凍り付いた集落
ポラリスは地表スレスレを地面効果を利用して飛行する。スピカとエルザの二人もポラリスにしがみつき、共に飛んでいく。
ノーザンの地形は南東を中心に南部と東部に広がる山地、北方に連なる山脈、そして唯一の港湾のある西部の低地地帯を除き、平坦な高原が広がっている。
ネビュラ領域の広さとしてはセントラル、ホウライに次ぐ三番目の大きさだが一つの陸地としては記録上世界最大である。イ・ラプセルが多数の浮遊島と山岳地帯ばかりである上あまりに過酷すぎる環境故利用できる土地があまり多くなく、ホウライも水害に悩まされる苦難の地であることから利用できる土地が非常に広大であるノーザンが食料生産量も食料輸出量もトップクラスになるのは想像に難くない。
だがこの世界では面積の広さよりも地力の高さが重要視される。
ノーザンは年間食料輸出量で銀河の三大地獄と呼ばれたイ・ラプセルとアヴァロンにたったの一度も勝てなかったのがそれを証明している。
つまり、ノーザンはとにかくただ広く、そして何もない。それゆえに飛行を妨げるものもない。今や農地さえ無いのだ。尚更衝撃波等を気にする必要もない。
さらに高度が低くとも遠くから集落の被害は視認することもできた。
「竜の姿は確認できないが集落の被害が甚大だ。人的被害が発生している可能性がある。スピカは到着次第救助及び治療を、エルザは好きに行動していいが俺の目の届くところから離れるな」
「了解しました」
「…承知」
ポラリスは衝撃波で集落を損壊しないようかなり早めに地面効果飛行を止めて念力移動に切り替える。
集落の住居は十数世帯分ほど、しかしどれも氷の柱が呑み込んでおり、途中で折れているものや砕けた物も見られることから何者かが抵抗したことが伺える。
村の中心に降り立って、スピカとエルザを解放するとすぐにエルザはどこかへ走り出していった。
「俺の目の届くところ…」
しょうがないと割り切って彼女に取りつけた発信機の反応をレーダーで確認しつつ周囲の状況を確認する。
建物の建材は辺境の田舎にも関わらず非常に高度な技術力を要するエーテル鋼材が使われていた。そのためか建物そのものの損壊は非常に少ない。おそらく集落が氷漬けになった後に戦闘が発生したらしい。
広場に面した建物の入り口はほとんどが氷に塞がれていて入れない。
一番立派な建物に目をつけて調査を始める。だがその建物の扉もまた氷の内側にあった。
「…これなら問題はないな」
だがポラリスが触れると同時に氷は音もなく霧となって崩れていく。崩壊は伝播して支えを失って落下する上部もまた連鎖するように霧散する。
フューズを氷に侵食させて結合を崩壊させたのだ。フューズからエネルギーを得て水蒸気となったのだ。
自由になった扉を自ら開ける。どうやら読み通り村役場だったようだ。受付とその向こうのデスク、そして上長の席が見える。
「誰かいないか?」
ポラリスは安心感を与えるように穏やかな声で呼びかける。ギアデバイスのレーダーはまだまだ精度が悪く、自身の感知能力でもなぜか感知出来なかった為ポラリスは原則に立ち返って声かけから始めていく。
わざと音を出して歩き、フューズを発光させて周囲を照らす。
「ヴルト殿下の命で救援に来た、誰かいないか?」
ヴルトの名前を出し、受付の向こう側へひとっ飛びしてみるがやはり誰もいないようだ。
だがポラリスは安心していた。
「スピカ、そちらはどうだ?」
『こちらは無事ヴルト殿下と近衛兵団と合流し、村民の治療を行っているわ。点呼や連絡は殿下が既に行っているそうよ』
陣地に連絡をしてきたのは近衛兵で、住民の避難誘導に当たっていると報告を受けていた。そのためそちらにスピカを合流させて情報を共有することは陣地を立つ際に決めていたのだ。
「そうか」
『それと、ダヴー将軍がドラゴンと単独で交戦、消息が未だにつかないそうよ』
「了解した。こちらで捜索する」
一時的に通話を終了してポラリスは役場の外に出る。集落を一望できる広場を一周しつつ周囲の情報を収集していく。記録は全てギアデバイスを介してスピカやリゲル達にも共有される。同時に内蔵された量子コンピューターが環境情報を解析していく。
そしてデータの分析結果もまた常に反映されていく。
「ポラリス~」
データを見ながら捜索していた時、気安く呼ばれた。彼の立場からすれば気安く呼ばれることはそう多くない。例えば立場や権威に囚われない全く別の文明に生きているエルザのような人物でしかありえない。
そして彼女が今用事もなく呼ぶような人物ではないことは既にプロファイリングアプリが結論を下している。完全AI制御システムは既にほぼ十全に使用することが出来ているのだ。
「何があった」
裏路地のような道に入り、呼び声の出所に向かうと、そこには激戦を思わせる血潮の走った氷の破片や瓦礫の山に背をもたれてダヴーが倒れていた。
右手で何とか槍を立てているが左腕は盾にしたのか鮮血で真紅に染まり、両足も激闘に耐えかねたか赤く腫れあがり、そして全身に打撲、凍傷、そして裂傷が全身各所に刻まれていた。
だが意識も息もある。
「その…声は、ポラリス様…ですな」
「無事…ではないな、治療しよう」
「傷薬ならあるけれど、使う?」
「ああ、使う。だが少し待て」
ポラリスは懐から取り出した小瓶の中に入っていた液体をダヴーに無理やり飲ませていく。
「飲め」
液体の正体はエリクサー。世界に知られている回復薬の中でも最高峰の効能を誇る錬金術の産物である。
ポラリスが所持しているのは科学的に再現したものだが、効能に差はない。
治療薬で体力できても傷を塞いだりはできないので、そちらは傷薬で塞ぎ、ヒーリングアーツで治療する。
ポラリスはエーテル操作全般が苦手なので、ヒーリングアーツの精度もかなり大雑把にはなってしまうが後ほどスピカに診てもらうつもりなのでこの際は命を繋げられる分だけは確実に回復させる。
「よし、口は動くか?」
「はい、助かりました」
「体を動かせるぐらいは回復させた。とりあえず、ここを離れるぞ、安全を保障できない」
ポラリスはダヴーの体を念動力で持ち上げる。
そしてスピカやヴルト達と合流する旨をスピカに通知する。先に知らせておき、ダヴーの治療を速やかに進めるためだ。
「私は残っていい?」
「…通信機は手放すなよ。情報収集はこちらでも行う。情報は共有するからな」
「はーい」
エルザは首輪代わりに取り付けられた通信機をこれ見よがしに揺らしながら答えた。
実際のところ通信機を持ち歩かせている理由は情報の共有ではなく座標をポラリス達に送信して正確な所在を把握する為であり、そのことを悟らせないためにわざと本来の使い方を強調した。
そもそも調査、情報収集を本分とする専門部隊、観測者が既に行動を始めている。彼らはドラグーンの知識も持っている為おそらくエルザが持ち得る特有の追跡術よりも高い精度で対象を捕捉することが出来るだろう。
ポラリスがこの場に連れてきたのは彼女に調査を手伝わせる為ではなかったのだ。
「では、後ほど」
ポラリスはふわりと体を空へと浮かびあげる。そしてダヴーも共に連れて行く。
氷の柱の間を抜けて空を翔ける。
ダヴーをスピカに託し、ポラリスはヴルトと共にシーカーの報告を確認していた。
「集落を襲撃したのは二対四足一対二翼の一般的な竜種。氷柱を形成したのは体内で魔力から生成されたか冷却水を吐息として吐き出したものであり、残留物としてはほぼほぼ高純度の氷塊である為融解が容易。ゲヘナから飛来した竜である可能性が高く、討伐を推奨。所在地は現在調査中だ」
「なるほど、つまり村の氷は融かしてしまえばただの水になるということですね」
「その通りだ」
ホロモニターを浮かべて視覚的に共有する。中央には今ポラリスが読み上げた断定事項が、周囲には浮かんで消える推定事項が表示されている。
「街中で氷を融かすと畑が水没してしまうので出来る限り氷塊を切り出して処分したいところですね」
「畑?」
「ええ。村の周囲に広がっていますよ。雪の下に。かつては穀物生産が主でしたが今は万年雪に覆われていますから、根菜の栽培をしているんです」
外交ルートで協力態勢を確立できたため市民習俗の調査が後回しになっていたためポラリスは把握していなかった。
シーカーも慢性的な人員不足であり、拡充を急がなくてはならないなとポラリスの思考が逸れていく。
「ともあれ集落の修復には私の配下の部隊に行わせます。出来ればドラゴンの討伐はあなた方にお任せしたい。ソルジャーの戦闘力、シーカーの情報収集能力を頼らせて欲しいのです。」
「いいでしょう。ダヴー将軍の奮戦のおかげでかなり弱っているはず。居場所が判明次第、即座に私が討伐に向かう。その間、私の部下を現場の判断で動かしても構いません」
ポラリスとヴルトは握手で方針を決定する。
最初こそ緊張感のある関係だったが現在では特に隔たり無く互いに信用して協力関係を築くことが出来ている。
そもそも元々中央政府と地方自治体の関係であり、互いに違う道を進まざるをえなかっただけで元々の関係性そのものはそこまで悪くはなかった。そしてそれぞれの立場を尊重してかつての関係に固執していないことが功を奏した形になる。
お互いに経済的にも文化的にも安定しており、社会全体に余裕が大きいことが最大の要因である。




