失意の叙事記 その2
クレーターの縁に着地したキイとキリエは思わず顔を見合わせた。
クレーターを形成したのは、石のようになった人と形容すべき物体だったからだ。
「キリエ、あれが何か分かるかい?」
「全く見当もつかない。とりあえずは調べてみるしかない」
キリエは一見無鉄砲にも見えるぐらい気軽に危うきに自ら近付いていく。その姿に君子の器は欠片も感じられない。
しかし物怖じしない性格が無ければ時間を浪費するだけだとキリエは希望的観測をかなぐり捨てて進む。
「おい!待てって」
キイはざわめく心を押し殺してキリエを追いかける。
二人がクレーターの中心、半ば地面にめり込んでいた物体を目にした。
それはまるで石化した人間の、左半身だけが露出したかのような光景があった。
「なんだ…これは…?」
その光景にキイの思考は停止する。
だがキリエは慣れた手つきで石に少し触れてから掘り起こし始めた。
「キリエ?何をしているんだ?」
「ん?俺たちはこいつを調べに来たんだろ?」
あまりの衝撃によって平静を保てないキイに何を当たり前のことを聞いているんだとばかりに呆れた顔をする。
艶やかな黒髪が風に揺られ、顔にかかるも人ひとり掘り起こす重労働しているにも関わらず汗一つかいていないキリエは仮面を被ったまま自分の職務に邁進する。
念動力で優しく掘り起こされた石像は静かに大地に横たわるように置いて、ようやく全貌が明らかになった。
「これは…人…?」
「人のように見えるな。だが少々不可解だ」
「何がだ?」
珍しく冷や汗をかくキリエを訝しみ、キイは思わず問う。
「コイツ、矢鱈熱い…」
「まさかそれって…」
しかし彼はキリエもまた現実逃避をしているだけなのだと気が付いた。これまで相手にしてきた機甲兵団とはわけが違う来訪者に、浮かれていたのかもしれない。
刹那、熱さと死の恐怖から全身から汗が吹き出し、キリエとともにお互い無言で後ろに飛んで退避する。キリエの展開したバリアの内側に入り、キイが氷で補強する。だがバリアを透過する強烈な熱波が二人を炙り、スキンバリアさえ焦げていく。
「何なんだこれは!?」
「俺も知らん!?聞いたことも無い!これならニルヴァーナも連れてくるんだったな!」
「融けるだけだよ!こんな熱波じゃあ!」
膨大な熱量をただ放出するだけで死の熱風となる、石像は静かに浮かび上がり、ひび割れていく。
それは大地を焼く地上の太陽の如し。人の子二人ではとても耐えられそうにない。だが彼らが守らねばノーザンが滅びるだけだ。
そんな二人の覚悟はいざ知らず、石の蓑を破り捨てて奴は二人を見た。
「ああ、これは不味いかもしれないな」
自らの熱放射を煩わしいと感じたか、その手で軽々と払うと吹き戻しの冷風が熱に焼かれた三者を程よく冷やす。
その須臾の時間が、二人の思考を平静へと引き戻した。
「火炎の…化身のようだ…!」
キイはノーザンの自然信仰の心を持っており、目の前の来訪者にも尊さを見出そうとしていた。しかしそれは命を賭しても叶わぬかもしれないという這いよる様な死の恐怖からの逃避行動でもあった。
そんな恐れ敬いとは裏腹に、来訪者は頭を抱えて苦しみだす。
「頭を抱えているのか…?」
いくらか状況を正視しているキリエもまた僅かな勝機と見て臨戦態勢を取る。
そして視線が外れた一瞬で距離を詰め。双閃が空に軌跡を描く。
「キリエ!何をしてる!」
キイもキリエを追いかけ来訪者の元へと飛んでいくが来訪者は刃を腕で受け止め。そして再び放熱して二人を引き剥がした。
熱波に灼かれるも戦闘態勢を取りそれぞれ対策をしていた二人は無傷で凌ぐ。
しかし、いつまでもその熱量を抑え続けるのは無理だと判断した。
二人の思考はここまでは一致していた。
だがキリエは短期決戦であれば勝機はあると考えた。キイは争わずに済む方法を模索する余裕はまだあると考えた。
お互いがそう考えるのは分かっていた。
「待つんだ、キリエ」
「止めるな、キイ」
キイはすぐにキリエを抑えこみに入り、キリエはそれを振り払おうとする。だが今回はキイが勝った。
彼が触れたキリエの左肩を中心に凍り付いていき、身動きが取れなくなってきた。
「…わかった。君の策に乗ろう。だが被害が広がるようならその時は力を貸せよ」
「分かってる。決断はちゃんとする」
キリエはまだ凍り付いていない右腕を下ろし、切っ先を土につける。
キイもまた氷を融かし、キリエを解放する。二人に上下関係は無い。ただ、運命が引き合わせただけの友人だ。だがノーザンを想う気持ちは天地の差がある。
自らの人生を投げうつキイとただの通過点にしか過ぎないキリエ。ミクロな視点とマクロな視点、いつだって二人は意思が合わない。残酷だが、二人の望むものは分かり合えたその時、二人の友情が破綻する程に二人はお互いを知らない。
「ごめん。でも、俺。ちゃんと話したいから!」
「なら、そうすればいい。だが、俺にもしなければいけないことがある」
キリエは静かに剣を手放した。彼の騎士としての矜持を今だけは歪めたのだ。
キイは地上の太陽に向き合う。彼は氷の鎧を纏い、吹雪を起こし、姿を隠す。陽光が再び彼を照らした時、彼のギアデバイスをはじめ、持ち得る全ての力を太陽に手を伸ばすために結集する。
「さあ、行くぜっ!」
キイが太陽に向かって飛び上がる。運命に抗って、人の身のまま太陽に近づいていく。
太陽は人の手が届く事を許さず、破壊の腕を振るって拒絶するも打ち立てられた壁を殴り捨ててキイは飛ぶ。
「待ってくれ!話をしよう!」
相手は神なのか、人ではないのか、話は通らない。
それでもキイは諦めない。
「まったく、馬鹿ばっかりするんだから、二人共」
リビジは一人でキイとキリエの分も働きながら悪態をつく。度々二人が仕事を放り出して調査と称して遊びに行くのは今回に限った話ではない。
「ねぇ、もう少し真面目に働いてくれてもいいと思わない?ニルヴァーナ」
氷像の騎士は、物は言わぬが静かに二人が飛んでいった方向へ首を向けていた。




