騎士の道
ポラリスがシキガミを呼び出し戦場を混乱に陥れた直後。スピカとリゲルはヴァンガードの残り半数を引き連れ、姿を現した。
「作戦は順調のようですね」
後方に隠れ、戦場が混沌としてからスピカのシドゥスで別動隊を瞬間移動させ、一気に本陣に乗り込んだ。フューズは人智を超越した現象を実現する。常軌を逸した作戦を可能とするのだ。
「そうね、じゃあ、第二段階は頼むわ。リゲル君」
「お任せください」
スピカはにこりと微笑みを浮かべてから完全隠蔽で姿を晦ます。雪煙に身を隠し、スピカの存在を知らせぬままリゲル達は進軍する。メティスを先頭にヴァンガード第二小隊員たちが飛翔する。暴徒鎮圧用スパークランスを装備し、威圧・警告用のオーロラマントを展開する。
それは破滅を知らせるかのような、壮観で、彼女たちを率いるリゲルもまた大仰な装備を展開する。これまでとは大きく違った、背にはリゲルが得意とする電磁力学系アーツを補佐する装備が追加されている。
「さあ、始めようか」
大剣を一度振り、煙を晴らす。下手に粉塵が舞っている状況で不注意に放電でもしようものなら粉塵爆発や勝手に放電し始めることもある。
ほとんどが範囲攻撃なので気にしたところであまり意味が無いが。
そんなリゲルはあどけなさを残した子供の顔に、大人の瞳の相貌で全てを見つめるがその体躯は子供のままだ。だが、その心は大人である。
星の子の成長は普通の人間のそれとは異なる。10歳頃まではさほど変わりは無いのだが、10歳を過ぎるころから徐々に成長のスピードが遅くなっていく。20歳を過ぎても成長し続けるが、その肉体が大人になることは無い。厳密には、成長スピードが低下し、無限に成長を続ける。そして子供の姿を保ったまま、老化することなく死ぬ。
かつてのギャラクシーでの研究では、仮説上ではあるが、全ての星の子は肉体的に、大人になる前に死亡する。しかし、肉体の成長そのものは、死ぬ直前はおろか、死にゆく最中でさえ成長し続ける。
それは、寿命を超えて生きれば大人になることもあり得るということでもある。
だがそれが仮説のままで終わっているということは記録には残らなかったのだ。僅かな希望を残した全ての星の子は、いくら大人に近似しようとも、子供のまま一生を終える。
全ての学位を修め、一騎当千の猛者であり、奇跡を起こす英雄であろうとも。
子供の姿のリゲルの正体を見破ることは困難を極める。
「この地獄絵図を描いたのは、君か」
一目で見抜いたのは決して子供の姿だからといって侮ることの無かった、一人の強者。
その顔には大小幾千もの戦傷の跡が残り、全身に刻まれた傷は彼がどれだけの激戦を繰り広げてきたのかを物語る。
治癒魔法が追いつかぬほどの魔境。彼もまた、地獄より出でし戦士なのだ。
「見てくれは幼いが、その腹は無邪気とは到底思えぬ」
「いい勘をしていますね、ご老人」
子供の体躯に、自分の背丈ほどの幅広の大剣。
大人の体躯に、細く鋭い剣。
対称的な二人がそれぞれの大義を胸に秘め、対峙する。
「あなたは名のある大物とお見受けする。私はリゲル。イ・ラプセルのソルジャー・リゲル」
「これはご丁寧な挨拶を。我が名はアストルフ。クルーエル魔国親衛騎士団指南役である」
アストルフは本陣不穏の報を受けて敵を一目見て、そしてリゲルを見た瞬間に察してしまった。もう逃げ場はないということを。
彼に出来ることは、せめて最後に騎士としての誉を守り、時間を稼ぐことでカタリナが立ち直るまでの猶予を創り出す事だけだった。
敗着後の一手ほど見苦しいものは無い。見苦しいことこの上ないが命尽きるまで忠義に生きるのが騎士というものだ。
リゲルも、彼には最大限敬意を払っている。払っているからこそ、正面から一人立つ。
『悪い、メティス。俺は手が離せなくなっちまったから、指揮はお前が取れ』
『お任せください』
「さて、これ以上の会話は冗長ですかな」
「そのようですな」
メティスの指揮でクルーエル遠征軍の本陣を蹂躙していく。雷撃は天幕を貫き、本陣へ戻る兵達も電撃で痺れまともに進めない。
僅か10人の少女たちが機械の翼を駆って空から襲う。その光景はまさに悪夢としか言いようがない。
アストルフを慮り、決着を早めるべく、リゲルは不必要な一手を打つ。
先手である。
「迅い」
アストルフは細剣でしっかりと大剣を受け止める。リゲルは雷の如き神速に剣速を乗せたベクトルを叩きつけるもアストルフの剣は万力で固定されたかのように動かない。
その握力、まさに怪物。流石はたたき上げの陸軍総司令。
だがリゲルの剣も速さ自慢なだけではない。アストルフは大剣を受け止めるために肩から指先まで微動だにさせず硬直させる。つまり剣を自由に振り回せるものではない。リゲルもまたそれ相応の衝撃を受けているはずだが、涼しい顔でくるりと剣を回し、刃から剣の腹で再び鍔迫り合いに興じる。
「先に謝っておくよ」
リゲルはそう一言を、にやりと性格の悪そうな笑顔と共に吐き出す。
直後、キンと何かが外れる、甲高い音が二人の間に響いた。
リゲルの大剣の柄が外れ、刀身は空中に静止している。アストルフは驚きのあまり目が見開く。これまでの威厳も吹き飛ぶような驚嘆ぶりにはリゲルも思わず吹き出す。二人の表情のだらしなさとは対照的に、二人の得物は容赦なく互いの命を狙う。
アストルフは案山子となった刀身から離れ、左から回り込んで無数の突きを繰り出す。リゲルは柄だけの剣から、エーテルの刀身を生やし、ステップを踏みながら外へ外へと尽きを逸らす。
そしてその数合の剣戟の間にアストルフの背後から大剣の刀身が飛来する。
音を聞いてアストルフは刀身を受け止めるも、リゲルに背を向け続けるわけには行かない。刃を先に通し、リゲルは背を切ろうとしたが刃と柄を合体させ、一歩引く。
「曲芸とは、これは物珍しい」
「立派な流派なんだけど」
一歩引いてから流れるように再び刀身を押し付ける。大剣の刀身に走る電撃が剣を伝ってアストルフの腕に流れ、足から大地に消えていく。
雷属性魔法に似た、痺れる様な感覚が走る。しかしその程度ではアストルフは崩れない。
「これは失礼。だが私にも刻まれた騎士としての誇りというものがある!」
老体に鞭を打ち、ぐんと一気に加速する。リゲルの視界から消え、あまりの速さにリゲルが思わず見失う。
だが見失った程度で崩れるリゲルではない。冷静に背中を守るべくバリアを広げ、剣と姿勢は右に、視線だけ一度左を見る。
見つからない。
「こっちか」
背後でバリアが斬りつけられた音を聞き、受け止めた手ごたえを感じる。斬られた方向へ剣、体勢、視線全てを向けるがそこには既にアストルフがいない。全て後手に回らされるほどのスピード。もう一度視界に認識するまで、アストルフは常にリゲルの死角だけを移動するつもりのようだ。
なら、多少のダメージを受けても一時離脱を優先するべきだ。
リゲルは両足にフューズとエーテルを集中させる。エーテルを電撃に変換し、さらに両足の脚力をフューズで強化する。
落雷の如き轟音と共に、リゲルが飛び上がる。
同時に、アストルフが繰り出した突きの一撃がバリアを貫き、まさに飛び上がるリゲルの左足を掠める。
「あっぶな。恐ろしい爺さんだ」
「おや、見つかってしまいましたな」
やりたい放題にされていたにも関わらず掠り傷一つで済ませたリゲルはもうアストルフを見逃さない。
隙を探してゆらりゆらりとリゲルに近づくアストルフは一切呼吸が乱れていない。髪も眉も白髪になろうともこの年になっても鍛え続けた強靭な肉体は若さも勢いも置き去りにする。
「ご老体に響くでしょう」
「意外とそうでもないようです。日々の精進のおかげですかな」
「寄る年波とか無いのか…」
時代の流れに反逆する騎士に、常識は通用しない。だからこそリゲルもまた常識の外に出る。
「ただ、スピード勝負なら望むところだ」
リゲルは天高く剣を掲げる。強烈な磁気圏を形成し、落雷を誘引する。空より落ちる、エネルギーの塊を一心に受け、全身を雷で覆う。
「雷霆を我が身に」
落雷のエネルギーをフューズを介して還元することでリゲルは莫大なエネルギーを我がものとする。
一度に還元するとリゲル自身が耐えきれずに自滅してしまう為、雷のまま周囲に纏うことで身を守る防壁としても利用するのだ。
「さあ、第二ラウンドと行こうぜ」
アストルフとリゲルの間には15mほど距離がある。しかし、二人共この程度の距離であれば一瞬で詰められるだろう。
二人は、互いに裏をかくタイミングを計り、一気に距離を詰める。しかし、奇しくもそのタイミングは同時だった。
だが、僅かにリゲルが一歩早かった。
「ッ…!」
剣を跳ね上げられ、アストルフには焦りが見られる。すぐに体勢を整えて今度は走りながら迎撃するも視界に映ったのは高速で飛来する刀身であり、柄とリゲルの姿は無かった。
「(どこだ!?)」
アストルフは大剣の中央の飾りに剣先を引っかけ、軌道を逸らす。突然視界が陰に入り、見上げれば背面飛びで自身の頭上を飛ぶリゲルの姿。リゲルは高速で空を駆け抜けながら体を捻り、回転で勢いをつけて雷の刀身を剣目掛けて叩きつける。
アストルフも老練な技術で巧みに剣を揺らして上手くいなすがリゲルは柄の先を突き出したままアストルフを追い続ける。
そこへ背後へ回った刀身が飛来、リゲルが手に持つ柄と合体し、空気中の経路を通って何本もの電撃が走る。アストルフを囲うように、逃げ道を塞ぐように。
「これで終わりだ」
二人が同時に突きを繰り出す。大剣と細剣の剣先が触れる瞬間、リゲルの姿が剣ごと消失する。
彼の体は雷の引いたレール上を電光の速さで走り、背後へ回る。そして完全に無防備となったアストルフの背中を袈裟切りに斬りつける。
前のめりに倒れる老人に容赦はない。正面に回って顎に膝蹴りを入れてそのまま足を延ばして追撃。代償の無茶な体勢を空中浮遊で移動することで踏み倒し、アストルフの上から最後の一撃を叩き込む。
アストルフの体が雪上に叩きつけられ、リゲルが纏っていた雷が全て解き放たれる。彼の体で止まっていた落雷が、大地目掛けて再開する。
雷光と、轟音と、雪煙がドミノのように決着を教える。
雪煙の中で、一礼した天上の都の騎士は、敗者への敬意を持って、戦場を後にする。
彼が彼自身の騎士の道を、突き進むために。




