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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
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不朽の価値

 ブルクビク湖北西の湖畔の陣地から西回りに向かい側まで湖畔を歩く。

 生身で進むエルザとオリヴィアには湖から吹く冷たい風が頬を撫でられて少しづつ余分に体力を奪われていく。そのため、ポラリスは細かく休憩を取り、フューズで空気を振動させて暖を取らせる。そして体が温まればまた歩き出す。それを繰り返し、道は丁度折り返しのところまで来ていた。


「それにしても、圧巻ですねぇ。この湖はギャラクシー時代からずっとこの姿のまま変わらないんですものね」

「ああ、環境集積情報(ジオメトログラフ)によればこの湖の形状は5000年前はおろか数万年前から一切変動していない」


 スピカはイ・ラプセルの湖と重ねているようだ。イ・ラプセル天文台もまた湖に面しているが、そちらの湖はブルクビク湖の四分の一ほどの大きさしかない。向こう側が霞んで見えるほどの湖の衝撃は海ではなく湖ならではの光景だ。

 

「それにしても、これだけの水はどこからやって来たのでしょうか?雨はほとんど降りませんし、雪解け水もこの状況では微々たるものでしょう」


 ある程度教養のあるエルザは優れた視力と観察眼から生まれる疑問を口にする。しかしそれぞれの反応は三者三様だ。

 ポラリスはいつも通り無表情で、外の世界の見聞の無いオリヴィアは何が疑問なのかが分かっておらず、スピカは待ってましたと言わんばかりの表情をしている。


「それはね、なんとこの湖は全て湧き水なの!」

「湧き水…?それはおかしいだろう。豊かな山林が無ければこんな大きな湖を山の上で形成はできないはずだ」

「それがね…なんとこの湖の湧き水はどこから来ているのか全く分からないのよ!」


 ミステリー好きのスピカは実に楽しそうに話す。グラフトボディであるため寒さを感じないので熱が入りやすいのだ。その様子を見てクールダウンさせるためにポラリスは話題を奪う。


「かつて何度もギャラクシー政府はノーザンに調査隊を派遣した。しかし金の卵を産むガチョウの話のように当時ギャラクシーの人民の腹を満たしていた大量の食料を作るために必要な水源が調査の過程で損失、あるいは枯渇する事態を完全に避けられる調査方法を模索している間に時間が経ち、莫大な調査予算が浪費されていく状況でついぞ本格調査は行われず時の天帝の命で調査が永久に打ち切られた。今のノーザン公でも公主の許可が無ければ近づく事すら許されない禁足地に指定しているのもノーザンの飲み水や農業用水を確保する為だろう。まあ、それもキリエ・オルタナが制定したようだがな」

「へぇ~。神聖な場所だと語り継がれていましたが、そんな歴史があったのですね」


 歴史を知り、オリヴィアは感嘆の声を漏らす。


「神聖…ね。それもあながち間違いでは無いわね。ねぇ、ポラリス」

「よりによって俺に聞くな」


 実に意地が悪そうにスピカはポラリスの頬を人差し指でつんつんと押しながら含みを持たせて笑う。

 キリエ・オルタナが残した伝承も、法律も、全ての意味を既に知っているポラリスは意図を察する。

 彼は、主君に仕える騎士であり、そして天から地の狭間の人を救う救済者であったのだから、()()()()を神聖視するのはそう不思議なことではない。

 

「さあ、そろそろ先を急ごう。道は、あと半分だ」


 ポラリスがそう言うと、休憩は充分だとでも言いたげにオリヴィアはすっくと立ちあがる。彼女はどうにも楽しみで待ちきれないらしい。

 天文台が近づくにつれて蓄積する疲労とは反比例して足取りが軽くなる。

 彼女が幼少の頃から夢に見た、追いかけ続けた歴史が手に届くと知り、そのノーザンには似つかない豪奢絢爛たる天文台の威容が少しづつ見えるたびに心は跳ね胸が躍る。

 

「ここが正門だな」


 赫々たる伝説の実在を証明し続ける事を是とし、異邦となった都たる友邦からの来客をずっと、ずっと待っていた。

 その名はノーザン天文台。

 ギャラクシーの都たるイ・ラプセルを中心子午線に沿って北天に抱く、歴史上初めてセントラルの外に建設、設置された由緒正しき伝統と共に、歴史の繰り手に合わせてその在り方を変わりつつ、そして天命を忠実に守り続けた救済者(ソルジャー)の基地である。

 湖に沈んだ小島の上に建てられており、その建物の大半は既に島と共に湖に水没している。しかし中央の観測施設とその周辺の制御機構、扉の無い正門と城壁のような防衛設備は水面から顔を出している。

 水底を見れば可動式の道路設備が沈んでおり水面下だけは当時の姿そのままだったが陸上に露出している部分は完全に消滅しており、当時の水面とも思われる箇所はどうも焼け焦げたような跡が残っていた。

 そして何よりも異様なのは天文台の建物は一つの氷に閉ざされていたのだ。


「これ、どうやって入るのですか…?」

「氷をどうにかしないといけないな」

「どうにかって?」

「融かすか、穴を開けるか。少なくともイ・ラプセルに残っている設計図と改築、増築の仕様書にはこのような氷で覆うような事態になる仕様の記載は存在しない。あと、熱力兵器や火薬装備が有るのだから抵抗も無かったのだろうな」


 冷静に分析しながらポラリスはそう答える。

 色々他にも手はあるが一先ずは出来る手を片っ端から試すことにした。

 

「下がっていろ」


 そう警告して3人を下がらせてポラリスは一人湖に足を踏み入れる。

 彼の足が水面につくと波紋が広がり、静謐たる湖面に揺らぎが起こる。だが彼は力強くその湖面を踏みしめ、あろう事かそのまま水面を歩いて行く。

 ポラリスは水面との間に斥力を発生させて大地からそのまま道が続いているかのように進む。そして氷に手を触れて確認する。特に反応は無い。だが冷たくはない。氷属性に転化されたエーテルは物質を凍てつかせるが熱伝導率は固体化した水よりも低い。


「(誰の仕業だ?いや、愚問か)」

 

 少し思案して、すぐに手を離す。離さなくてはならない理由は無いが触れる理由も無くなったからだ。

 ポラリスは光が溢れるほどフューズを右手にかき集め、改めて氷に触れる。

 すっと音もなく、氷に穴を開けていき、人が通れるぐらいに通路を創り出す。天文台を覆う氷は全てエーテルの氷であり、フューズを介して氷属性に転化されたエーテルをエネルギー体に戻せば簡単に排除することが出来る。おそらく、簡単に入れるようになっているのはこの処置を行った者の配慮だろう。

 天文台を傷つけられては困る。さりとてこれだけの設備を無下にはしたくないと。

 この時ばかりはポラリスも心遣いに感謝した。

 氷の中に開けられたトンネルを通り、ポラリスは天文台のエントランスに入る。入口の透過壁も、制御システムも全て動いているようだ。


「スピカ、中は生きている。二人を連れてきてくれ」

『了解したわ』


 内部システムが生きている以上天文台の内部は安全だと判断して外で待つ三人を呼び寄せる。その間にエントランスの来客用カウンターのコンソールを操作して自分のデータを入力するとともに自身が持つデータを共有する。

 この天文台は5000年間眠り続けていたのだ。その間、ここは天文台のネットワークから切り離されていた。これからこの天文台を利用するにはデータが不足していたのでその調整を自ら手隙の時間に行っていた。

 ポラリスが来訪記録を表示したところでちょうど三人がやってきて来訪記録が更新される。


「お待たせ」

「ちょうどギアデバイスの接続が完了したところだ」


 スピカが真っ直ぐにポラリスのもとにやってきて、それからデバイスをポラリスのものに更に接続させて同期させる。

 二人が天文台の設備、情報の掌握を進めているなか、残り二人はただただ天文台の威容に圧倒されていた。


「なんと幻想的な…あれはステンドグラスか?」

「これは建物全体が超高純度重エーテル鋼材で作られているの?でもこれほどの建物を作るにはかなりの加工技術が必要なはず、まさかこの光が走っている線もこの床材と同等の純度だと言うの…!?」


 片や天井を見上げ、片や床に這いつくばっている。

 幾千もの時が流れても、その価値は不朽であることを天文台は全身で証明しているのだ。

 その珍妙な光景に先に進もうとしていたスピカは思わず吹き出してしまう。


「ぷくく、二人とも何をしているの?置いていっちゃうわよ」


 どうやらエントランスでやるべきことを全て終えたポラリスはもう先へ進んでいるようで正面の階段の先へ影が消えていた。


「あ、待ってください!」


 2人共走ってスピカ達を追いかける。エントランスから正面に進むと階段があり、降りると天文台の中枢である円柱をぐるりと回る回廊に出る。そこから右へしばらく行き、エレベーターに先に来ていたポラリスと共に乗ってずっと下まで降りていく。

 そしてかなり下の方の階で降りて回廊を歩き、更に階段を降りる。円柱の底の下、観測室に入る。


「ようやくたどり着いた。全ての答えはここにある」


 そのレイアウトはイ・ラプセル天文台と左程変わらない。中央の天球模型を囲む円形コンソールとその周囲のオペレーションフロア。そこから上下に分かれ、上段には司令官と指揮官の席、その奥にはラウンジやブリーフィングルーム。下に行けば分析や解析、検索を行うサポートフロアに繋がっている。

 ポラリスは最上段の最高司令官席に座り、エントランスで調べていた情報を巨大ホロモニターに表示する。


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