新天地を目指したのは
ポラリスの暴露に一同はそれぞれ驚いたものの平静を崩すことは無かった。
ソルジャー達は当然表情は元のままだ。彼らはこのような情報も些事に過ぎない。そして彼らの部下たるヴァンガード達も事実をそのまま受け止める。
そしてアリシアは咄嗟に周囲の反応をうかがい、逆にオリヴィアは驚くほど落ち着き払っていた。
「大丈夫なんですか?言ってしまって…」
オリヴィアを慮ったアリシアは震える声でポラリスに質問するが我が道を征くポラリスは気にも留めない。
「クルーエルにも事情はあることは説明した。ノーザンに既に軽視することはできない被害が出ているのも事実だがその責任は彼女に問われるものではないよ。それに、飢餓に瀕した国が食料を求めて隣国に攻め込むのは遺憾ながらよくあることでね」
国家間戦争など過去いくらでも例があることなど歴史教育が行き届いていればみんな知っている。大陸間関係に言及したり、客観的視点である前提だが。
「それに、君の目的は別に侵略の幇助をすることではないんだろう?」
「ええ、あくまで私は道案内と、一度だけ参戦するまでの契約。契約が終わったのなら、私はちゃんと私の役目を全うするだけだわ」
皆の視線がアリシアに集中していくのをポラリスはしっかりと見逃していなかった。
皆平静を保っているように見えて表には出さない動揺を感じ取っていたのだ。
それが落ち着いていくことをしっかりと感じていた。
「彼女の本当の生業、それは竜を滅する竜滅師だ」
竜滅師、それは人間と同等の知能生命体である竜種と共に生きる者たちの中で、治安維持を担う者。
その奪命は人と竜の秩序と治安維持という正義の名のもとに行われる。
当然、人と竜の社会を脅かす人間を誅する竜もいる。それぞれ指示を出すのは輩出した側で執行するのは逆になる。
世界に点在しており、竜たちは人が使わない通信手段を確立しているので例え物理的な空間の連続性が無くとも彼らの在り方はどこにいても大差ない。
だからこの場にいる皆が納得した。
「彼女はクルーエルの竜から命から受けてこのノーザンへ向かうことになったが、道が繋がっていたのはたまたまだったようだ。アリシアが出国手続き中にクルーエル当局がノーザンの存在を知り、急遽遠征軍をアリシアを道案内にして送りこんできたというわけだ」
「あれだけ一斉に撤退出来たのはほとんどが常備軍だったからでしょうね。あの様子なら食料不足の中でも秩序は保たれるでしょうね」
「それはそれで地獄でしょうけどね」
朝食を片付けながら話を聞いていたスピカが納得したとばかりに目を閉じて昨日の光景を思い返す。
しかし秩序を保ったまま食料不足という生命の危機へと直結する状況は反乱こそ免れるもののより過酷な決断を強いることをアトリアが指摘する。
「それでも、彼らが新天地を目指したのは、本国が遠征軍の末路よりも悲惨であることが分かっていたからだ。既にこちらでもゲヘナの現状を調査し始めているが既にかなり飢饉が広がっているという報告を聞いている」
「そんな昨日今日でわかるんですか?」
「俺の配下の観測者達は並みの諜報員と同列に考えない方がいい。クルーエルの機密程度忍び込むのも暴くのもそう難しくはない」
アリシアの顔から血の気がサーっと引いていく。国の機密さえたった一晩で容易く暴くのは尋常ではない。彼女の知りえる知識では手段など到底想像つかないが、ポラリスは伝聞情報だけでも調査が簡単に進むことが分かっていた。
今、クルーエルにイ・ラプセル天文台が誇る完全隠蔽技術を看破する術は無い。圧倒的な文明格差を覆すのはそう現実的ではない。
「それは…逆らうなという脅しでしょうか?」
「いや、脅すぐらいなら力で屈服させてしまえばいい。俺がシーカー達に命じたのは和平を結ぶためだ。彼らが何を求めているのか、何を手にすれば争わずに済むのか、それが分かれば戦いは終わる」
アリシアがおそるおそる問うとポラリスは諭すように落ち着いた声で答えた。ポラリスからは一切敵意を感じず、アリシアは少しだけ安心した。
「人を襲う竜は全ての陣営に対して脅威になる。出来れば俺も積極的に排除したい。シーカー達には既に竜の情報も集めるよう命じてある。対応は情報が集まり次第考える」
「私が倒す。任せて」
先程から感情豊かに百面相を披露しているアリシアとは対照的にエルザは表情一つ変えずにそう宣う。
あまりにも肝の据わったというか図太さに皆思わず呆気に取られてしまう。この周囲を巻き込むマイペースさこそがこの地へと侵略者を導いた水先案内人たる所以であるとポラリス達は後に思い返すことになる。




