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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
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雪の朝

 燃え尽きた氷柱園の後処理を終えた後、それぞれの本拠地と連絡を取るために最も近い村の近くに陣を構え、そしてゆっくりと一晩休息を取り、迎えた翌朝。

 リゲルは諸事情でポラリスと同じテントで寝泊まりしていたのだが、既にポラリスは起きていたようでテントの中には見当たらず、リゲルは主を追って外に出た。

 陽の光が眩しくて目が眩んでしまう。


「おはよう」

「おはようございます」

「瞼をこするなら顔でも洗ってこい」

「ふぁい」


 外では焚火を囲んでポラリスら何人かが既に起きて火を囲んでいた。

 リゲルは主の勧めに従って顔を洗う。

 水は全てイ・ラプセルから持ち込んだものを、水道水感覚で使えるように準備して置いてある。


「タオルをどうぞ」

「ありがとう」


 リゲルが顔を洗い終わると、いつもの間にか傍にいたヴァンガードの兵である少女からタオルを受け取る。

 進んでタオルを配っているようだ。このタオルも持ち込み品で、しっかりと洗濯されていてフカフカだ。


「おはよう、リゲル君」

「おはようございます、スピカ様」


 焚火を囲んでいたのは七人。ポラリス、スピカ、メヌエット、メティス、そして見知らぬ三人。


「リゲル君、お腹すいているでしょう?はい、朝ごはんよ」

「ありがとうございます。頂きます」


 リゲルはメヌエットの隣に座り、スピカから受け取ったスープとパンをほおばる。


「おかわりもあるからね」

「ありがとうございます。美味しいです」


 美味しいと感じる以上に、リゲルは隣で凄まじい速さで食べている見知らぬ三人が気になるが表には出さずに朝食を頂く。


「よく、食べれますわね…」

「…?食べて次に備えなくてはならないからね」


 あまり朝食が進んでおらず、メヌエットはリゲルよりも早く起きてきていたのにほとんどそのまま残っていた。

 メヌエットはセントラルの名門貴族であるデュランダル家の出自故にあまり対人戦慣れしていない。かつてセントラルでも大きな戦争があったがその戦いに貴族は参戦していなかったからだ。

 そのおぞましさと罪悪感に押しつぶされてあまりよく寝れてもいなかったようだ。


「おはよーう」


 そんなメヌエットの苦悩なんてどこ吹く風と言わんばかりにアトリアもテントから出てきた。実に温かそうな寝間着だ。


「おはよう、アトリアさん」

「おはよう。アトリア、お前はとりあえずまず着替えて来い」

「え?ポラリス様…?あ…」


 少女の見た目にふさわしい赤みの頬と似つかわしくなく見開かれた目という珍妙な表情をしてから我に返り、慌ててテントに出戻りしていった。




「で、この三人は何者なのですか?」


 朝食を食べ終わったアトリアは流石に無視できなかったようでポラリスに見知らぬ三人の素性を問う。


「そういえばお前たちには紹介していなかったな。まずリゲルの隣に座っているのがエルザ。その隣がアリシア。二人は昨日の戦闘で捕らえた捕虜で、アリシアのさらに隣に座っているのがオリヴィア。彼女はノーザンの公女、つまり公子ヴルトの妹君だ」

「…」

「…うう」

「ふふ、よろしくお願いしますね」


 涼しい顔をしている灰髪の少女エルザ、怯えて縮こまる銀髪から顔を出した白い角を持つアリシア、そしてあまりヴルトと顔立ちは似ていないもののその毛先が青の金髪という特徴的な色彩が同一のオリヴィアはそれぞれの立場を現したかのようなリアクションを取っていた。


「オリヴィアさんには悪いが話の纏まり的に後回しにさせてもらう」

「構いませんよ」


 ポラリスは公女の立場を持つ彼女を先に紹介するべきだがどうやら長くなりそうなので後回しにするようだ。

 オリヴィアも腰が低く、素直にそれを受け入れている。


「まずはアリシアから紹介しよう」

「ふぇ!はい!」

「アリシア、危害を加えられるわけではないのだから落ち着きなさい」


 顔見知りらしいエルザに窘められてアリシアは深呼吸をする。

 若干コミカルになりかけた空気をポラリスが引き戻す。


「彼女は既に昨晩の段階でスピカに少し質問をさせてもらっていた。彼女はゲヘナの国家、『クルーエル魔国』の氏族の一つ、『白鬼族』の姫君だそうだ」

「はい、現族長、エリックの妹です…」

「昨日戦った、あの軍はそのクルーエルという国の遠征軍だったのですか?」


 挙手しながらメティスが質問する。

 例によって質問はその都度挙手しながら行うセントラルスタイルだ。


「そうだ。陽光の届かぬ暗黒世界、『ゲヘナ』では現在広域にわたって飢饉が発生し、クルーエル以外の国家も大分苦しいようで反乱や紛争が頻発しているようだ」


 エルザとアリシアが同意するように頷いた。


「そこでクルーエルは内憂外患から乾坤一擲の一手として食料を外域から得る事を考えた。安定して大量の食料を供給すれば今のゲヘナで覇権国にのし上がるのは難しくないようだからな」


 リゲルは軍部でも食料不足が問題になっている事を察した。おそらく遠征軍は最初で最後の鬼札であり、そしてその希望を自分達が打ち砕いたことも。


「アリシアはクルーエルでも武門で名のある氏族の一員として従軍し、昨日の戦闘で殿を任されたがアトリアが捕えた。諸説あるとはいえ国際法上は士官として扱う。丁重に扱え、良いな」

「我々は構いませんが他の兵卒はどうするのですか?魔族だと完全肉食性とかある種族もいるのですが我々の持ち合わせを配布し続けてもそう持ちませんよ」


 捕虜の管理を担っている責任者のリゲルが挙手して質問する。彼はソルジャーだ。任務が年単位になることは当然視野に入っており、作戦が終了するまでに必要となる物資は持ち歩いている。

 無論、水や食料を配布する事態に備えて都市を一月食わせる物資を持ち運ぶこともあるのだが今回はアトリアと二人で派遣されたこと。当初は調査が目的だったので自分の分しか持ち込んでいなかったのだ。

 結果食用肉の不足が目に見えていた。リゲル本人は食事に無頓着な方なので動物性たんぱく質の補給としてしか持ち込んでおらず、糧食の大半は穀物由来の栄養調整食品の形で持ち込んでいる。

 この点はアトリア、ポラリスの二名もそれぞれの理由から状況はさほど変わらない。

 スピカは個人的な趣味として現地で調理することが多いため生鮮食品を時間停止封印して持ち込んでいるがそれでも肉類は言うほど多くは無く、そして魚を受け付けるかはまた別の問題になりかねない。

 ヴァンガードの者たちも孤立した場合用の非常食こそ持ち込んでいるものの部隊で活動する以上部隊単位で食料を持ち込んでいる為それなりに肉の予備はあるがそれもいつまでもというわけにはいかない。

 それに任務が長期化すれば本来ソルジャーが補給する分もなくなるので配布する余裕がなくなってしまう。


「セントラルにもそこまで予備があるわけではありませんでしたよね?」

「ああ、その点についてだがダヴー将軍が近隣の村に連絡して保存している肉をかき集めてくれるそうだ。一時的にそちらで上を凌ぎつつセントラルから大量に輸送させる。ひとまずは食料よりも暇を持て余す方が問題で暴動を起こさせないように気をつけよ」

「了解しました」


 捕虜の扱いはセントラル側が請け負ったものの必要な物資の調達などの兵站はセントラルノーザンの両軍で共同で行っている。

 無論、セントラルから持ち込んだ簡易風呂などもノーザン兵にも開放され、大いに盛況となった。

 閑話休題。

 リゲルはとりあえずのところは引き下がる。


「さて、話を戻そう。アリシア以下クルーエル軍に責任を追及することはしない。略奪行為についても補償はこちらで行う。捕虜の始末はリゲル、お前に一任する。アリシアも何かあればリゲルに言いなさい」

「御意」

「あ!はい!」


 アリシアは自分の話なのに呆けてしまっていたがポラリスに声をかけられたところでハッと我に返る。

 あまりこういう場に慣れていないようだ。リゲルはお飾りに等しく、元々実権もなさそうだと判断した。

 

「次にエルザだ」


 席を離れてスピカから暖かい飲み物を受け取ったエルザがいきなり呼ばれて驚いていそいそと自分の席に戻る。


「食べたいならゆっくりと食え」


 当の本人が食い意地を張っている姿を見て周囲が肩の力が思わず抜けてしまうがポラリスだけは生真面目に真顔のまま貫いている。

 エルザもエルザで席に座ってもスープの具をほおばり続けている。そもそも元からほとんど具しかお代わりしていなかったようだ。

 

「うん。美味しい。ゲヘナではこんなに美味しいものはなかなか食べられない」

「図太いわね、あなた」


 アトリアは再びほおばるエルザの姿を見て呆れて思わずため息が出る。

 方や同格のリゲルは表情一つ変えることは無い。リゲルは本件の責任者であり、さらに主君たるポラリスが出張っているということもあり天文台のソルジャーとして一切気を抜く事はない。表情豊かなアトリアとは対照的にリゲルは何一つ情報をさらけ出すことは無い。

 この対照的な二人を従えるポラリスは二人の丁度中間だ。

 コロコロと表情が変わるわけではないが緊張しているアリシアが柔和な印象を受けるぐらいには変化がある。

 

「…食べながらでいいから聞いてくれ」

「うん…もぐもぐ…どうぞ…もぐもぐ」


 ポラリスは強者と見て珍しく決闘じみた宣戦布告をしたまでの武人の威厳は微塵も感じられず、アルカイックスマイルをたたえているが、青空のように透き通った目からアトリアとリゲルは諦観を感じていた。


「彼女もまたクルーエルの遠征軍の将の一人として参加した。だが元々の帰属先はクルーエルではなく、あくまで雇われた客分なのだそうな。そして彼女の部下たちもまた、国内外から命を捨ててでも大金が欲しくて集まった傭兵たちだ」

「傭兵部隊の客将ですか。だからこそ見捨てられたわけか」

「それは、我々外部の人間からすればそのようにしか見えないが、その意味は本懐とはかけ離れていると言っていい。何しろ軍隊としての君たちの役目はもう終わっている。そうだろう?」


 ポラリスに同意を求められたエルザは気付いて口の中に含んだものを呑み込んだために少し返答が遅れた。


「うん。そう」

「傭兵たちには出発時に報酬が満額で支払われており、一夜明けた今も暇を持て余しているとは言え非常に穏やかで安定しており、反乱の萌芽も見られない。既に職務が終わっていることで、リラックスしているようだ。そして、そんな彼らを率いている君は、より重要な役目がある」


 ポラリスがそこで一度言葉を切ると、丁度お代わり分を食べ終わったエルザが食器を傍に置いて目の色を変える。


「今回、遠征軍をこの地へと引き入れたことのはエルザだ」


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