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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
36/131

失意の叙事記 その1

 突如として崩壊していった統一政府ギャラクシー。世界中にその影響が波及していった。

 その波はセントラルから比較的離れていないノーザンを呑み込むのはそう遅くなかった。


「この区画ももうだめか」


 エーテル構造体の摩天楼を青年が一人で狭い空を見上げながら高架橋を歩いていた。

 本来は物資運送用に用いられているが都市を動かしていた動力源が沈黙したことで動きが止まっていた。だが今は運ぶ荷物すらどこにも見当たらず、当然動く道理もなく同じくシステムも沈黙していた。


「うーん、物資も持っていかれちゃったなあ」

『もしもーし、キイ君?』

「はいはい何でしょうか」

()()()()()


 キイと呼ばれた青年は一瞬にして浮かない顔になる。同時に足を止め、目を閉じる。


「…嫌になるなあ。何もかも」

『そんなこと言わないで』

「ごめんよ、リビジ」


 キイは整備用ハッチを開けてビルの壁面に沿うように作られた歩道に出る。

 そしてそのまま走り出し、手すりを飛び越えて空中に身を躍らせる。


「飛行ユニット、起動」


 放物線を描いて自由落下に入っていたキイの背に2対の半透明の翼が生える。色鮮やかで未だその栄華が色あせない形だけの都市部を抜けて、街を囲むように流れる川と、都市を鏡写しにしている湖のその先へ飛んでいてく。

 ノーザンネビュラの最大都市ポル・バジンの外壁の外側に出て遥か彼方まで広がる金色の絨毯の上を飛んでいく。

 眼下に広がるのはかつてギャラクシーの幾億もの民の腹を満たしていた小麦畑。

 年間生産量は世界一位、年間輸出額も世界一位。生産効率こそイ・ラプセルやアヴァロンといった魔境地帯に劣るものの魔物やテルースといった危険生物が存在しないからこそ広大に農地を広げることが出来た、まさにノーザンの誇りとも言える光景である。

 だがその小麦畑もまた戦火に巻き込まれ、徐々に荒れていく。

 そして小麦畑を踏み荒らす不埒者たちの姿が目に入ってくる。


『遅いぞキイ』

「ごめんて、状況は?」

『機甲部隊が二つほど。一つはもうすぐ終わるがもう一方が後詰としてもう一つ来る。遅れた分はそちらを潰して取り戻せばいい』

「了解、じゃあそっちは任せたよ、キリエ」

『ああ、任せろ』


 目下で続く戦闘は四脚歩行戦闘機部隊を一人の生身の人間が二刀流で次々解体していく一方的な状況になっている。

 数を頼みに広がっているが足元が凍り付いき、歩脚の動きがぎこちない。

 先頭の一人ほどではないにしろ戦闘を優位に進めている氷の騎士を中心に氷のフィールドが展開されているようだ。


「あれだね」


 キイは視線を前方へと移すとそこには陣形を組んで侵攻する新たな侵略者の一団。

 

「武装ユニット、展開」


 両手両足を大きく広げ、ギアデバイスの干渉を受け止める。両腕を覆うように武器が装備され、腰にも姿勢安定用のユニットが装着される。

 右腕には砲身が出力され、左腕には盾とブレードの発振器が装着された。


「ごめんね。もう、帰してあげれないんだ」


 侵略者たちはそれぞれの感知器でキイの姿を認識し、即座に攻撃行動に入る。

 無数の光線と火砲が彼を襲うが全て軽々と回避して少しづつ近づいていく。

 そして右腕の大砲からプラズマビームを放射して一瞬にして殲滅していく。圧倒的な技術差による虐殺がおこなわれていく。

 戦闘はキイが到着する前から既に優位に進めていたが彼の参戦後には最早一方的としか言いようがないほどに変化していた。

 だが破壊の限りを尽くしたキイはゆっくりと戦場に降り立つと口にした言葉とは裏腹に一瞥もくれず、そのまま仲間との合流へと向かった。


「キイ将軍!」

「ジェネラル・キイ!」


 現場を撤収していく味方に合流すると、キイはすぐに人だかりに囲まれる。

 彼がどれだけ人望を集めているかが伺える。


「キイ、君は自分の立場というものをもう少し考えた方がいい」

「ごめんよ、でも俺やっぱり諦められなくてさ」


 虎の子の輸送車の荷台の上から手を伸ばしてキイを引き上げた人物には将軍のキイも頭が上がらずタジタジになっている。


「しょうがないわよキリエ、キイ君は優柔不断なんだから」

「ひどいな」


 キリエと呼ばれた人物の隣に座っていた少女がひょこっと顔を出している。

 キリエが艶やかな漆黒の長髪を風に揺らし、その相貌は美女と見まがう出で立ちであることもあって姉妹のようにも見えるがキリエは男であり、彼女の血縁者なのはキイである。

 彼女の名はリビジ、キイの妹だ。


「全く、ノーザン防衛の要である君が警告を受け取れる場所にいないなんてありえないよ」

「いやあ、ははは。言い返せないや」


 キリエは次々キイの部下たちを荷台に引き上げ、全員が乗ったことを確認すると運転手に合図を出して輸送車を発進させる。

 戦場には機甲部隊の残骸の山と、一体の氷像が残され、生命の息吹は風と共に去っていく。


「それで、どうだったんだ?」

「最後の区画もダメだった。やっぱりもうポル・バジンは動かせないみたいだ」

「物資も根こそぎ持っていかれてしまったようだからな。ギアの一つも見つからなかったのか?」

「ああ。だめだった。エーテルバッテリーはおろか電子機器すら一つも残っていなかったよ。あれならもう解体して使えるパーツを探すぐらいしかできないよ」

「そしたら本当にデバイサーはキイとキリエの二人だけになってしまうわね」

「言っておくが俺はもう長居をするつもりはないからな」

「分かってる。いつまでも君に頼り切りになる気は無いよ。当然俺自身にも…、ね」

 

 キイとリビジが生きるノーザンは非常に切迫した状況にあった。

 ノーザンには外部と連続性のあるマテリアルと連続性のない閉じられたエセリアルの二つの世界からなるネビュラと呼ばれる場所だ。

 今キイたちがいるのはエセリアル側のノーザン。経済都市、産業都市としての面が強いマテリアル側と違い、ほとんど全域が農地となっており、さらにほとんどの人口がポル・バジンに集約されており、彼らは世界中に大量の食料を輸出することで得た利益を享受していたが実のところこの環境を管理していたのはポル・バジン以外に住む少数派であった。

 ギャラクシーが崩壊後、セントラルに全ての情報を集約することで成り立っていた国際貿易ネットワークは完全に崩壊、ノーザン単独で食わせるにはマテリアル側だけで十分だったこともあり、莫大な管理コストを支払うことを嫌ったノーザン政府はエセリアル側の放棄を決定。退避を希望する市民を全て避難させ、マテリアルとエセリアルの二つの世界を繋いでいた通路(ルート)を全て遮断した。

 この時、避難を希望しなかった人たちは自らのみで暮らしていけるだろうと考えていたが、如何なる出入り口からか火事場泥棒的に次々侵略者たちが侵入。慌ててポル・バジンに避難してきたものの、そこにあったのは完全にもぬけの殻となったゴーストタウンだけであった。

 シェルターすらまともに使い物にならなかった為彼らは手元に持っていたものだけで自らを守り、生きていかなくてはならなくなった。

 特に戦力と言えば根こそぎ持っていかれたばっかりに唯一残った正規軍人のキイと、彼が何とか粘って入手した虎の子の輸送車だけになってしまった。

 幸い、星の子である彼らには武器が無くとも戦う術があり、特徴的な武器を作り出す技術力と、技術者と、素材が全て揃っていた。

 だが武器一つ作るのも簡単ではない。時間もかかり、欲しいものが必ず出来上がるとは限らない。

 彼らは元々別の物を作っており、加工技術こそ本物だが武器に関する知識は疎かったからだ。

 キイを中心に残った民たちは新たな秩序を作り、ポル・バジン近郊のシェルターを改造して少しづつインフラを整えて何とか生活を始めた。

 幸い食料には困らない。衣服も小麦からつくる術がある。屋根を手に入れた。

 そこにやって来た旅人がキリエだった。

 彼は自分の事をあまり話はしなかったが、キイよりも強く、そしてかしこく、多くの知識と技術を持っていた。

 彼が示した新たな道、それはポル・バジンから遠く離れた場所に点在している農業用倉庫やシェルターといった設備を奪還し、新たな拠点を建造することだった。

 今はまだ戦力が足りず、侵略者が送りこんでくる部隊を撃退することしかできないがいつかは安定して暮らすためにインフラを整えようとしていた。

 だがキイはまだポル・バジンを利用することをまだあきらめてはいなかった。

 その目論見も先程潰えてしまったのだが。


「だがこのままだといつかは侵略者たちにすりつぶされてしまうわ」


 リビジは天真爛漫そうに見えて意外にも先を見据えて考えられる性格で、普段からキイの尻叩き役になっていた。


「分かってるさ。だから何か利用できるものはないかと探していたんだ」

「まだ外のシェルターを漁った方が希望があると思うけどな」


 キリエにも言葉を刺されてキイは項垂れる。結局彼がしていたのは現実逃避だけだったのだ。


「それに人でなら余っている。足りないなら新しく作ればいい。みんなでやればできることなどいくらでもあるだろう」

「そうだよキイ君。私たちも手伝うんだからさ」

 

 リビジや他の兵士たちにも励まされてキイはようやく顔を上げる。

 キイは一人だけデバイサーということもあって責任感を強く感じていた。


「ありがとう!」


 キイがそう感謝を述べた時、みんなはキイの顔を見ていたがキリエはただ一人不意に視線を外した。

 

「どうしたんだ?キリエ…、何だアレは…」


 つられて彼の視線の先を見るとそこには地平の遥か先へと落下していく一筋の光だった。

 キリエはすぐに立ち上がって輸送車から飛び降りようとする。だがキイが掴んで制止する。


「待て!」

「なぜだ。あれが何か確認しなくてはならないだろう」

「…、俺も行く。リビジ達はそのまま先に帰っていてくれ」

「わかったわ。無理はしないでね」

「無理をしないために確認するんだ」


 キリエとキイは輸送車から飛び降りて飛行ユニットで現場へとひとっ飛びに飛んでいく。

 地表に大きなクレーターを形成し、付近に土砂を巻き上げたり炭化している中心に、落下してきたと思しきものを二人は見つけた。

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