道が分かれていく夜
エルノド・ノヴォの市街地の入り口にあるカフェのテラス席でアルトは目の前の少女に対して10通りの謝罪を考えそのすべてを棄却しては過去の自分を悔いることをずっと繰り返していた。
「他の謝罪は思いついた?」
「いえまったく!」
つーんと顔を逸らすヘレナは口ではそういいつつも目の前に座る少年の責任は無く、ただ行き場のない怒りを彼にぶつけているだけだということは誰よりも自分が理解していた。
「はぁ、もういいわよ」
隣のテーブルで向かい合うカップルは実に睦まじい様子であり、心の奥でその二人のようになりたいという願望があることをヘレナは気づいていた。ならばどうするべきかは自分だけが分かっている。
「あなたの責任じゃないんでしょ?」
「あくまで職務上拒否権がないんだ…」
目の前で見るからに落ち込むアルトが少しづつ不憫に見えてきてヘレナは少し罰が悪くなってしまった。
ここは危険に自ら飛び込む冒険者たちの街。安全を求めるなら他の街に移り住むだけの話だ。人の出入りは激しい街なので街を出ていく人は良く見かける。学校でも学年が上がるほど少しづつ人が減っていくのを見ながらそれでも残り続けた二人はもう危険と隣り合わせの暮らしをする覚悟が出来ていた。
「ちゃんと今度埋め合わせしてね」
「許してくれるのか…?」
「そもそもあなたに怒ってないもの」
ようやくアルトの顔に綻びが生まれて笑顔になる。どうしても怒りをどこかにぶつけたくてしょうがない自分に辟易しながらヘレナは空を見上げる。いつもと同じ空、いつもと同じ陽光、いつもと同じ風。遥か彼方の向こう側まで続く空をまた二人で見上げることを夢に見ながらその日を待つと心に決めた。
その淡い夢はその日のうちに粉々に砕け散ることとなった。
「…じゃあ行ってくる」
「ちゃんと帰ってきてね」
「ああ、行ってきます」
緊急招集のかかったアルトを見送りヘレナは自分の部屋に戻り、そして自分のベッドに沈み込む。二人の両親は皆冒険者であり、そしてそれぞれの理由でいなかった。だからこそ家が隣り合う二人は普段の食事などをともにとり、孤独にならぬように暮らしていた。
しかしアルトは防警局の局員になり、ヘレナもまた手に職をつけ自立の道を進んでいた。またいつか団欒の日々が帰ってくることを切に願っていた。
異変に気付いたのは横になってしばらくした後だった。少しの熱っぽさを感じたときには既に変化が起きていた。骨の内側から
痛みを感じて目を見開くとまず視点の高さが違った。普段なら視界に枕がかかるのに今は頭が枕からはみ出していた。ベッドは人二人で寝るのに十分なスペースがあったはずなのに今はその余裕がないどころか自分一人の半分も収まっていない。掌の感覚も足の感覚も全く異質なものへと変わり、そしてさらに尾としか思えぬような感覚が増えている。
完全に目が覚めた時、その驚愕と悲壮の絶叫は羽毛纏う飛竜の咆哮として轟き、
辺りを吹き飛ばしてその巨躯を夜の暗闇の下に晒しだしていた。