煌めく星滅の焔
ポラリスとスピカが対峙する崩壊と消失の使徒たる亡霊騎士は半数が大きく損傷を受けて再生中。半数の更に半数がポラリスを追って迫り、残る者達がその援護を行う。
敵が数を頼みに襲いかかってきていてもポラリスに焦りはなかった。寧ろ余裕すらある。ポラリスにはまだまだ余力があり、戦力の補充の無い亡霊騎士にこそポラリスを仕留め損なう度にその機会は更に減り難度も増していく。その上ほとんどポラリスへ献身的にサポートをしているスピカという大きな戦力が力半分で温存されているのも大きい。
亡霊騎士との意思疎通はできない。しかし彼らからは確かな焦りを感じられる。人間味を感じられるのだ。
ポラリスは左手をかざし、融合素で大気を押し固めて空気の壁を作り、壁のある空間に次々と亡霊騎士たちが引っかかっていく。
敵の動きを一度押し留め、そして右を前に半身となり、捻りを加えたうえで剣を居合のように構える。纏う煌焔が徐々に剣に収束されゆらゆら揺れる焔が抑えられていく。周囲に纏っていたのは余剰となったエネルギーであり、ほとんど無駄に放出されてしまっていたからだ。
全てはこの一手で崩すために、敵を全員一度身動きを止めてチャージする時間を稼ぐための行動をしてきた。
亡霊騎士たちが大気の壁を突き破って再び接近し始めるのと同時に、ポラリスは剣を思いっきり振り抜く。
「純化・過剰弑滅!」
横一文字の斬撃の焔が飛んでいき、少しずつ一文字から小さな斬撃が分離し縦に斬撃の領域が拡張されていく。さらに前後にも斬撃は分離してより広く、斬撃の空間が広がりながら展開していく。
まず前衛の亡霊騎士たちが斬撃に呑まれ、小さな斬撃でも一つ一つが確かなダメージを与え、フューズの焔がエネルギーを解き放って闇さえ食らいつくしていく。斬撃空間が通り抜けると、殻を失った影は在るべき場所へ帰っていた。
さらに斬撃は足元を崩している騎士や後衛たちへと襲い掛かり、ある亡霊騎士は腰部を両断され、ある亡霊騎士は飛び上がって回避するも足を千切られ、ある亡霊騎士は陰に潜り込んでやり過ごそうとするも雪ごと剥がされ切り刻まれていく。
斬撃の正体は煌めく星滅の焔。全てエネルギーへと昇華され続ける融合素の塊であり、炎なのだ。斬撃で切り刻まれ空いた傷跡へと焔が入り容赦なく滅尽する。
軍勢を丸ごと飲み込み、最奥の王さえ殺す斬撃が通り抜けた後、亡霊騎士は十に届かぬ数しか残っていなかった。無傷で五体満足の亡霊騎士は最早一人も残っていない。
「(後は消化試合だな)」
それでもまだ亡霊騎士たちは襲い掛かる。最後の一兵になっても目の前の最強に焦がれ続けるのは変わらない。その執着はポラリスにはわからない。きっとスピカにも、イ・ラプセルで待つアクルクスにも経験豊かなクルーシェにも、万象に通じるフリートにもわからないだろう。
命が無いから、惜しくないのか。かつてそう考えた哲学者がいたらしい。存在を失うなら、命を失うのと同義ではないのかと。
だが星の子達は皆理解していた。自ら生み出したものに愛情は湧いても、それが同じ命だとは思わない。シキガミという疑似生命体は、物理的構成はさほど変わらず、論理的構成は全く変わらない。
ポラリスの剣はとにかく正面から一撃で叩き崩す王道の剣だ。鎧を砕く威力と、盾を切り裂く切れ味があればそこらの達人程度では防げない。もう、回避も防御もしない。
正面から一体一体感慨もなくポラリスは一刀で叩き斬る。自分の決断の始末をポラリスは淡々と、剣で示す。ダメージが溜まっている亡霊騎士たちの動きは露骨に悪かった。再生にもリソースを割いている分鎧の強度もかなり弱くなっている。最早ポラリスの敵ではなかった。
全ての敵を撃ち破って無へ帰す。ポラリスは戦場に一人、佇む。彼が向ける視線の先には静かに何万年もの間ノーザンの全ての歴史を見届け続けた証人が湖の向こう側に万年氷に封じられていた。
彼の髪もまた、氷のように蒼穹に戻る。
勝鬨を上げ、戦勝の熱が冷めぬ間に負傷者の治療を終えて講和交渉等を全てリゲルに押し付けたポラリスはその日のうちに最後の支度を済ませていた。
「もう行くのですか?もう少しお休みになった方がよろしいのではありませんか?」
「コンディションが万全ではないのは認める。だがもう時間的な余裕が無い。部下の計算が正しければ今残っている力でまだなんとかなるだろう。君こそここから先に進むにはもう少し回復しないと難しいだろう」
物資目録とにらめっこしているポラリスはいつも通り無表情のままだ。オリヴィアは初めはヴルトとダヴーの助けをしていたが学者気質で政治力に劣るため居たたまれずに抜け出してきたのだ。
「ポラリス?支度はできた?」
「ああ、問題ない。1週間は持つだろう。エルザはどこにいる?」
「もういつでも出発できるそうですよ」
「わかった。では行こう」
穴が開くほど見つめていた目録をあっさり閉じてポラリスは外に出て行こうとするが、オリヴィアは袖を握りしめて静止する。
「何だ?」
「私も、連れて行っていただけませんか?足手まといにもなるかもしれないのですが、私はどうしても知りたいのです。かつて建国の元勲の一人であるキリエは私たちにはするべきことがあると最後に一言残して去りました。私は公家の一人として、彼に報いたいのです!」
「…。…。俺も、ノーザンの歴史を見てキリエの人生の一端を知った。それに彼がノーザンに来る前のセントラルでの人生も知っている。だから彼が君たちに何をしてほしかったのか、答えがわかる。だから君が今俺達について来る必要はないと断言できる」
そう断言されてもオリヴィアが袖をつかむ手から力を抜く気配はない。ポラリスには説得が不可能であると悟り、諦める。何より自らのルーツを求める者を拒むことは無い。
「指示を聞くなら、構わない」
「ありがとうございます!」
「支度は?」
「もうできています!」
「ならば征くぞ、5000年の総決算に。英雄への巡礼だ」




