すれ違う想い
ポラリスがその竜の出現を確認してからすぐに現場に急行。その速さは圧倒的であり、そして迅速であったために隣人が異変に気付くよりも早く辿り着いていた。
街へ来た初日に買った服装ではなく戦闘用の装備を纏っていた。白を基調とした滑らかな材質の裾の短いアウターや各所に発光するパーツがついているものの閑静な住宅街には電灯が並んでいる為完全な暗闇には至っていないためそこまで目立つ存在ではなく、上手く夜闇と街明かりに隠れていた。
彼が見下ろす先には家々を破壊し慟哭のような叫びをあげる羽毛に覆われた飛竜がそこに天を仰いでいた。
”たすけて、どうして”
ポラリスにははっきりとその声が聞こえていた。ポラリスはホログラフモニターを一枚呼び出してそれを顔の傍まで寄せる。そのモニターにはスピカが映っていた。
「彼女は助けを呼んでいる。助けを呼ぶ声が聞こえる」
しかしポラリスの計器には竜の言葉は言語判別不能、ノーデータという結果だけが計上されていた。科学的な解析では理解のできない言語をポラリスは理解できていた。つまるところ非科学的分野、神秘の力が働いていた。
彼女の声を理解できるのは自分だけであるとわかってすぐにポラリスは彼女の前に降り立つ。彼女はポラリスが降り立ってしばらくは彼を認識することが出来なかった。ポラリスは完全隠蔽技術を用いていた為違和感としてしかとらえることが出来なかったのだ。
ポラリスはゆっくりと一歩一歩歩み詰めて飛竜の目の前に立つ。
そしてゆっくりと両手を掲げて目を合わせる。
「君の声が聞こえた。助けを呼んでいたのは君だろう?」
ポラリスが手を伸ばし、飛竜に触れるか触れないかというところで歩行戦闘機が住宅街を駆け抜けて現場に到着した。
「ヘレナ!」
歩行戦闘機から飛び降りたアルトが崩壊した自分とヘレナの家を見てしまう。そこにいるのは家を破壊し佇む竜と恐ろしいほど澄み渡る宝石のような瞳の男。
彼を敵と見たアルトは腰に吊ったブレードギアを抜き放ち、切っ先を男に向ける。
「そこは俺たちの家だ、そこから離れろ!」
怒りをあらわにするアルトを見てヘレナもこたえようとするも出てくるのは竜の言葉だけ。
”私は無事だよ、ここにいるよ!”
しかしそこ言葉は彼には届かない。アルトと共に来た防警局員もあまりにも異質な存在に反射的に銃を竜へと向け歩行戦闘機の砲口も向けてしまう。
まず初めに動いたのはアルトであった。ブレードを大上段に振りかぶりしっかりと踏み込んで斬りかかる。しかしその怒りの刃がヘレナを襲うことは無かった。
彼のブレードは半透明のビーム状のブレードに受け太刀され、万力に抑えられたかのように全く動かなかった。
アルトの動きを見たポラリスが柄からビームを発振する半実体ブレードで前に飛び出して受けていた。エーテルエネルギーそのものを刃として固定化しているポラリスのブレードと実体のブレードからエーテルエネルギーを放出しているアルトのブレードでは切れ味や強度が前者の方が勝る。ポラリスは受けているだけで一切押していないにもかかわらずアルトのブレードのみが軋みを上げプラズマ状にエーテルエネルギーが撒き散らされ今にも傷がつきそうになっている。
アルトは押しきれないと見るや一歩引いてから左腰に添えて下段から狙う。ポラリスがそこに合わせてブレードを下におろすとアルトはフェイントに引っかかったと見て横から上へとすり抜けて胸を切り上げようとするもポラリスがすさまじいスピードでブレードを振り上げてアルトのブレードを刃の腹でひっかけてそのまま振り上げる。ポラリスのすさまじい剣速によりアルトのブレードは彼の手から離れ空を切りそして端に転がっていく。
『下がれ!アルト!』
その様子を見た歩行戦闘機が砲口をポラリスに向ける。巨大なビームが彼を襲うべく放たれるもポラリスの前にバリアが広がり完全に防ぎきられてしまう。
アルトはその隙にブレードを拾いに行きつつ退避し竜を見る。するとアルトとは常に目が合い続けていた。
(なんでそんなに悲しい目を俺を見るんだ)
アルトはヘレナの気持ちに気づくことが出来ず邪念と捨てて剣を握る。
ポラリスはこのまま戦い続けるのは得策ではないとわかっているので退避を考えていた。そのために必要な要素として情報の隠蔽が必要であった。人の記憶をごまかすのは既に行われているが歩行戦闘機の映像記憶がまだ残っている。
ポラリスは人払いと似た術式を起動して記憶に障害を起こす効果を発生させつつ歩行戦闘機のブラックボックスを狙ってサイコ・バレットを放つ。
一撃で機能を停止する歩行戦闘機、認識阻害を食らい倒れるアルト達。
「ここは一度逃げよう。いいかい?」
やさしく問いかけるポラリスにヘレナは静かに同意するしかなかった。ポラリスが両手でヘレナに触れおでこをあわせて目を瞑る。
二人が光に包まれて消えていく。アルトは思わず手を伸ばすが虚しく何も残らずに消えていく。