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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
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修羅の国の兵士

 ポラリスがエルザと共に戦場を去った直後、直営の魔族たちは指揮官を追って走り出した。

 だがその足はすぐに止まった。彼らの行く手を阻む様に一人の少年が回り込んで来たからだ。


「悪いな、ここは通すなとのご命令だ」

「チッ!なんだこのガキは!」

「俺にはリゲルという名前があるんだけどね」


 リゲルの身長は150cmほど。確かに16歳のガキであることは事実であるので一度は飲み込む。だがいくら低身長がちな星の子の中でもリゲルはかなり低いと言っていい。

 そして残念ながら成長がここで頭打ちであるという残酷な運命が定まってしまっている。

 彼は諦観と共に、憎悪を以てこの運命に相対している。


「そして…」


 リゲルが手に持った杖の先から電撃を飛ばし、魔族達の足元に一筋の雷光が走って超えてはならない境界線を刻み込んだ。


「俺達の見た目なんてあてにならないからな。軽々とその線を超えないほうがいい」

「へっ、ガキがいっちょ前に言いやがって。やれるもんならやってみやがれ!」


 リゲルの警告を無視して魔族たちはこれ見よがしに境界線を踏み越える。

 刹那、リゲルが雷光を纏ってその場から消える。

 彼がグライドで視界の外まで一度消え、大外から大剣で吹き飛ばされて最前線の魔族達を吹き飛ばしたのだとわかったのは吹き飛ばされた魔族の後ろから追いかけていた者たちだった。


「警告、したでしょう?」

 

 リゲルは円を描くように一周して元の立ち位置に戻っている。だがもとに戻ったリゲルの手には長方形の刃の大剣が握られていた。

 杖は大剣の柄になっており、雷が刀身を走り、紫電を散らしている。

 リゲルが走りながら杖と刀身を合体させ、大剣で薙ぎ払ったのだ。


「さあ、次は誰が来る?」



「さあ、次は誰が来る!?」


 同時刻、一字一句変わらずそう問うのは同僚のアトリアだ。彼女自身が発する高温によって周囲には陽炎が立ち昇り、その手のミドルソードに雪が当たるたびに瞬時に気化していく。

 ポラリスの純エーテル鋼材でもなく、リゲルのエーテルの刃の実体剣でもなく、完全な形を持たない半実体の剣を突き出して大柄な魔族の腹を貫く。

 炎属性に転化したエーテルで構成された剣によって、貫かれた傷さえ焼いて止血し、剣を引き抜いては次の得物を見つけては斬りつける。

 彼女が纏う鎧もコートもマントも全てが発火し、その高熱で浮遊しながら足元の雪を全て溶かしていく。


「ひぃ!バケモノだっ!」

「逃げるな!戦え!」

「みんな逃げてんじゃねぇか!」


 魔族の本陣はアトリアの強襲を受けたことで完全にパニックになっていた。大半は退却しようと撤退準備をし、その時間を稼ぐために次々戦力を浪費していく。

 今本陣に攻撃を仕掛けているのはアトリア、ヴァンガード第一小隊、そしてダヴー将軍とその直営だけだがそれでもまったく状況が分かっていなかった。


「さあ!さあ!さあ!」

「お待ちください!アトリア卿!」


 飛行ユニットで浮遊しながらメヌエットが追いついて、アトリアの背後を通過して右手のエネルギーブレイドで怯える魔族を切り払う。


「突出しすぎておりませんか!?」

「何を言っているの?この程度の相手では私を倒せないわ」


 アトリアはそう言い、よそ見をしながら鎧を着込んだ大男の頭を掴み、握力で兜ごと頭を潰す。

 可憐な少女には似つかわしくない紅蓮の(かいな)が屈強な兵士を屠り、ついには軍勢を撤退に追い込む。

 そう、撤退だ。彼女たちの攻撃は高い科学力による圧倒的な技術差によって奇襲となったが、いくら文明力で劣ると言えど鍛えられた軍勢であるから撤退の判断も素早い。彼らは最低限の犠牲で撤退に成功した、はずだった。


「それに、主力はもう逃亡しているわ。後処理に入るわ」


 アトリアはそう言いながら立ち上がろうとした背後の魔族兵を剣の腹で殴り、気絶させる。油断も隙もない、彼女は慧眼と優れた頭脳を持つ()()()()()騎士(ソルジャー)である。

 彼女はごくごく自然に、既に戦場だった場所と化したその場を任せようとしていたが、視界の端の異変に気付くやいなや、臨戦態勢を取った。


 

 スピカは長杖を片手に銀世界の白が赤に染められていく光景を見下ろしている。

 氷の柱や陣地などに雪が降り積もり、意外にも遠めに見ればそこの風景が周囲とは隔絶したものだとは思わない。

 だが右方には煌焔の輝きと雷光の轟きがそれぞれ相対する者を圧倒していることを示し、目下ではついに完全敗走へと追いやる火災が今も陣地だった場所を燃やし尽くさんと燃え盛っている。

 そして左方へと逃亡している一団。彼らこそ魔族たちの本隊だ。彼らは持っていくことのできる限りの装備や物資を持って逃げていく。

 まだ再起するための希望を残すために彼らは走る。


「ごめんね」


 スピカはぼそりと僅かに詫びる。傍でスピカを見守っていたメティスは目を背けてしまう。

 これから起こるあまりに惨く、醜く、そして救いのないこの戦いの結末を考えればそれは無理のないことだ。


「あなたたち、私に続きなさい」


 スピカは杖から手を離し、そして前に少し傾ける。だがそれ以上杖は倒れない。手から離れ、宙に浮いたまま浮遊し続ける。スピカがフューズで維持しているのだ。


「私は、私の意思で天秤を傾ける」


 杖の先にフューズを収縮していき、解き放つ。昇華されたフューズが何本もの光線となって放たれる。

 初めは曲線を描き、そしてスピカの導きによって狙い通りに着弾していく。

 雨あられの光線が止むと共に、その両脇から火砲を一斉に構えたメティスとその部下たちが立ち並ぶ。


「撃て」


 メティスがそう号すると兵士たちは無感情に、攻撃を始める。

 ヴァンガードの第二小隊は皆装備を真紅に染め、わざわざ雪上迷彩をして隠れていた。それほどまでにその真紅の色は彼女たちのアイデンティティであり、親衛隊という栄誉がどれほどのものかを示している。

 だがその任務は残酷を極める。

 彼女たちが撃ち抜いているのは敗走する兵士ではなく彼らが持って逃げている物資である。

 ダヴーの策はリゲルとアトリアの二人の策の折衷案。

 陣地防衛戦力を引き出し、まともな防衛力を失った本陣を強襲。そして敗走した軍隊の物資を捨てさせ、潰走させて追いやる。

 魔族軍の陣容は頭数だけならこちらを大きく上回るがソルジャーの戦力はその数の利を一人でひっくり返す。ゆえに完全勝利を収めること自体はそこまで難しくはない。だが戦後処理に凄まじい労力とリソースを割くことになる。

 そもそもポラリス達の目的は魔族の退治ではなく、特異点の解決。それもかなりの規模であり本来のトップであるポラリスが出張っている事態(本人は外に出たがり)なので余裕はあまりない。

 だが対処のために情報が必要で、そして必要以上の捕虜を得たくはない。

 ポラリスとヴルト、二人の君主の意向に沿うように調整されたダヴーの策は今成功を収めたと言っていいだろう。


「止め」


 スピカの一言で全員が射撃を止める。彼女たちの仕事としては再起不能になるぐらいには荷物を捨てさせることで全滅させることではない。

 食料や水などを失い、困窮するだろう。武器や装備を失い、苦難に苛まれるだろう。そして最早死ぬ気で略奪に走ったとて身一つでは村の衛士に追い返される。彼らがどんな道を進もうと行き止まりしかもう残っていないのだ。


「あなたたちに、せめて何か救いがありますように」


 スピカは地獄へと追いやった身ながら、せめて最後に祈った。

 実に、身勝手ながら。

 修羅の国の兵士たちは、それでも祈った。

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