次の指針
「とりあえず、エルザは置いておく。最後にオリヴィアさんだ」
エルザは自分の話が終わったとみるやすぐに立ち上がり朝食の残り物をスピカにねだりに行った。最早遠慮は無かった。
リゲルとアトリアは何か言いたげであったが主君が気にも止めない姿を見て見て見ぬふりをしつつスピカに任せることに決めた。
「オリヴィア、で構いませんよ」
「ではそのように、オリヴィアはこのノーザンを統治する公主の娘、公女である」
どこか儚げで、線の細い銀髪金目の少女はそれでも芯の通っていることを主張するかのように一言差し込む。
ポラリス達セントラルの流儀に何ら違和感なく紛れ込む姿は両者が共通のルーツを持つという事実を裏付けている。
「ヴルト殿下の妹君という認識で相違ありませんか?」
「ええ、ヴルトは私の実兄です」
リゲルの質問にも微笑んで答える姿はヴルトを思わせる。姿は所詮形に過ぎないとしても、二人の繋がりを感じる理由には十分だった。
「軍兵を率いる将としての任務のある兄に代わりまして私が天帝陛下のご案内をさせて頂きます」
「あれ?同盟ってもう解消したんですか?」
「そもそも我々は戦争しに来たのではないぞ、メティス。クルーエル遠征軍は目下の懸案だが最大の目的である崩壊点ではないことが確定したのだから役割を分担するだけだ。戦争と、調査にな」
「はい、このノーザンについての調査については公立博物院の考古学者である私に一任されています。どうぞよしなに」
恭しく一礼するオリヴィアに気品を感じられてセントラルから来た一同は彼女を迎え入れるように表情を和らげる。
ポラリスはその様子に満足でもしたのか話を進めていく。
「ノーザンの公文書の記録上では有史以来環境は五千年弱の間ほとんど変化していない。技術発展もほとんど無いため社会構造も変化していない。政変こそあれど易姓革命もない。つまり特異点の発生はギャラクシー崩壊からノーザン公主領の確定までの間になる」
そこでリゲルやアトリア達は察しがついたようだ。
彼らを代弁するようにスピカが応えた。
「公文書が無く、考古学者の出番という事は神話もしくは伝承ですね」
「そうだ。オリヴィアさん」
「はい。これをどうぞ」
彼女が差し出したのはタブレット型情報端末。そこに書かれているのはとある英雄の肖像画。
「これはノーザンの建国神話、初代ノーザン公主キイの叙事記です。彼はギャラクシーノーザン天文台の職員でありましたがこの地にノーザンの民と共に残り、そして激動の時代を乗り越えて雪に閉ざされた大地に秩序を取り戻すまでの物語なのです」
「つまり彼の人生を追えば自ずとノーザンについて理解することが出来る、ということね」
「ええ。我々は多くの技術を失ってしまったため調査が困難になっていました。私としても、願ってもない機会なのです」
神話とはある程度の事実を風船のように膨らませることで出来上がる。つまり、他に手掛かりがない現状では極楽浄土へとつながる蜘蛛の糸と同じ価値があるのだ。
「以後クルーエルに対しては捕虜の扱いを含めヴルト殿下とダヴー将軍の部隊、そしてリゲルとヴァンガード第一小隊に委任する。そして俺、スピカ、アトリアとヴァンガード第二小隊はオリヴィアと共に崩壊点の調査を行う。以後詳細情報はギアデバイスを通して共有する。各人、良いな?」
「「「「「はい!」」」」」
朝の連絡会が終わり、それぞれ解散していく。
ポラリスは気晴らしか思索の為か、供回りもつけずに一人陣中を散歩していた。
視界の端に連絡会では口外しなかった共有情報を流して確認しながら歩いていると、ふと駆け寄る人物に気がついた。
「アリシアか、何か問題でもあったのか?」
「いえ、問題ありません!皆も何不自由なく過ごさせて頂いており、皆思い思いに羽根を伸ばしているので口論一つありません!」
傭兵隊は皆強い決意を胸に秘めていたが、温かい食事や風呂、寝床などで骨抜きになり、胸中は空っぽになってしまったのだろう。
「そうか。何か不足した際にはリゲルに伝えてくれ」
「はい!そうさせていただきます!」
じゃあとポラリスはその場を去ろうとしたがすぐにアリシアに引き止められた。
「お待ち下さい!ポラリス陛下!」
「どうした?袖を掴んでまで」
ポラリスは自分の袖に跡がつきそうなほど握りしめられても心にさざ波一つ立たない。これが本拠地であれば側近たちにせめて眉を顰めろと小言を言われるところだが今は傍に居るのはアリシアだけだ。
「私たちはこれからどうなるのでしょうか…」
アリシアは心配そうにポラリスを見上げるがそこまで背の高い方ではないポラリスだが持ち前の広い視野ですぐに解決策を探し出した。
「それはリゲルに一任していると先程言っただろう。少なくとも、君たちが話した内容が真実ならば、我々は君たちを祖国へと生きて返すつもりなのだがね。あれを見ろ」
ポラリスが指した先にはアリシアと共に本陣で捕らえられた捕虜とエルザの配下達が集まって球技に勤しんでいた。
リゲルが教えたセントラルのスポーツだ。
「皆リラックスできるよう我々も色々と考えているのだがね、どうしても落ち着かないか」
「いえ…その…」
口では否定していても隠し切れない本心は肩を震わせていることから伺える。
ポラリスは僅かに思索するが貴重な思考時間で結論を出す前に事態は次へと進んでしまった。
「何事だ?」
途端に視界の端に警告文が浮かび上がる。ギアデバイスの通信機能によって一斉に警告が発令されたのはこれが初めてだったため訓練を行っていないポラリスは困惑していた。
『こちらリゲル。多数の氷炎が捕虜収容陣地方面から接近中。捕虜の戦闘行動を許可しない為手隙の戦闘要員は各自集結されたし』
「なるほど、これがギアデバイスの通信機能か。これは便利だな」
『こちら本陣のアトリア。ダヴー将軍の向かった近隣の村にドラゴンが襲来。伝令情報である為時間経過に注意されたし』
『両面作戦ですが如何様にしましょうか?』
ポラリスはほとんど悩むことなく即断即決で裁定を下す。
「村へは俺、スピカ、それとエルザの三人だけで向かう。総員、陣地防衛に専念せよ。指揮はリゲルに任せる」
『リゲル了解』
『アトリア了解』
ソルジャーのリゲルとアトリアは主君の判断を即座に了承、
『いいのですか?連れて行っても』
「専門家だ。ご同行願おう。彼女も望むはずだ」
『わかりました』
通話が切れてデータリンク情報だけが視界に残る。
ポラリスは改めてアリシアに向き合う。
「すまない。今はみんなとおとなしくしていてもらえるか?」
「…はい」
「戻ったら、また、話そう」
「はい!」
ポラリスは捕虜の保護で駆けずり回っていたノーザン兵にアリシアを任せ、文字通り飛び上がって空を走る。




