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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
42/130

追跡

 スピカの治療によってダヴーの傷は目に見えるものは全て回復していた。しかし体力を戻すことは必要が無かったため行わなかった。回復アーツによって回復すること自体は可能だが人間が本来持つ自然治癒に任せる以上に安定することは無い。

 ヴルトがここまで働き詰めだったダヴーに丁度いい(いとま)を与える口実になったと前向きにとらえている。

 ポラリスはヴルトとの方針会議を終えた後、昼食をスピカやダヴー達と共に取った後設営の進む避難キャンプを見ていた。

 陣地防衛を終えたヴァンガード第二小隊を呼び寄せ、テント等を設営し、復旧作業の拠点とするために設営を急がせていたのだ。

 そしてポラリス環境集積情報(ジオメトログラフ)を見ながら待ち人を待っていた。


「待たせた」

「構わない」


 彼の背後に立っていたのは竜によって鍛えられた鋼の鎧を纏う戦乙女、エルザ。

 ドラゴンの痕跡から逃走方向を推定し、ポラリスの配下のシーカーがその方角を調べることでドラゴンの逃走先を推定しようとしていたが、エルザから東微北の方角であると情報を共有されたときに、予想外の突破口があった。

 スピカと共にいたダヴーから、その方角にはかつて農地だった広大な平野が広がっており、集落も無ければ雪風を凌ぐことも出来ない。それが出来るのは平野の終わりの先にあるノーザンの屋根とも評される天連山脈しか無いとノーザンの地理を一通り頭に叩き込んでいるダヴーが断言した。

 竜種の好む起伏の激しい峡谷でもあり、洞窟や洞門の数々でも休むことのできる場所が多い天連山脈はポラリスやエルザのような専門家も完全に同意できるほど竜に似合う地形だった。

 近づけばポラリスの生体集積情報(バイオメトログラフ)センサーで探索することが出来るので、ひとまずポラリスとエルザの二人で向かうことに決めたのだ。

 まずエルザが一人でも行くと立候補したが、直線距離で約660km離れている為遭難する可能性が高く、高速飛行が可能で単独行動も可能なポラリスがエルザに同行することに決めた。

 もちろん部下からの反対の声もあったが権限を以て封殺した。独裁権の濫用と認識されかねない暴挙でもある。

 そしてポラリスがヴルトと会議している間にエルザは戦いの支度をしていたのだった。


「全力で飛べば今日中に遭遇、交戦することになる。覚悟が出来ていないならゆっくり飛んで夜を明かしてからでもいいぞ」

「その必要はない。一刻も早く、処断する」


 兜の下からぐぐもった声でエルザははっきりと宣言した。

 竜を襲う人は竜が倒す。人を襲う竜は人が倒す。その盟約の執行者として派遣されたときからエルザはいつでも良かったのだ。出来ることなら、被害が拡大する前に解決したかった。彼女はそう考えていた。

 

「じゃあ、全速力で飛ぶぞ。スピカ、後は任せた」

「はい、お任せください」


 見送るためにずっと背後で待機していたスピカが恭しく礼をする。

 必ず戻ってくると信じているその笑顔に一切の曇りはない。

 ポラリスはその笑顔を見ることも無く自分の支度を進めていく。

 機械の羽が広がり、自身の周囲の空間そのものを飛行の為に洗練された形態へと切り替わっていく。装備も空気抵抗を抑えるためにバリアを展開し、半透明のエンジンがエーテルで出力されていく。

 超高速巡航飛行装備を装着したポラリスは不敵にアルカイックスマイルを浮かべる。


「おとなしくしていてくれよ」


 ポラリスにおぶさる様にエルザは掴まり、離陸態勢を取る。ウイングが展開され、エンジンが始動する。

 大出力エンジンが音もなく


「行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 音も衝撃も、何もかも置き去りにして出発したポラリスは一瞬で視界の中の点になる。雪を巻き上げ、一瞬の突風が後から吹くが、そのころにはもうポラリスの姿は認識できなくなっていた。

 ポラリスは高度を保ったままさらに加速して一直線に飛行する。

 周囲の豊富なエーテルを機械の翼が吸引し、エンジンで推進力に変換して加速する。正面から衝突することになる空気はバリアごと前から後ろに入れ替え続けることで空気のトンネルを作り、空気抵抗を限界まで低減させる。

 科学を神秘で乗り越えて、再現性の無い利器を実現させる。エルザが振り下ろされないようにしながらポラリスの速度はさらに加速し、音を超え、何十もの空気の壁を突破して飛んでいく。



 二人が目的地である天連山脈に到着したのは僅か30分後だった。

 ひとまず巡航装備を解除、破棄するために目についた開けた場所に着陸する。急制動をかけて雪に沈み込み、毎度の如く大量に雪を巻き上げて停止した。

 そしてゆっくりとエルザを下ろした後、外側のパーツから外していき、やがて全てのパーツが輪郭を失うように消えていく。


「その装備捨てていいのか?」

「問題ない。そもそも使う時だけ顕現させているだけに過ぎないからな」


 装備の耐用時間問題はどんな道具にでも付き纏う難問であり、特に負担のかかり続けることを前提に運用される高速移動用装備は何よりもまず壊れないことが念頭に置かれる。

 しかし星の子たちは身の回りの道具を空に術式を組み上げ、その場で作り上げることが出来るため一度使う時だけ耐えられればそれで良いのだ。そして常に現場で材料を調達するということは持ち帰らなければいけない理由もない。

 故に彼の装備は全て現場で出力し、状況終了後に全て破棄できるように作られている。そして「ギアデバイス」もまた星の子の特有の技能を模倣し、メモリーに保存された設計図通りに出力する機能が備わっている。

 ポラリスの装備はギアデバイスの機能によってエーテルへと還元して廃棄されていく。


「なんか勿体ない様な気がするんだ」

「そうか?自然へと還るだけだ。気にするな」


 ポラリスは改めて動きやすい探索用装備に換装する。蒼穹の聖剣(セレスタ・カリヨン)をいつでも抜けるように鞘に収めて腰に吊る。

 臨戦態勢にあるということは彼がそれだけ警戒しているという証明でもある。

 そして大量の情報収集用ドローンを展開して目的のドラゴンを探す。一機だけでも地方都市一つ程度十分にカバーすることが出来、険しい地形故に動植物が極端に少ない山岳地帯では効果はさらに高まる。

 

「さあ、俺達も行くぞ」

「偵察機械に任せて待つのではないのか?」

「ここは山脈の端だ。確実にこの奥にいるのだから少しづつ進んだ方が効率的だろう」

「それもそうね」


 ポラリスは僅かに浮遊して雪に沈まないように進む。エルザも鎧の重量をものともせずに普通の大地と変わらない速さで歩き始める。

 二人共雪上の行軍に慣れているということもあり自動車と同じぐらいのスピードで稜線を駆け抜けていく。

 ドローンが僅かに生息するリスやネズミなどの小動物やシカやウシなどの大型動物を観測していく。

 雪にも負けない樹木や地表に生えるコケ類を主食とする草食動物たちは極限の環境でもたくましく生き抜いているのだ。

 豊かな地力によって栄養豊富な食糧が存在することによって少ない食事で長時間行動できるよう進化し、適応しているのだ。

 実にたくましいとポラリスは感嘆する。

 彼はこれまでに様々な災害を体験してきた。多くの命を一度に叩き潰す極限の状況でも、何とか生き残った者たちがいた。それは、人も、獣も変わらないのだ。


「慣れているんだな」


 感嘆するようにそう囁いたのはエルザだった。

 彼女もまたポラリスの手際の良さに感嘆していたのだ。

 

「ずっと俺達は戦ってきたんだ。何万年も昔からな。だからありとあらゆる想定をしているし、対応するマニュアルも更新し続けている」


 ポラリスは毅然として答える。それは彼のアイデンティティであり、決意だったからだ。


「まあ人手ばかりはいくらあっても足りないがな」


 だが付け足すようにそう自嘲した。それは言外に何かの意図を込めたかのように、彼は口調を変えていた。

 

 

 ポラリスの放ったドローン達がドラゴンのねぐらを見つけ出すのにはそこまで時間がかからなかった。

 ドラゴンの習性や生態の情報は人間に相当するほど収集されており、優秀なドローン達は降雪に負けること無く飛翔し、そしてダヴーから受け取った地形データから推定される候補地をしらみつぶしに捜索することで迅速に所在を断定することができたのだ。


「ドラゴンを発見した。生体集積情報(バイオメトログラフ)を解析中だがどうもかなりの重傷を負っているようだな。ダヴー将軍の戦果だな」


 ポラリスは一直線に目的地に向かう為、峡谷の上をエルザを抱えて飛行して乗り越える。先程のような速度は出ないが安定して飛行し、尾根さえ乗り越えていく。


「一気に方を付ける」

「手を貸そうか?」

「必要ない。一人でいい」


 エルザは自身が主体となって討伐することを主張するがポラリスの干渉を完全には否定しなかった。

 竜滅の為に派遣された身としては単独で竜滅を成すのが必定、初めから支援をアテにしていては話にならないということはポラリスも理解していた。

 故にポラリスは原則として消極的な後方支援に徹することを決めた。


「そうか、ならばまずは見届けることにするとしよう」


 ポラリスは戦闘のためにリソースを温存する必要は無いと判断して現場へ向けてさらに加速した。

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