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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
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弔いの炎

 役目を終えたエルザの隣から乾いた拍手が聞こえる。それは気高き竜への配慮と、愚かな悪竜への皮肉と、幾重もの死線へ自らの身を投じた竜滅の執行者への賞賛の為に、見届け人から送られたものだった。


「ご苦労だったな」

「いいえ。まだ、弔わなければ」


 エルザは戦いを終えた印として兜を脱ぎ、灰色の髪をほどくために頭を振ってから竜の死体を正視する。


「手伝おう。俺の父もドラグーンだったのでな」

「そうか。そのような(えにし)があったのか」


 ポラリスはフューズを発光させて光り輝く花畑を現出させる。戦場跡を覆うように、幻のフロリアの花畑を大地に描く。

 セントラルでかつて起こった戦乱の、一番の激戦地が後に花畑へと自然に回帰した故事に由来する伝統だ。

 例え罪深く許されない者であっても、如何なる命も平等に。マホロバの諺に「一寸の虫にも五分の魂」というものがある。どれだけ矮小な存在でも、軽んじてはならないという意味であり、それは他者を寄せ付けない無比の強者であるポラリスにとって戒めにもなる。

 故に丁寧に、送り火による火葬の準備を淡々と進めていく。


「じゃあ、始めましょうか」


 花と共に送る支度を整えた二人は火をつけようとしたとき、予想だにしなかったことが起きた。

 空からゆったりと下りてくる青いの種火。ユラユラと雪に紛れてドラゴンへと一直線に落ちてくる。

 まずポラリスがその種火に気付き、エルザはそのポラリスの突然の反応を見て気付いた。


凍炎(ブレイザード)…?」


 ポラリスは最大限警戒して再び蒼穹の聖剣を出力。儀礼服から戦闘用装備に瞬時に換装して種火の落着に備え、エルザも兜の面を下げて大盾を構える。

 種火がドラゴンの死骸に触れた瞬間、火柱と共にドラゴンは激しく燃え上がった。

 ポラリスはエルザの前に出てバリアを張り、炎から身を守る。


「なんてことなの…!」


 エルザは驚きの余り、素の声を出してしまう。

 ドラゴンは全身を鱗皮で覆われており、本来燃焼に対して非常に強い。それゆえに耐火性に優れる素材として高価で取引されるほどだが、凍炎はそんなことはお構いなしに燃焼していく。


「これでは不味いな」


 ポラリスはバリアの中で剣を振り、斬撃を拡張してまで炎の手が比較的弱い腕から一際大きな鱗を切り取り、フューズで手元に引き寄せる。バリアで凍炎をかき消し、表面についている焦げ目や煤を手で払う。

 

「サンプルは取れた、ここは一旦引こう」

「そうね…」


 エルザは逡巡するが名残惜しさを振り切ってドラゴンから離れる。ポラリスもバリアでエルザを守りつつ共に距離を取る。

 二人は火の粉も届かぬ距離を取って遠目に凍炎による火葬を見届けた。

 温かみの無い焔が燃え尽きた後、そこには最早毛一つドラゴンの形跡を残っていなかった。

 ポラリスの手元に残った一枚の鱗だけが、竜災の脅威が払われた証拠品となった。



 二人が燃えた後をせめてこれだけはとばかりに整え、何も刻まれていない小さな石碑を立ててその場を離れた。

 陽も姿こそ見えないが傾いて暮れてきたので手ごろな洞窟を見つけ、ひとまず夜を明かすことにした。


「やはりあのドラゴンはこの特異点には関係がなさそうだったな」

「そう言ってるじゃない。時系列的におかしくなるって」


 二人は火を囲み、ポラリスが用意した夕食を共に食べていた。ポラリスは普段身の回りの世話をスピカに行ってもらっているが特に彼が出来ないことは無い。この様に自分しか出来る者がいないときには自分で全て行っているのだ。


「全ての可能性を追うのは当然のことだ。それにどちらにせよ討滅するのだから選択肢が一つ消えただけでも十分に良いおまけだと言えるだろう」


 命一つ刈り取って、ポラリスは冷酷にそう断じた。


「竜が特異点になったら、あんなものでは済まないわ。少なくとも、ダヴーも私も太刀打ちできなかったでしょうね。ただでさえ、ダヴー将軍が痛み分けに持ち込まなければ、私とて敗れていた可能性は高かった」

「謙遜か?」

「主観的な分析よ」

「そうか。ならもう一つ、わかったことがある」


 ポラリスは目の前でぱちぱちと音を立てる、赤い焚火を見つめる。


「凍炎にはノーザンを守護するという意思がある。これまでノーザンの人々を一切襲っていないのは不可解であったし、君達が来てから活発になったのも気になっていた。いや、予想はしていたが確信を持てなかったんだ」

「守る…ね。確かに竜を焼き尽くしたのも納得が行くわね」

「そうだ。やはり誰かが見ているのだ、あの炎の向こう側からな」


 エルザは食べ終えた食器をポラリスに返し、寝袋に入っていく。


「ごちそうさま」

「もう寝るのか」

「私の役目は終わったもの」

「これからどうするのだ?」

「そうね、クルーエルに戻ってもしょうがないし、次の指示が来るまでは旅にでも出ようかしら」

「なら、俺達と共に来ないか?」

「え?」


 エルザはくるりと寝返りをうって片付けをするポラリスの方を向いた。


「君は強く、聡く、優秀だ。何処へも行く宛が無いのであれば、衣食住を保証する俺の下に来ないか?」

「美味しいご飯が食べ放題?」

「勿論だとも。世界中との交易で得た美食を心ゆくまで堪能できる」

「だが私は竜滅師(ドラグーン)だ。任務がある」

「その支援もしよう。セントラルは古来から竜の生息域だからな」


 ポラリスの提案は魅力的だ。エルザが求める条件以上に恵まれている環境だ。

 だが彼女もまた人の愚かさを見て来た大人だ。簡単に食いつくわけにはいかなかった。


「考えておく。だから、取り敢えず明日からは、貴方に付いていく。この特異点が、解決するまでは」

「そうか、なら明日からよろしく頼むぞ」


 ポラリスは珍しく笑みを浮かべてエルザの方を向くと、もう既にエルザの意識は夢の中だった。

 仕方がないので、そのまま不寝番を務めた。

 不寝番の交代は無かった。


 


「通信遅延が10分を超えました。これ以上は常時通信の維持が困難です」


 イオが悲痛な心情を押し殺して淡々と報告する。

 イ・ラプセル天文台観測室ではポラリス達を観測しながら各種支援を続けていたがそれも少しづつ打ち切らざるをえなくなっていた。

 ノーザンネビュラは現在少しづつ特異点が拡大を続け、崩壊点へと変異しつつあることで空間が孤立化しつつあるのだ。そのため物資を転送するために必要なエネルギーも莫大になり、通信を維持するのもままならなくなっている。


「どれだけ遅延しても経路(パス)は維持しなさい。音声通信を交換式に切り替えて観測通信は常時通信を維持しなさい」


 観測室長のトレミーの指示で一斉にオペレーター達がコンソールを操作する。

 彼らの内半数は真紅の制服に身を包んでいる。

 その制服は天帝親衛隊の証。彼らは主君専属のオペレーターなのだ。故に決してその御姿を見逃さぬよう必死に通信手段を模索する。

 既に光通信と電波は完全に途絶。量子回線も長くは保たず、フューズ回線と魔法回線が残された数少ない通信手段になる。

 しかしそれもいつまでも途切れない保証はない。

 イ・ラプセルの最大派閥として専横を振るっている親衛隊は天帝を失うことで自らの立場も危ぶむがそれ以上にようやく収束した内戦に巻き戻ることや永きに渡って尊ばれてきた帝位を末代とする失態を犯さぬよう尽力していた。

 そんな自分勝手な姿を見て親衛隊の長は呆れて溜息をついていた。


「全く。天下に真紅ありと称えられた親衛隊がここまで落ちぶれるとは…」

「代替わりしてからいい話などちっとも聞かんからな」


 自らの責任を棚に上げるアクルクスをによによした顔でつつくクルーシェは、自らも先代として人材を使い潰した愚を棚に上げて笑う。

 今のイ・ラプセルは何処も慢性的な人材不足だ。偉大なる天帝陛下に親征を繰り返してもらわねばならぬほど戦力が不足してしまっている。

 自ら参戦する事を国是としながら戦力不足とは矛盾ここに極まれりであると敵対派閥からも度々突き上げれている。

 それを受け止める執政官のアクルクスの胃痛の種は今まさに目の前で増えていた。


「頼むから何事もなく帰ってきてくよ…俺はもう限界だ…!」

 

 結局アクルクスもまた、自分の為に天帝の無事を願うのだった。

 真に民草に近くて遠い帝である。

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