悲劇の始まり
やはり全ての始まりはマギウスクラスタ実験の成功と失敗から始まった。マギウスクラスタは半分成功して半分失敗した。エネルギー供給機関としては成功したものの安全性やコストパフォーマンスは完全に失敗した。エネルギーの供給は既存の供給機関を完全に代替してあまりある程の供給量を誇り、暗闇を照らす明かりや工場の動力として都市の為に活躍しているがその実起動実験以来一度も停止していなかった。それどころか一度も外部からの操作を受け付けていなかった。操作することが出来なくなり、生み出される巨大なエネルギーを貯めこませることもできずに放出させることしかできないのが現状である。そしてその責任を取って何名かの責任者のクビが飛んだ。
悲劇はそこで終わってはいなかった。マギウスクラスタは徐々に周囲の生物に影響を及ぼしていた。それが確認されてなお都市に混乱は広がっていなかった。軍事政権なのが功を奏した。情報統制が完璧に近い形で敷かれていた為問題が露見せずに済んだ。そもそもの話マギウスクラスタの実験自体が秘匿されたものだった。
だが今は参加者の管理はおろか捕捉すらされていなかった。そちらに向けられる人員が不足するほどマギウスクラスタによる影響が酷かった。
普通に考えれば市街地に人の脅威足りうる怪物が現れるというだけでも混乱を招くはずだがそれはこの都市の特異性によって日常が続いていた。都市の西部に広がる自然あるままの姿。それは未だ人類の手中に収まっていないことを示していた。
エルノド・ノヴォは冒険者たちが作り上げた街。すなわち不可分類生物群、”モンスター”が街に襲来したと発表し、しかるべき部隊を投入すればその場は沈静化できる。そして被害者は死亡した、もしくは重症を負って治療を受けているということにすればしばらくは混乱は起こらない。
すべてはまだ暗闇の中に治まっていた。
ポラリスとスピカは忸怩たる思いを胸に秘めながら全ての情報をそれぞれの端末にコピーして筐体を停止させた。軍事技術の発達している為不用意に無線通信はしないようにしているのだ。そして部屋を元通りに戻してから部屋を出る。その後、もう一度エントランスの受付で面会のアポイントメントを確認してもらい、連絡をしたうえで最上階の社長室に向かう。
「どうぞ」
呼び鈴を鳴らし、反応をしっかりと確認してから二人は社長室に入る。
「初めてお目にかかります」
恭しく礼をする社長を制するようにポラリスは静かに社長の隣に並ぶ。
「いい、下手に知っていれば当局に捕捉されたときにあなたが困ることになる。それに私には今手札の持ち合わせがないのだ。言いたいことは今まで通り”イ・ラプセル”へ通してくれ」
社長は眉一つ動かすことなく今度は無言で頷くようにして反応する。ポラリスはスピカに目配せだけで合図するとスピカは無言でデータメモリーを取り出して社長に手渡す。
「それが『対価』だ。好きに使ってくれ」
「…!ありがとうございます」
「これで我々の用は終わりだ。忙しいところ時間を取らせて済まなかった」
自分の言いたいことだけを好き放題言い、ポラリスはスピカを伴って静かに退室していく。嵐というには静寂で、まるで凩というには騒々しく、そしてその威容は未だにそこにその存在が残っているかのように思われた。尊大な態度も堂に入っているかのようだった。
社長は自分の席に沈み込むと自分の足が微かに震えていることに気づいた。一大企業の頂点に登り詰めてなお届かぬ世界をその眼で見て恐怖せずにはいられなかったのだろうか。
まるで宝石のような瞳の向こうは空の果てのように遥か彼方を見ているようで目の前から目を逸らすことはなかった。自分もまだ高みを目指せると奮起して受け取ったデータを確認するべく社長は自分のコンソールを起動する。
「実に有能で、そしてフロントとして利用価値の高い傑物だった。実に稀有な人材だ」
二人は大気のデータを計測するべく都市郊外の自然公園に足を運んでいた。”なぜか”二人の周囲に人影はなく、スピカは陽気にポラリスの周りをぐるぐると回っている。
「そうね、こんな時でもなければ何か一つ企画を一緒にしてみたかったなあ」
「今当局に疑われるような事があってはならない。次に会うのは事が全て解決してからになる」
ポラリスは先程手に入れたデータと見比べつつ唸る。
「何がマギウスクラスタだ、魔法要素も魔術要素もゼロじゃないか」
「本物はまだ一度も見ていないのにわかるものなんです?」
「ああ、この項目を検出できる装置は派遣していた人員にはいなかった。だから結論は出なかったのだ。見ろ」
「これは人を救う為に作られたんじゃない。人を滅ぼすために作られたことの証明だ」