暗闇の進撃
最前線を一人で受け持つポラリス。彼の圧倒的な剣技と空間を揺らすようなサイキックはまさしく一騎当千。シェルターの内部を傷つけることなく丁寧に星幽を駆逐していく姿は圧巻の一言である。
そんな彼を援護するべくスピカは杖に融合素を収束させ、光弾をカーブさせながら放ち、美しい曲線を描きながら前方の星幽を光の中へ消滅させていく。ただお互いに攻撃範囲を制限するだけだが、シンプルに火力が高いために圧倒的な勢いで制圧していく。
両脇を守る二人もただ見ているだけではなく、オリヴィアは日々の鍛錬の賜物である正確な槍術で凌ぎ、エルザは覇槍で星幽を叩き潰しながら左手で持つ大楯でスピカもカバーする。
津波のように押し寄せる星幽は一体一体がそこまで強くない。地上の個体が氷炎によって強化されているのもあるがその分を差し引いてもなお弱いと断じることができる。
オリヴィアの強さは他の三人より大きく劣っている。普通の個体と1対1ならば絶対に勝てないほどに。
それでも凌げているのだから星幽はかなり弱体化していることになる。
普段から星幽と戦い慣れているポラリスとスピカは当然疑問に思う。
しかしその考察をしている余裕が無いほどに次から次へと星幽は押し寄せてくる。八割方ポラリスが単独で殲滅しているが、後方の三人は密集陣形を取っていることもあって非常に動きづらそうにしている。
その結果、ポラリスに次ぐ戦力であるスピカの持ち味である機動力が大きく削がれているのはこの苦戦の理由の一つでもあった。
ならば策は一つ。
「二人とも、入口まで下がりなさい。ここから先は、私たちだけでいいわ」
「いえ!私はまだ戦えます!」
スピカの指示にノータイムでオリヴィアは抵抗する。しかしエルザの行動も迅速果断だった。
「そんなこと誰も聞いてない」
すぐに察したエルザがスピカの背中側から右腕を回してオリヴィアを回収し、盾で正面を防ぎつつ退却する。
一人、敵陣真っ只中に取り残されたスピカをポラリスがカバーに入る。スピカもまた、その隙を逃さず星装を纏っていく。
無機質な手袋と短い袖、そしてインナーと肘あてで守られていた腕にはシースルーのフリルがついた薄い花の意匠の長手袋。プロテクターで守っていた胴体は大きく開かれ、胸の中央には大輪の花が咲き花弁が斜めの四方に広がり、背の翼と繋がる。パンツスタイルも溶けてスカート状に広がり、胸元の花と繋がりワンピースの様になる。
機械が星を掴むような長杖も三日月を模した宝石のついた華やかな長杖へと置き換えられる。
「準備は?」
「万端!」
横をすり抜けるポラリスと僅かな会話の後に二人は同時に飛び上がる。全身を濃密な融合素で覆い、二人がシンクロすることでさらにその領域は広がる。
壁や柱や地面や内部に残された機器類全てに負担をかけることなく二人は加速し破壊の渦を作り出す。
ポラリスが薙ぎ払うことで平面上の敵は一掃されていく。上下に避けた星幽をスピカが杖の先に集約したエネルギーを叩きつけて消し飛ばす。
ポラリスが正面を突けばスピカが長杖を回転させて守る。
スピカが光弾を放てば背後はポラリスは切り刻む。
二人は合図なしのコンビネーションで瞬く間に声優を殲滅しきってのけた。
静寂が戻り、全てを圧倒し続けた二人だけが暗闇の中に戻っていた。
「これで終わりかしら」
「この暗闇だ。視覚では確認できない」
二人の星装と瞳だけが輝きを放ち、その眩さにより一層暗闇は濃さを増す。沈黙は静寂を証明する。
敵がいない、と判断した二人は警戒レベルを一段階下げる。
「二人とも、まだ隠れていろよ」
オリヴィアエルザが盾の向こうでこくこくと頷いた。
流石に足手まといになることぐらいは自覚しているのでもう食い下がらない。
「スピカ、照らしてくれ」
「まかせて」
スピカが長杖を掲げる。杖の先から光球を次々放ち、光源にしていく。
そして広いシェルターの全てを照らしたとき、その中央にまだ敵が残っていた。
それは虹のように揺らぎ、漆黒のように吸い込む様に、球体の形状を維持していた。
「アストラル・ジェネレーターか」
シェルターは完全に密封されていた。つまり入ったはいいが出られなくなってしまったのだ。なんとも間抜けな有様である。
星幽を生み出す発生器。つまりシェルターの内部を夥しい数の星幽で埋め尽くしていた犯人は目の前に浮かぶ球体上の虚空だったのだ。
星幽と同様に明確な輪郭を持たないが、その座標に存在していることは明らかで、敵と認識するにはそれだけで十分だった。
「排除する」
「ええ、放置はできないわね」
二人が再び臨戦態勢になる。ポラリスが一歩前に出て、スピカが後方支援の構えを取る。
そんな二人の戦意を感じ取ったかジェネレーターも鼓動するかのように蠕動を始める。再び星幽を発生させようとしているのだろう。
そうはさせまいとポラリスは強く踏み込み、一直線に飛び上がって剣を突き立てる。
アストラル・ジェネレーターも自らを守るためにバリアを展開し、ポラリスを空中で押しとどめる。
「チッ!」
「バリアは私が割るわ!」
スピカは杖を一回し、杖の先端からいくつもの光弾を放つ。ポラリスに当たらないように外側に放ってから放物線を描いてバリアに直撃、炸裂する。
空気にさざ波一つ立たせずに静かに炸裂したその光がバリアを粉々に粉砕する。バリアの障壁が破られると同時にポラリスが止められていたベクトルの突撃を再開させる。
蒼穹の聖剣を突き刺し、空中でステップを踏んでくるりと一回転。その回転の勢いのまま剣を引き抜き、左から横一文字斬り。剣を背中まで回し、勢いのまま袈裟斬りに斬り抜ける。
ポラリスが離脱してから、刻まれた剣閃から融合素が解き放たれて炸裂する。
アストラル・ジェネレーターの内部から解き放たれた破壊的なエネルギーが放出され、光に包まれる。
さらにスピカのレーザーが何本も突き刺さり、瞬時に温められた空気が急激に膨張して爆発する。確かな手ごたえはあったが、スピカはこれで終わりではないことを確信していた。
「まだ、足掻くのね」
爆発の中から伸びる一筋の影。一直線にスピカを狙うも杖で受け止められる。
まるで夜の闇のような装い。右手で剣を握る姿は剣士であることを示している。
だがそれは、輪郭が曖昧だった。
「亡霊騎士…」
強力な星幽は明確な形状を持ち、輪郭も実体に近づく。その騎士はほとんど実物に近似し、遠目にはただ黒い騎士にしか見えないだろう。
だが兜の下に、顔は無い。剣と腕と鎧に接着面はない。
星の亡霊が、まるで生前の誇りの姿を現すように、騎士を模した姿をする星幽は特に有名であるため、亡霊騎士と呼称されているのだ。
「動くなよ!」
ポラリスが背後から横一文字に薙ぎ払う。亡霊騎士の胴体にクリーンヒットし、上半身と下半身に2分する。しかしその切断面はすぐに繋がり、元通りに再生する。
星幽は内包するエネルギーを全て消費しつくすまで再生し続ける。強力な個体とは、内包するエネルギーが膨大な個体と同義であり、亡霊騎士も例外ではない。
ダメージを与え続けなくては、倒せない。
まずはスピカから亡霊騎士を引き剥がすために剣を振った時の半回転から一周して回し蹴りにつなげて踵を亡霊騎士の頭に当てる。空中でフューズによって一気に加速した蹴りの衝撃で亡霊騎士が横に吹き飛び、ポラリスはスピカを抱えて距離を取る。
「援護を」
「任せて」
その会話だけで連携を決め、ポラリスは亡霊騎士に張り付き、剣戟を交わしていく。剣の速度とパワーではポラリスが勝っているが、亡霊騎士は老練な太刀筋で的確にいなし、ポラリスを押していく。
スピカも二人の剣戟を黙って見ているだけではない。
杖の先端。三日月を模した宝珠に融合素を収束させ、接近戦に加わる。ポラリスが常に亡霊の剣を自由に動かせないように制限させ続け、動きが止まった瞬間にスピカが強烈な一撃を背後から与える。
機動力だけを見ればポラリスよりもスピカの方が上のようで、どれだけ亡霊が暴れまわろうとも、例えポラリスが一歩で遅れようともスピカが的確に隙を突く。
亡霊がスピカの方に意識を向ければ、爆発的な加速と破壊的な一撃をポラリスが見舞う。
そしてポラリスは三度、スピカは四度亡霊を捉えた。だが足して七度の攻撃を亡霊は堪える。
「-------!」
音のない叫びを聞いてポラリスとスピカは即座に一歩退く。二人の危惧の通り、亡霊騎士はジェネレーターを失ってもなお余りある力を引き出して飛び回る。
暗闇の中でも五感に頼らない亡霊騎士はトップスピードで飛び回る。彼に守るべきものは無いのも大きい。二人を倒すために障害となるものを全て破壊して駆け回る。
「これ以上破壊させるわけにはいかないわ」
「分かっている!」
ポラリスも亡霊騎士を追って飛び上がる。ポラリスは自身が光源となっている為周囲を照らしてはいるが暗闇はより濃く、深く見えてしまう。
それでも余りあるフューズを全身に纏い、全身で空中での自在の機動と反発力を強化して壁やシェルターの構造を支える柱を回避する制動力を強化する。
「手を貸すわ」
スピカが杖を手放し、左手をポラリスに向ける。彼女の腕の周囲にフューズが星晶を形成し、星座を模り術式を形成していく。
術式が完成すると主に眩い光を放ち、ポラリスが一段と加速する。
強化を得て機動力で勝るポラリスが一気に距離を詰め、空中での剣戟に移行する。
剣を力任せに叩きつけ、体勢を崩したところにスピカの援護の光弾が襲い掛かり、足で空中制動を行っている亡霊騎士の咄嗟の回避先である頭上をポラリスが抑える。
無理に光弾を回避したことで態勢を崩したところをポラリスが追撃する。胴を一文字に叩き斬り、柱に着地して亡霊騎士の様子を観察する。
空中で上半身と下半身に別れた亡霊騎士は床へと落下し、何とか再生を試みるも剣が代わりに消滅した。ポラリスとスピカの猛攻によって蓄積したダメージを回復させるだけのリソースが残っていなかったのだ。
「終わりね」
スピカが杖を掲げ、宝珠にフューズを収束させていく。先程までよりもさらに力を集めたことで不安定になるも制御の術式を並行して組み上げることで安定させる。
「星へ還りなさい」
宝珠から放たれた光球が僅かに曲がった曲線を描いて亡霊へと飛んでいく。音もなく、そして吸い込まれていった。
ジェネレーターの最期の出力エネルギーを余すことなく其の身に溜め込んだ体はポラリスとスピカの連撃にも耐えていたが、スピカの渾身の一擲には敵わず、体内から発生した光の柱に呑まれてその姿も命脈も絶えた。




