並び立つ尖兵
包囲陣左翼改め防御陣右翼部隊は主にダヴー将軍麾下の部隊とアトリアが受け持っていた。
そして上空ではヴァンガード第二部隊が飛行型、浮遊型の星幽と交戦しつつ空対地支援攻撃を行っている。
ダヴーの巧みな指揮によって強力な装備に身を固めたノーザン兵達は限界まで犠牲を減らした状況で防衛線を維持することが出来ている。当然、こちらでもソルジャーであるアトリアは広範囲を殲滅することのできるため戦線の中心で戦場を支配している。
破壊的な炎の正体はエーテルだ。アトリアは希少な星の子の中でもさらに希少な属性種と呼ばれる人種である。星の子の特徴はフューズを使いこなすことにあるが、属性種はフューズを介してエーテルという別のエネルギーに作用して個人個人の適正のある属性に変換することが出来る。
属性は遺伝する。それは属性種も同様だ。アトリアは代々炎属性を発現する属性種の一族の出身であり、既に若くして彼女はソルジャーになった。それは一族の中でも傑出した存在である事を示している。
彼女の保有フューズはエネルギーを放出してエーテルを炎へと変換していく。炎とは本来発熱を伴う急激な酸化反応だが、エーテルの炎属性は見た目こそ似ているが本質は「気化」にある。
エーテルの炎は分解の炎だ。燃やされた物質はエネルギーを放出して気化する。冷やされれば当然もとに戻る為大抵の場合水が飛び散ったかのようになる。
この場では雪が、気化していく。そして星幽も体を構成するガスが霧散してその度に体躯は小さくなっていく。
戦域をエーテルの炎で燃やし尽くせば、負荷ゾーンが出来上がる。
炎は剣のリーチを延長し、身を護る盾となり、機動力を生み出すエンジンにもなる。
まさに攻防一体の力である。
それでも一人で全方位から押し寄せる星幽を一方向だけでも抑えるのは至難の業だ。かなり削っていても撃ち洩らしが出てしまう。
そこをダヴーが号令を発する。狩場へと釣り出しては囲んで叩き、最速で潰してはすぐに陣形を整える。彼に訓練された兵卒は指示を聞いただけで都度自分たちで考えて行動する。ここまで鍛えるのにどれだけの鍛錬を積んできたのかが伺える。
氷柱園の戦いの折、リゲルとアトリアの出した策がとにかくノーザン兵に出血を強いる消耗戦を提示していたが、その両名の策を上手く折衷したように見せかけてノーザン兵の消耗を限界まで減らした策を提示したのはそれだけダヴーもまた兵士たちを大切にしているからだ。
だがいつまでも戦いが続けば消耗し、万全から遠のくほどそんな完璧状況なから離れていく。
守る陣地の広さに比べて守る兵士の数が足りないのだ。
だから、その為にリゲルとアトリアが献策したのは兵力を補充する策であった。
ダヴーが守りたかった、訓練された兵士でなければならない。
ポラリスの指揮に忠実とまでは言わなくとも従う者でなくてはならない。
リゲルとアトリアが計算できる戦力でなければならない。
その三つの条件に当てはまるのは徴兵では出来ない。ノーザンの他の駐屯地からではまるで間に合わない。今、すぐ傍に居て、その上でよく訓練されて、まとまった戦力が必要だ。
その条件に当てはまるのが、クルーエル遠征軍だけだった。確かにクルーエルの負傷兵を治療したり指揮権やそもそも交渉の段階で問題がある。
その問題はエルザとアリシアから得た情報である程度は解消できた。特にエルザとアリシアは上位指揮官に近い立場ということもあり、かなり詳細な情報が入手できた。
作戦の成功率は、非常に高いと推算された。そして作戦はつつがなく完遂されつつある。
後は生き残るだけ。それが何よりもの障害ではあるが。
故に、解決策は最高のタイミングに持ってきた。
『アトリア卿。増援が参戦します』
「わかった。ダヴー、消耗した部隊から下げていいわ」
「わかりました。少々暇を頂きます」
ピィーと甲高い戦笛を吹いて後退を命じ、ダヴーは殿を務めつつ防衛線を一列下がる。疲労しているとは思えないほど秩序立った動きで撤退していく。しかし代わって防衛線に入っていく部隊は我先にと戦場に駆け込んではダヴーの構築した陣地を無視してさらに突き進む。
「ねぇ、邪魔なのだけど」
「悪いが、俺にも制御不能なんでな」
粗暴な荒くれどもに囲われ、得意の広範囲殲滅攻撃が封じられ、呆れて剣を下ろしたアトリアはため息をついてから性質とは真逆の冷徹な視線の先にいるのは白髪に隠れた白い角と、眼鏡をかけた白鬼族の優男、エリックであった。
「私の焔で巻き込んでいいのかしら」
「おいおい、俺達はもう敵じゃないんだろ?」
「やっぱり殲滅してしまった方が早かったかしら」
「怖い事言わないでくれよ。これでも拾った命なんだぞ」
「御託はいいわ。生きたいなら、戦いなさい」
「絶望の淵なのに気が進まない…」
剣から火焔を撒き散らし、足の踏み場を火の海へ変え、マントがひらひらとはためく度に散る火花の全てを抑え、騎士の内側へと炎は還る。共闘を考えたのは彼女ではないが、結果的に賛成したのは彼女だ。
剣には炎が収束して熱量を増し、白く発光し、余剰の焔を大きな戦旗に成形する。旗を振り、飛び散る火花は矢となり未だ尽きぬ星幽共へ砲撃の如く降り注ぐ。
「進め!」
焔の号令によって白鬼衆を始めとするクルーエルの兵士たちの熱量も増大する。圧倒的な火力は恐ろしい強敵ではあったがいざ味方にすれば頼もしいことこの上ない。進む、進む、ノーザン兵よりも個人個人の力量こそ劣るがそれでも命知らずな大火となった軍勢は一気呵成に進む。
流石に不満さを隠そうともしないが何が最善かを考え、すぐに行動できるのはやはりソルジャーたるものの将器と言えよう。そしてその不満はぶつけられるものにはすぐにぶつけられた。
「何ボサッとしてるのよ。あなたも行きなさい、尻に火を点けてあげるわ」
「それ、気持ち的にってわけじゃないだろ?ならせめて一緒に来てくれよ」
「元よりそのつもりよ」
火焔の騎士と白鬼の謀臣が共に駆けだす。
炎の旗をはためかせ、得物の届く範囲だけだが叩き潰し、斬って燃やす。一番槍は戦場で一番の誉だが二人は幾度となくその誉を任じられてきた尖兵。群がり好きに暴れまわる者どもと比べ、二人は初めて共闘するが、その余りあるパワーを交互にぶつけているだけでも次々に星幽を撃破していく。
アトリアが炎の剣を突き立てる。獅子の腹から背へ炎が貫き、獣が身悶える。暴れる頭へ金棒をエリックすかさず叩き込む。エリックが象と力比べをしている所へ、横腹にアトリアが連撃を叩き込む。突撃してくる犀を両脇をすり抜けながら振り下ろして挟撃する。
「遅いわ。やる気あるの?」
「無茶を言わないでくれ。これでも普段より早いんだ」
わざわざ地上を駆けてエリックに合わせるアトリアは順調に駆逐しているにも関わらず不安げだ。どうせなら自分の手で広範囲を焼き払いたいのにもかかわらず雑兵が邪魔になってフラストレーションが嵩んでいるうえ、隣で戦っているつもりのエリックが想像より使えないという点でもよりストレスに感じているのだ。
「(まだまだ若いってことね)」
年は二人共変わらないだろう。しかし生まれ持った素質や才能をひっくり返すだけの努力や経験が、エリックにはまだまだ足りないのだ。彼は、結局のところただの尖兵で、世界を救う英雄にはなれないのだ。




