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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
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衝突

 捕虜収容陣地の防衛に集結したのはリゲル、アトリアのソルジャー二人にヴァンガード二個小隊、そして捕虜の保護及びオリヴィアの警護のために残されていたノーザン兵達。

 ノーザン兵の半数は捕虜の統制のために残し、残る全戦力を大きく広げて防衛線を構築する。

 捕虜の内傭兵部隊には自衛のために戦わせるという選択肢が取れなくもないがノーザン側を慮ってリゲルは全員に武装をさせなかった。


「最前線には俺とアトリアの二人で出る。次にヴァンガード、一定間隔を置いて各自防衛。持ち場は絶対に離れるな。ノーザン兵はその後ろだ、撃ち漏らしを撃滅せよ。必ず数の有利を取って当たること。目標、敵性存在の排除及び陣地の防衛!一歩も退くなよ!」


 拡声器と通話で全員に聞こえるように檄を飛ばしたリゲルは自ら一番槍として敵の最前線へと雷撃のように走る。

 大剣を横薙ぎに一閃。雷の刀身が攻撃範囲を拡張させた一撃で敵対者の先鋒を一撃で壊滅させる。

 凍炎達が上下に引き裂かれ、皆一様に右にずれてからその姿が崩れ落ちていく。

 ノーザンの豊かな地力は豊作を約束する代わりに僅かな澱みでも魔物がわんさかと湧いてくる。そして凍炎はそんな魔物に憑依する。

 そして魔物とは全く別の意思を持つのだ。

 そして凍炎が憑依するのは魔物だけには限らない。


「こいつは手間取りそうだ」


 取り巻きをけしかけた戦場を悠々と我が物顔で闊歩する姿は明確な輪郭を持たない。だが揺らめく影の光はまさしく四足歩行の肉食獣を模っていた。


(ベート)タイプの星幽(アストラル)、こんなものまで好き放題に操るなんてね」


 リゲルの傍に音もなく降り立っていたアトリアは火焔の剣を構え、参戦の意思を表明していた。

 アトリアの装備はリゲルと似通った軽装甲に真紅のエナジーマントがはためいている騎士装で、半透明の剣と合わせて科学と神秘の折衷となっている。

 

「僕一人でも勝てそうだぞ」

「流石に負けるとは思ってないわよ。でも今は時間をかけている場合ではないでしょ?」

「…そうだな」


 天文台のソルジャーになるためには凄まじい難易度の試験を突破する必要がある。かつて最盛期のギャラクシーでは数十億人が受験して合格者僅か一人という天文学的倍率をたたき出したことすらある。

 現在では需要に合わせて限界ギリギリまで合格点が引き下げているとはいえ万夫不当の実力は保障されている。

 そして君子としてもその手腕は何一つ疑う理由がないほどに文武両道の完璧超人揃いである。

 だが人間としての深み、精神性においては僅かに欠けることもある。


「自己犠牲は要らないのよ」


 同期とはいえ年が一つ上のアトリアはリゲルよりも合理性を重視する性格で、ソルジャーとしても彼女が正しい。

 リゲルとしてはまず様子見をという慎重な方針のつもりだったが、二人が現場の最高戦力である以上二人がかりで敵わなければ撤退する他ない。

 そしてリゲル自身も指揮を取らねばならない立場なので時間をかけてはいけないのだ。

 戦力を分散投入するメリットが事実上無いのである。


「わかっている」


 だがそれでも彼が一人で対処しようとした理由、それは彼だけが見ていた景色にあった。


『捕虜の集結、点呼完了。通信兵と近衛兵だけ残して戦線に合流します』

「了解。中央に入り、都度小隊長判断で遊撃せよ」


 クルーエル兵はかなり聞き分けがよく、統制もされている。

 ノーザン兵の多くを防衛に参加させることでより戦線の隙を減らすことができる。

 これは捕虜の管理を任され、ノーザン兵の精強さと優秀な判断力を目の当たりにしたリゲルの判断である。

 戦線に余裕があるのなら、機動力と破壊力を両立するアトリアを遊撃に回すのも有効な手だ。

 それ故に与えた自由を、彼女はあくまで効率のために行使する。


「尚更速攻を仕掛けるわ。援護なさい」

「ご自由に」


 アトリアはリゲルの回答を待ってから突撃する。狼の星幽たる凍炎が前足の爪で迎え撃つもアトリアは全て剣でいなす。

 リゲルがその後ろで柄と刀身を分離、柄を杖に見立てて周囲に雷球を数個浮かべ、アトリアと獣を囲むように放ち、着弾した箇所から雪煙が上がる。

 巻き上がった雪を煙幕に、アトリアは空を蹴って飛び上がり、背後に回り込む。

 獣はその組成こそ真っ当な生物のものでは無いが、モデルに習って嗅覚でアトリアを認識、追尾する。


「犬らしいこともするのね」


 アトリアは雪の下に生えていた苔を土ごと巻き上げ、そして燃やしつつ獣の鼻先を掠めるように飛ばす。

 性能の高くないらしい嗅覚ではアトリアが纏う焔と土と苔を燃やす炎の区別が出来ないようでついそちらを追いかけてしまった。

 そして背後から的確にアトリアはエーテルを火属性に転化させ、アーツを放つ。


「フレイムバスター!」


 獣の隙へ叩き込まれた剣は火柱を上げるほどの熱量を有していたが、獣はもんどり打って転がるだけで致命傷にはならなかったようで晴れる雪と入れ違いに立ち上がる。


「あら、火力が足りなかったかしら」

「頭が入ってない分丈夫なんだろうさ」


 リゲルは次は自分の番だとばかりに雷光を纏ってアトリアの前に出る。

 身長は155cmで成長が止まりつつあり、体格もさほど恵まれているわけではないリゲルが同年代はおろか世界でも有数の強者たる理由は伝来の武具でも特殊能力でもなく、結末まで描き切る脚本力にある。

 

「どれだけしぶといか、まずはそこから見極めよう」


 凍炎(ブレイザード)に侵されたとはいえ星幽(アストラル)としての性質は失われない。

 すなわちその正体はどこまでいっても小さな核とその周囲にまとわりつく流体のエネルギーが瞬時に硬質化することで接触する存在で、そして一定のダメージを与えるとエネルギーが維持できなくなりその存在を保てなくなるというのは既に凍炎も星幽も幾らか討伐せしめたリゲルや、アトリアにも既に理解しきっていたことだった。

 つまり今するべきことは核を破壊して一撃で決めるか、ダメージを与えて実体を保てなくさせるかのどちらかであり、アトリアは前者を、リゲルは後者で討伐しようとしていた。

 アトリアはすぐにでも倒し、不安の解消及び他への救援を急ぐつもりであったが、リゲルは主君の采配と配置を全うするための最善の策を考えていた。


雷霆を我が身にナイトメア・サンダーボルト


 空へと掲げた剣に落雷が落ちる。雷が持つ破格のエネルギーをその身に宿し、リゲルは雷光の如く軌跡と、遅れてくる轟音と共に、そして膨大なエネルギーを加速度に乗せて星幽へと叩き込む。

 一撃では終わらずに折り返して二撃目、そして三撃目と連続で叩き込んでいく。

 星幽は鋭く強靭な爪と雪で沈まないための幅広の足の掌で叩き落とそうと振り回すがリゲルをまったく捉えることが出来ずに空振り続ける。

 リゲルは上手く回避しつつさらに連撃を加えていく。

 星幽はただ削られていくことに焦ったか全身からエネルギーを全方位に放出してリゲルを大きく吹き飛ばす。


「おっと」


 リゲルは正面にバリアを張って空中で受け止める。だがベクトルが少し危ないと見たかアトリアが焔のマントをはためかせ、空を翔けてリゲルを回収し、着地して固定バリアを展開する。

 常にカバーに入れるように待機してたため飛ぶ前にバリアをいつでも展開できるようにしていたのだ。


「助かるよ」

「お互い様よ。それよりもあれを見て」


 バリアを展開するために突き立てた剣から手を離し、指さした先にはエネルギーを直接放出したことで一回り体躯が小さくなった星幽が凍炎をはためかせながら二人を悠然と見ている。


「小さくなったな」

「動き自体は普通の星幽と変わらなくても、燃費はすこぶる悪いようね。これなら自滅させた方が早いのかしら」

「いや、これから崩壊点に近づけばいくらでも戦うことになる。周りの防衛線を見ろ、戦力の消耗はない。今余裕があるうちにこいつらの情報を集めたい」


 アトリアは自分の視野の戦況データで自陣と敵勢反応を見比べる。捕虜がおとなしくしているおかげで暇ができたのかオリヴィアも指揮に加わり、ヴァンガードを突破する僅かな凍炎も即座に殲滅されている。

 目の前の大物さえ逃さなければ十分防衛しきれるだろうと二人が認識を共有する。


「わかったわ。なら次はどうする?交互に前に出る?」

「うーん、問題なのは目の前の凍炎(コイツ)の動きは素体そのものだということだ」


 リゲルの警戒は、星幽の行動が答え合わせとなる。

 星幽が四足でしっかりと大地を踏みしめ、地脈を刺激して(ひず)みを引き出す。

 雪の中からボコボコと小さな狼たちが立ち上がって来た。


「予想通り、取り巻きを呼んで数で押しに来るようだ」

「ならあなたが取り巻き、私が本体でいいわね?私ちまちま倒すの嫌いなの」


 リゲルは自身の方が範囲攻撃に長けているという適性と、わざわざ我儘に突っかかるほど悠長にしたくないという感情を決め手に同意する。


「援護は最低限だけになるから」

「巻き込まなければそれでいいわ」


 二人はタイミングを合わせてその場に雪煙を巻き上げた。

 まず正面から現れたのはアトリアでもリゲルでもなくリゲルが持っていた大剣の刃身部分だけ。長方形の刃が回転しながら正面からまっすぐに飛んでいく。

 流石にこれだけでは右足で軽く弾き飛ばされていくがそれが陽動なのは誰の目にも明らかだ。


「本命はこっち」


 いつの間に右側から近づいていたアトリアが力任せに剣を振り上げる。巻き上がる火炎旋風とともに星幽の巨体が宙に浮く。そして追いかけるようにアトリアもまた火の粉を撒き散らしながら飛び上がる。

 取り巻きの子狼たちもそのあとを追いかけようとするも彼らの正面に現れたリゲルがそれを許さない。


「君たちの相手は俺だよ」


 柄だけになったがリゲルの雷撃はさらに勢いを増していく。弾き飛んでいった刃の代わりに紫電の鞭が不用心にも跳ねてしまった子狼たちを呑み込んでいく。そして一通り麻痺させた後、鞭の先端は刃の付け根を掴んで引き寄せる。

 そして再び大剣が揃い、再びリゲルは大剣に雷を走らせる。そして一刀で全てを雪に沈める。


「やっぱりあの凍炎(ブレイザード)はとんでもないエネルギーを保有していたようだ」


 リゲルが斬った子狼は皆その場で呼び出されたもので、凍炎は憑りついていなかった。

 一つ疑問が解消してリゲルは僅かに微笑する。

 彼の背後、アトリアもまた決着をつけていた。

 取り巻きと分断した直後、星幽は空中で既に態勢を立て直し、着地と同時に走り出した。これまでは巨躯が災いして鈍い動きしか出来なかったがダメージを受けて小さくなった体ではかなり身軽に動けるようになっていた。

 アトリアもまた高速で飛び跳ね駆ける星幽を追いかけ爪や牙と剣で張り合う。四足で走る星幽に滑走して追いつき、さらに力勝負でも勝っていく。

 正面から戦えば例え厄災の獣と言えどアトリアが勝利する。

 それは例え土着の呪いに侵されていようと、エネルギーを消費して体が萎み、より加速していようと、彼女はそれでも獣の前に立つ。


「大分小さくなったわね」


 20合ほど刃を合わせる頃には元の半分ほどの大きさにまで萎んでいた。

 アトリアはそんな星幽の前に立って剣を構える。

 

「今なら倒せる」


 逃げなくてはならないと獣は悟る。しかし体は動かない。アトリアが合わせた視線から目を離せない。

 アトリアの焔の源泉は彼女自身が生み出す星の力『フューズ』。星の子だけが視認することのできる莫大なエネルギーを保有する物質。

 星の子はフューズを介して物理的にも、知覚的にも自身が優越する万物に干渉できる。

 星幽をフューズで力づくで抑え込み、動きを止めたうえで自身はフューズから際限なくエネルギーを引き出し、炎属性へと転換していく。

 剣を掲げ、破壊の力を凝縮していく。雪の降りしきる曇り空の下、万年雪を照らす地上の太陽の如く煌めいて火炎が迸る。

 一匹の獣を葬るために、過剰な火炎を振り下ろす。


極致燃焼(アルティマストラ)

 

 雪原に叩きつけられた炎はその余りあるエネルギーを正面へと散らし、星幽がその一片も残さず消滅する。アトリアは最期を見届けることなくそのまま陽炎と雪煙の向こうへ姿を消していった。

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