスヴァローグにはまるで効いていないかのようで、ポラリスへの追撃は止まらない。
突き出される拳を剣で切って捨て、蹴りを剣の腹で受ける。すかさずスヴァローグは手を再生させつつ紅炎を指向性を強めて放ち、ポラリスは防御に徹せざるを得なくなる。
バリアを固めても太陽風は常にバリアを削り続け、二人の間では常に領域の支配を巡る境界が形成される。だがそれも徐々にスヴァローグが押しつつある。
元々のリソースを比べるのであればポラリスが上回っていたかもしれない。だが今は完全にスヴァローグが押し込みつつある。
「(スヴァローグの性質は無尽蔵に発熱し、膨大な熱量で焼尽する力。しかも僅かなリソースから効率的なサイクルで領域を支配することに特化している。右肩上がりで強くなるのは厄介だ!)」
ポラリスには手札がある。いざとなれば躊躇わず切る事もできる。それでも今は依頼が優先される。
世界はもう滅びない。世界を滅ぼす力をスヴァローグは持ち得ない。せいぜいノーザンを焦がして燃え尽きるだけしか今のスヴァローグには出来ないのだ。
「(ナディアの力は使えばスヴァローグは何時でも倒せる。けれどそれは最後の手段だ。今は小手先の技術で誤魔化そう)」
スヴァローグの彩色の帯がポラリスの左手を焼き切った瞬間、ポラリスの姿が消えた。
「煌焔流!」
スヴァローグの背後に現れたポラリスがフレアの奔流を叩きつけ、スヴァローグは背中から強く押されるように正面のビルに叩きつけられた。ビルの表面が溶けていたことである程度衝撃が緩和されたが、一瞬の出来事は脳の理解が追いつかず、混乱して動きが止まる。
刹那、既に距離を詰めていたポラリスは再生したばかりの左手をスヴァローグのバリアに突っ込み、灼けるのも気にも止めずに結晶体をスヴァローグの脳に直接叩き込む。
「思い出せ、それはお前の記憶だ!」
グラフトボディの機能で左手を肩から自切し離脱。ポラリスは距離を取り、空中に浮遊しながら経過を見守る。
その視線の先には、脳に大量の情報を叩き込まれて処理速度が低下し元々怪しかった目の焦点が最早どこにもあっていない無防備なスヴァローグの姿があった。




