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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
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戦場のプリンセス

 完全隠蔽(フルステルス)で天幕を捜索するスピカ。作戦の全ては、スピカをここに届けるためだ。

 この戦いに終止符を打つために、彼女は光も、音も、匂いさえ隠蔽して探し回る。早く、終わらせなければと気持ちが逸る。



 時はポラリスとエルザが竜を討ちに陣を離れている時まで遡る。

 氷柱園の戦いで得た捕虜たちの様子を見ながら、スピカはシーカー達が収集した情報を整理し、一人一人に指示を飛ばしていた。普段常にポラリスと共に行動しているから既にみんな忘れかけているが、スピカもれっきとしたソルジャーの一人であり、リゲルとアトリアと同期で進士及第している。文武両道、万能の才を持つ才女なのである。

 ソルジャーという資格は、ギャラクシーの時代から常に唯一無二の特別な存在として尊ばれている。

 それは数万年分の世界史、何百何千という政府の法律と文化、古今東西で発生する事件や災害、そして基本的な科学教養の全てを修めその上で一騎当千の実力を兼ね備える傑物だけが進士及第、すなわちソルジャーテスト本選への挑戦資格を得る。

 最後の本選にて文明を存続させる運命力あるいは能力を示したものだけが、天の帝の騎士として世界を守る特命を任じられるのだ。

 何の因果か当代の帝も受けることになったのだが。

 ともあれ、スピカの存在感は若干薄いが、それでもその能力に曇りは無い。

 メヌエットも、メティスも憧れていたのだ。そして、今最も二人が頼りにしているのがスピカだった。


「メヌエットです。少しお時間よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ。お茶淹れるから、席に座って」


 スピカは10個ほど広げていたホロモニターを一度全て閉じ、二人分のお茶を淹れる。

 項垂れて座るメヌエットはどうにも憔悴しているようだ。


「どうぞ。外、今日は寒いからあったまるでしょ?」

「はい、ありがとうございます」


 ギアでグラフトボディを使用している間は体調が常に万全に保たれるようになっているがそれでもセントラルだと冬にしか降らない雪を見ていると指先がかじかむ様な気がしてくるのだ。

 そういった反応も抑えようと思えば抑えられる。実際にメティス率いる第二小隊のメンバー達は感覚の一部をシャットアウトしている。

 スピカとしてはせっかくの風景なのだから思わず反応してしまうことも楽しみにすることにしている。

 そういった余裕がメヌエットを憧れを通り過ぎて最早恨めしくもあった。


「どうしたの?なんでも話してみて」

「…あの…スピカ様は、リヴラ戦役の時が初陣なんですよね?」

「そうね」

「初めて人間と戦った時。どう、でしたか?」

「そうね。初めて戦った時は少し怖かったわ。けれど、すぐに慣れてしまったわ。あの時は、次から次へと敵が来るから、色々悩んでいる暇なんて無かったから」


 他人事のようにあっけらかんとそう話すスピカの目には揺らぎのない意思が宿っている。そこに、スピカの強さが宿っている。メヌエットはそう感じた。


「私も、すごく、怖かったんです。こっちは命の危険が無いのに、自分が引き金を引くたびに命が消えていくのが」

「そうね。恐ろしいことだわ。一方的な蹂躙だもの」

「もっと、命の危険を感じるかもしれないと、覚悟してました。でも、他人(ひと)の命を奪うのがこんなに辛いだなんて思いもしませんでした」


 顔を両手で覆い、涙を堪えるメヌエットの頭や背中をスピカは優しく撫でる。スピカは心の強度が尋常ではない程に強靭だ。どれだけ残酷な光景を見ても最早怒りさえ覚えないかもしれない。それは文明や人の愚かさへの諦観であると共に信念や決意への依存の代償でもある。


「そうね、誰もが生きたいと思うけれど、みんなが生きられるリソースは無い。だからこそ、貴重なリソースを奪い合う為に戦うの。でもね、みんなが生きられるリソースを提供出来れば、戦う必要はないの」

「食糧を、輸出するつもりなんですか?」

「きっと、ポラリスも天文台で待っている皆も、そう考えているわ。だからね、メヌエットさん。後、少しだけ、力を貸してくれる?」


 柔和で、可愛らしい、そして目を閉じても惹かれてしまう存在感を放つ、スピカの笑顔にメヌエットは寄りかかり、平静さを取り戻していく。

 平和に慣れ、戦場の熱に当てられて、そして残酷な最期を看取るのは心が保たない。

 平和を求めて戦うが、平和の心と戦場は相容れないものなのだ。

 だから、平和には過剰な力を持つ星の子は、徐々に数を減らしている。

 世界が平和に成る程、世界は危機に陥っていく。

 そうなる前に、決着をつけなくてはならない。



 一刻も早く、停戦させるために、スピカはクルーエルの総大将を探す。

 命を奪わぬ様に、必死に戦う少女達のために。そしてクルーエルの人々の為にも。

 しかしいくら探せども天幕の中には見つからない。万策尽きた証に、天幕の向こうの湖へと辿り着いた。

 だが、まさにそこに目当ての人物がいたのだ。初めから、天幕にはいなかった。平和に生まれ育ち、敗戦の苦しみを知らず、心の折れてしまった少女が。


「やっと見つけた」

「…終わりの時が来たのね」

「終わり?違うわ、私は始めたいの」

「始める?何を…今更何もできやしないもの。それに、私はもう何もできない」

「いいえ、まだできることはあるわ。そのために、まずはこの戦闘を終わらせないといけないの。手を貸してもらえるかしら」


 全てを諦め、厭世的になったカタリナにスピカは盲目的に信じた希望を語る。それはまるで宗教への勧誘のようで、カタリナはスピカへの不信感を強めていく。

 スピカは星の子の目でカタリナの心中を覗き見る。怯え、絶望し、諦め達観した少女の心は冷たく凍りついている。


「大丈夫、大丈夫」


 その心をほぐすように、やさしい声で語りかける。スピカがふと目を閉じ、再び開き、カタリナと目を合わせた時、カタリナはスピカの宝石のような瞳に視線が釘付けになってしまう。

 スピカはやさしく抱き寄せ、カタリナの背中をさすり、目を合わせたまままるで我が子をあやす母のように心を癒していく。後方では戦闘が行われていく中、カタリナは凍り付いた自分の心がほぐされていくように感じる。

 異常が重なり、感覚が麻痺していく。正気を失うように見えて、恐怖によって失いかけた正気を取り戻す。狂気の深淵に近づいていた彼女の心が優しく引き戻される。

 カタリナはこの時気付いてはいなかったが、周囲に控えておくべき侍従や護衛の部隊は傍にはいなかった。リゲルとメティスたちの手によって本陣の人員は即座に無力化され、押し寄せる兵士たちも届かないように留めている。

 スピカによって心は()()絆され、カタリナは正気へと堕ちていく。最早勝ちの目は無い。慈悲を乞うしかないのだ。


「もう、争うのはやめにしましょう?」

「もう、戦わなくていいの?」

「ええ。あなたがそう、認めればね」



 

「戦いばかりの世界でもああまで二人でメンタルに差が出るものかなあ」

「人格形成はやはり環境だけではなく遺伝が強く影響を与えるんですね」


 周囲を一度制圧したことでクルーエル軍の動きが一時停止し、周囲から様子をうかがっている。そんな戦闘の間隙にリゲルとメティスは雑談をしていた。ポラリス、スピカ、リゲル、アトリアの四人は常に情報を共有し、リゲルの判断でさらにメティスにも共有されていた。

 リゲルの知るスピカは、普段はにこやかで、心優しいが戦場では一転容赦なく、圧倒的な強さで殲滅していく二面性を持っている。リゲルが知っている限りずっと戦い続けているスピカもまた戦いから逃げられないプリンセスなのだ。

 平和を尊び、ポラリスと共に平和なところで過ごしている姿は可憐で、きっとカタリナ姫も同様なのだろう。しかし幾度もの敗北と失意を繰り返し、その度に心を鍛えられてきたスピカと話を聞くに挫折の無く心に弱さが残るカタリナでは残酷な光景にはとても耐えられない。

 だからこそ、万人の心を折るほどに圧倒し、一切の勝機を生み出せない策をポラリスを採用したのだ。

 その成果は、すぐに出た。


『作戦は終了です。即時停戦を』


 スピカのその報告を聞いてポラリスは即座にシキガミを退かせる。ヴァンガードの各員も停止し、異変を感じ取ったクルーエルの兵達も自ら様子を見て、そして戦意の無いヴァンガード達を見てそれぞれが判断を求めて指揮権を遡上していく。

 しかし、頂点まで辿り着く前に、二人が戦場の中心に現れた。

 スピカとカタリナが揃ってクルーエル軍の中心まで進む。二人が進む先に道を開けていく。

 クルーエル兵達はすぐに状況を察する。しかし大半は既に覚悟を決めていたこともありおとなしく武器を収めている姿が見える。

 リゲルは二人が供回りを許さぬ空気を発しているのを察して完全隠蔽を起動し隠れて備える。万が一の事態に対応する為、スピカをいつでも守れる位置取りをする。

 クルーエル兵達は次々に恭順の意を示し、やがて二人がポラリスの面前にたどり着いた時、カタリナは膝を屈し、頭を垂れてポラリスに恭順の意を示した。

 だが天を統べる帝は剣を振り上げ、無慈悲に一閃。

 沈黙が走る。

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