人材マニア
そこでフリートは上映を一時停止した。そしてまた気色の悪い笑顔でこちらに問いかけてくるのだ。
「どうだったかい?」
「節操無いな。契約を満了した直後に勧誘とは」
「彼、人材マニアだからね。優秀な人材を見つけるとスカウトせずにはいられないんだ」
見たところ非常に部下には恵まれているように見える。それにこの時代ならば人材の育成制度もかなり整っているはずだ。
それなのにわざわざ途上国の人材をスカウトする必要があるのだろうか?
「『途上国のエリート』。恵まれた教育を受けずとも、優秀な才覚を発揮する者たちを彼らはこう呼ぶ」
途上国、ね。上から目線だね。
「文官ならば確かにそこらの農民に教育を施しても問題はない。しかしね、彼らが欲しているのは教育で身につく能力じゃない。純粋に生まれ持ってでしか手に入らない才能と運命を求めているんだよ」
「運命?そんなもの、選択肢を間違えなかった幸運な奴の戯言だろう?」
「うーん。実はそうでもないのさ。この世には、選択肢なんてなくても正解を引き寄せる、そんな運命が存在するのさ。そして彼はそんな数多の運命を求めて人材を求めているのさ」
運命ね。努力を否定されているようで気に食わないな。
全力で、命懸けで進んで、それが運命で決まってただなんて許せない。
「全ては決まっていることさ。君が、選ぶことも、努力して変えようとすることも。でもそれは世界の中ではちっぽけなんだよ」
フリートは再び映像を再生させる。
「世界を変えたければ、それだけの権能が必要になる」
場面はポラリスとエルザが無事に合流した所だ。
留守を預かっていたリゲルとアトリアから報告を聞き、それからイ・ラプセルへの通信を試みた。
パスは繋がっている。だが非常に時間が掛かる。取り敢えず繋がっているうちに送れる情報を全て送信して、送った情報をどう扱うかは向こうに任せてしまうことにする。
今重要なのは通信を維持することではない。維持できないのであれば、それはそれで自分達だけで結論を出してしまうだけだ。
何よ最終決定権のあるポラリスがこの場にいる。結局はポラリスが決断するのだから、ポラリスが気にする必要などないのだ。
「(さて、次はどうするべきか)」
ポラリスは水と燃料を惜しげもなくつぎ込んだ湯舟に浸かる。そこまでこわばっているわけではない筋肉をしっかりと弛緩させて体を休ませる。
特に疲れるようなことはしていないが最高戦力である以上常に全開戦闘を行えるよう体調を万全に整えているのだ。
「(頼りになるのは叙事記だけか。信憑性は…疑わしいが書き換えられた形跡はほとんどない。技術発展が全く行われていないから価値観もほとんど当時から変化していないのだろう。これは幸いというべきか、政治の敗北か。いや、自衛が出来ているなら勝利か)」
ポラリスは取り留めもない事を考えながらしっかりと水分を飛ばして着替える。体を温めて風邪を引いたのでは話にならない。
ギアデバイスで出力しても良かったのだが、スピカがわざわざ着替えを用意してくれていたのでその厚意を受けることにする。
イ・ラプセルの伝統的な仕立て方で仕立てられた紫衣を身に纏い、そのままだと寒いのでギアデバイスでスキンバリアを展開して暖を取る。
「ポラリス様ー!ポラリス様ー?」
どうやらメティスが外から呼んでいるらしい。テントの防音性能はかなり高いはずだがポラリスの耳には防音を貫通してそのまま届く。
「防音性能は要改善だな」
わざわざギアで通信せず直接呼んでいるのだから何か喫緊の用でもあるのかと考えてすぐにテントの外に出る。
再び銀世界に足を下ろす。ポラリスの両足は雪に沈み込むことなく僅かなさくりという音と共に微かな足跡だけを残す。
「俺はここだ。メティス、何事だ?」
「いた!ポラリス様!みんなを集めてください!」
「そう焦るな。まずは要件を言え」
雪に足を取られ、肩で息をしながらメティスはポラリスを見上げ、そしてホロモニターを映し出す。
そこに映っているのはとあるグラフ。ポラリスはそのグラフを見ても眉一つ動かさないがメティスはグラフの下のレポートの最後に添えられた一言を心の底から恐れるように目を離せずにいた。
そのレポートは彼女が急いで書き上げた物だろう。虚数レーダーの観測記録の私見がつづられている。誤字脱字が目立つ。
高速でレポートを読み進めていたポラリスもまた最後の一言をつぶやく。
「消失点反応…」




