ニヴァリスの道標
敵のいなくなったシェルターを、四人で手分けして調査した。
内部は街をそのまま押し込んだように改築されていたようで、5000年近く経っているのにもかかわらず、露店街や保管庫、居住スペース等、用途は一目でわかった。
その中でも、ポラリスは最奥に置かれていたシェルターの制御室を一人で調査していた。コンソールや端末類は基本的に動かない。おそらく内部構造が破損してしまったのだろう。5000年もの間無傷の機械等そうそう無いので想定の範囲内だ。むしろ動いていたら奇跡であり、そちらが調査対象になっていたところだ。
制御室は上層部の執務や会議にも使われていたようで、明らかに書類仕事用のデスクや会議テーブルが配置されていた。
作戦会議に使われていたのか、地図が埋め込まれたテーブルに、箱が置かれている。
どうやら中に入っているのはメディア・メモリーのようだ。
「…(記録媒体。地図の上にあるということは、どこかに行けとでも言うのか?)」
形式はギャラクシー時代の天文台で一般的に使われていた汎用メモリー。つまり技術を継承しているポラリス達のギアデバイスならばデータを閲覧することが出来る。
おそらくは、このメモリーを残したものはそれを望んでいたのだろう。
『居住区の調査は終わったけれど、そっちはどう?』
「こちらは収穫があった。メディア・メモリーが一つだ。どうもギャラクシーの形式のようだ。おそらく手元のギアデバイスで閲覧できるだろう」
『じゃあ一度外で集合して中身を確認しましょうか』
「そうだな」
メインモニターの前。何かに捧げられた、永遠に残り続けることを願われたのだろう。石のように凍り付いたニヴァリスの花に一瞥だけくれて、ポラリスは制御室を出た。
肩にまた一つ、荷が乗ったようだ。
「これだ」
ポラリス達はシェルターの外で、テントを設営し、雪風を逃れながら卓を囲んでいた。その中央に、メディア・メモリーが置かれている。
「どうやら中身は文字媒体のようね。数列じゃない。文章だわ」
ギアデバイスで解析したスピカがメモリーをデバイスに接続し、内部の情報を吸い出していく。
データ量はそこまで多くなかったようで、1秒足らずで終わった。
「開くわ」
スピカがそう言うと、いくつものホロモニターが展開された。日付、タイトル、記名者、本文。皆一様に同じフォーマットで書かれた、日記のようだ。
「日記かしら?」
「日記だな」
「日記…?」
「日記ですね」
日記であることはいい。記録を残す文化ぐらい古今東西どこでもある。ことに各地に天文台を設置して観測した情報を何千年分も保存しているギャラクシーの中心部たるオービタルからそこまで離れていないノーザンでも収集癖はさほど変わらないだろう。
しかしこの日記は意味ありげに地図の上に置かれていたものだ。只の日記で終わるとは思えないのだ。
「誰がこんなことをしたのかしら」
スピカがまず記名者に目を向けた。ポラリスとスピカとエルザは記名者が10人程いることは分かるがその名前の多くに見覚えは無い。
僅かな手掛かりは、参考資料を誰よりも読み込んでいたオリヴィアが一足早かった。
「この名前、叙事記に出てくる名前と同じです!つまり、この中に…あった、ありました!」
「キイ、リビジ、キリエ、元勲たちの名だな」
歴史的資料の発見に興奮するオリヴィアは次々にページを開いてホロモニターで空間を埋め尽くしていく。エルザは内容を確認していたが、オリヴィアから次々にデータが飛ばされてくるので辟易してデータを投げ出してしまった。
そんな二人とは対照的にポラリスとスピカは一つのデータを二人で穴が開くほど見つめていた。
「キリエ…キリエ・オルタナ」
「まさかとは思っていたけれど…本当に5000年前の出来事なのね。こんなこと…」
そんな二人のただならぬ状況にすこし落ち着きを取り戻したオリヴィアは訝しげに見つめるが、彼女もまた権力者の一族の一員。腹芸はお手の物だ。二人が何を見つけたのか、それは二人が話すべきだと考えた時に自ら話してくれることを待つべきだとわかっているからだ。
結局、二人はその場では何も話さずに四人で陣地に帰還した。
メモリーのデータを全てコピーしてから元の場所に戻し、出来る限り戦闘の跡を片付けてからシェルターを再び封印した。
情報交換の会議を行って、皆が寝静まった後。
「お待たせしました」
最後にやって来たアトリアで四人が揃った。
「時間は取り決めていない。問題はない」
雪雲の中、氷の舞台の上、上座に座るポラリスは静かにお茶を飲みながら優雅に待っていたようだ。
「まずは落ち着きなさい、お茶でも飲む?」
スピカは四人分のお茶を用意し、いつも通りの柔和な笑顔でアトリアを迎える。
「座る方が先だと思いますよ」
そして末席に座るリゲルがアトリアの座る席を指し示す。
「失礼します」
アトリアは勧められた通り、席に座り、お茶を口に含む。
即席の会議卓を囲み、イ・ラプセルの上役四人が顔を連ねる。
「では始めようか。スピカ」
「はい」
スピカが手元でギアデバイスを操作し、四人がそれぞれ自分の画面で見れるようにデータを転送する。
「これは本日までの調査で判明した、現時点での調査結果になります」
ポラリス達が自ら調査した情報、リゲルやアトリアがノーザンの公都で調べた情報や聞き出した情報、そして情報収集専門部隊シーカーが集めてきた情報の全てを集約し、統合、分析した結果だ。
シーカーの情報収集能力の前に、いかなる妨害も通用しない。しかし、戦闘能力こそはそこまで高くないので星幽が多い場所の調査をさせることは難しい。完全隠蔽は星幽には効き目が悪いのだ。
それでも、5000年も前の事を詳細に調査することが出来たのは彼らの情報収集能力と精査能力がそれだけ高いことを示している。
「だいたいは叙事記と同じですね。この叙事記を書いた人はよっぽど記録に残したかったんだな」
「やはり作者は初代公主の妹、リビジの可能性が高いのね。原典ほどキリエの扱いがキイよりも良いのはそういうことなのね」
しばらく調査から離れていたリゲルとアトリアは情報的に遅れていた分を即座に取り戻していく。
やはり伝記が史実であったことに多少なりとも興奮するのは考古学に造詣の証というべきか。あるいは、偉大なる先人への敬意か。
「ふふ、確かに興味深い情報は多いけれど。今はこっちを見て頂戴」
スピカが示した箇所に強制的に飛び、本日の議題を巻き起こした一枚の日記を表示させた。
それは、先程ポラリスとスピカが見つめていた日記だった。
「これはこれは」
「驚いたわ。運命的ね」
「記名者、キリエ・オルタナ。題名、ニルヴァーナの由来。内容は、ノーザンにやってきてから数日分の感想。そして、彼のかつての主、ニルヴァーナ・アクエスの名代としての代参について」
ニルヴァーナ・アクエス。イ・ラプセル天文台のソルジャーとして数多の天災を退け、そして消失点イ・ラプセルの責任者として尽力。しかし力及ばず、イ・ラプセル旧市街ごと封印し彼もまた消息を絶ったという伝説の英雄である。
この名は彼の母がノーザンネビュラ出身であり、氷像の騎士ニルヴァーナにあやかったものだ。
ギャラクシーにおいて天帝家に次ぐ権勢を誇った六聖家の壱、アクエス家の宗家の末弟として何不自由なく、そして自由に見聞を広げながら育ったことで為政者としても一市民としても理解できる見識を得て、老若男女問わず分け隔てなく手を差し伸べられる心優しい人柄であった。
ポラリスとスピカにとってはイ・ラプセル旧市街の解放を巡って亡霊騎士へと堕ちた直接剣を交わしたという事実と、偉業を成した英傑への羨望という二つの視点で印象深い人物である。
そんな彼のソルジャー時代には何人か名の残っている部下たちがいた。ソルジャーの特性上一応かかわりのある人物は全員残っているが彼に匹敵する英雄として語られている者も数人おり、キリエ・オルタナもそんなニルヴァーナの部下の一人だった。
キリエ・オルタナ本人も、ギャラクシー時代にイ・ラプセル天文台で最後に進士及第した元ソルジャーであった。
彼がノーザンネビュラにやってきたのは、慕っていた主君のルーツだという面が強いのだろう。
これまでポラリス達が追いかけてきたのはそんな彼が残した遺産ばかりだった。彼の建てた国、公都、彼の築いたコミュニティを形成していたシェルター、そしてその記録と祈りの祭壇。全てニヴァリスが道標となっていた。
しかし記録上彼の軌跡はここで途絶えている。此処から先は、キリエの物語には無かった話だ。
「既に皆も知っていると思うけど、キリエ・オルタナはシェルターの廃止と同時にノーザンを去った。同時に初代公主キイの謎も一つを残して判明したわ」
スピカの説明を遮るように、ポラリスは右手を挙げる。此処から先は自分で説明したいらしい。
「全ての謎は、おそらくある場所に全て眠っている。そこがこの巡礼の旅路の終着点となるだろう。故に、現有資源の全てを以て目指す」
スピカが正確な座標をイ・ラプセルの書式で表示する。
「目標は、ノーザン天文台だ」




