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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
ニヴァリスの導き 編
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ニヴァリスのしるべ

 ポラリスが下り立ったのは雪の降りしきる氷上の大地。ところどころに白い雪に紛れた花が咲いていた。


「これがニヴァリスの花なんですね」


 どうやら予習してきたらしいスピカは花を愛でて興奮しているようだ。

 ここはニヴァリスの群生地。近くには軍隊のキャンプと思しきテント群が見える。


「お待ちしておりました。帝」


 恭しく跪く二人。


「リゲル、アトリア、楽にしろ。来て早々堅苦しくするな」

「申し訳ありません」


 二人が体を起こす。青髪の少し身長が低い童顔の多いイ・ラプセルでも際立つ幼さを持つ少年の風貌のリゲル。逆にポラリスに匹敵する身長の燃えるような赤髪赤目の大人びた、それでいて幼さを残す少女のアトリア。二人は先に派遣されていたソルジャーであり、ポラリスの到着を待っていたのだ。


「我々のキャンプへご案内します。どうぞこちらへ」


 一行は二人に連れられて銀世界へ一歩を踏み出す。

 イ・ラプセル天文台が開発した長期遠征用のキャンプは最早即席の家と言っていい出来である。そもそも利用者がいの一番に外に旅立ったきり帰ってこない帝を対象にしているので簡素なつくりには出来なかったという事情もある。


「とりあえず我々はここをキャンプ地として待機しておりましたが一応現状は聞いているんですよね?」

「一応。だが我々の他に部隊を派遣しているということ以外の報告は上がっていなかったがな」

「すみません、それ判明したの報告上げた後だったんです。改めて我々から説明します」


 ポラリスはキャンプの中の椅子に腰を下ろしてリゲルの話を聞く。一度に一つのキャンプには入りきらないので小隊長以外のヴァンガードは他のテントに入ってそれぞれの準備をする。


「このノーザンは今に至るまでずっと星の子が住んでいました。この厳しい中でも父祖の地を守るために騎士の地を継ぐ者たちが今も残っているんです。無論大半の者は逃げ出してしまったようですがそれが幸いしてかあまり争うことなく適正人口を保ち続けて来られたようです。しかし数日前の観測で特異点反応を持つ存在が侵入。それを追うように他の一団が侵入。後者の集団はどうやら侵略行為を目的としていたようですぐに現地の民と対立、ノーザンを治める公主は公太子と公女に一軍を預けて侵略部隊と交戦するべく進軍中です」

「私が到着してすぐに公主との面会が出来たので今は公主と協力体制を構築し、我々も公太子軍と合流すべく追っていたのですが、そこで増援送ると聞いたのでキャンプを張って待機しておりました」


 リゲルから引き継ぐようにアトリアが説明する。


「では行動は早い方がいいか?」

「あ、いえ、軍を追い抜いて進軍路で待機しているので大丈夫です。明日合流する予定なので」

「そうか、では今日は検証に時間を使うとしよう」

「えっ!?」


 

「丁度ここらあたりからが市街地になるな」


 ポラリスはスピカとアトリアだけを連れてキャンプから離れた何もない吹きっさらしの平原で立ち尽くす。


「一応5000年前にはこの先にイ・ラプセルにも劣らない摩天楼があったようだが…」

「何もありませんね、見事に」

「よし、発掘調査だ」


 ポラリスがいそいそとフューズでスコップを作り出すのをみて慣れていないアトリアが慌てふためく。その横でスピカも掘り起こす準備を始める。


「ちょっと!ポラリス様!何してるんですか!?」

「発掘調査だが?」


 さも当然のように肉体労働を始める主君を止めない臣下はいない。アトリアは自分の忠義に則って止めようとするがスピカが周囲に雪よけの簡易テント張り始めた時点でもうまずい。止める気が毛頭ない。


「天の帝なんですよ!一応ギャラクシーの系譜を継いでるノーザンでも君主なんですよ!」

「実態がない。セントラルでももう権威もない」

「そういう問題じゃありません!スピカ様も止めてください!」

「え?気にならないの?なんで街が消えたのかを」

「確かに気になりますけど!」

「しかし本当に焼け焦げたような土だな」


 既に地面に到達したポラリスは実験用に袋に詰めてスピカに渡し、スピカはギアデバイスに収納していく。

 最終的に折れたアトリアも結局手伝うことになった。


「見つかったぞ」


 ポラリスが掘り起こしたのはわずか20cm。歴史の割には非常に浅い、だが雪に覆われていたことで堆積物が積もりにくかったのだろう。


「地盤に埋め込む杭の痕跡だ」


 ポラリスはギアデバイスで映像、画像で記録を撮る。

 そこにあったのはイ・ラプセル同様のような近未来的な重エーテル構造体でできた杭。その杭の上部はまるで焼け焦げたようになっていた。

 重エーテル構造物はそうそう焦げるようなものではない。タングステンの融点が約3400度。しかし重エーテル構造物は核融合にさえ耐えられる素材。建材に使う素材にはそこまでいかなくても都市で発生する火災はもちろん戦火でもそう傷がつく物でもない。

 つまりそれだけ焼き焦がす何かがあったということになる。


「今ある問題は二つの侵入勢力。降り積もる雪、それらを解決してもなお、我々には最大の脅威が待っている」


 自身も火の能力を多用するアトリアはその火力に戦慄せざるをえなかった。

 そんなこんなで穴を掘っている内に周囲の状況が変化していた。

 少し吹雪いて周囲を見渡せなくなり、その陰に蠢く者たち。


「帝!スピカ様!お下がり下さい!凍炎(ブレイザード)です!」


 青白く、凍り付くような炎を纏った魔物。矛盾している表現だがこれ以上に的確に表現する方法が無い。


「ほう、立ち狼か」


 魔物は遺伝しない、属性的に適応しても肉体的に適応することはない。雪上で二足歩行をすれば大抵の場合自重で雪に足を取られる。

 だから普通の獣は雪に適応するべき進化する。魔物は突然発生し、常に自らの為にしか動かない。最後の時まで自分のために足掻くのだ。

 炎を背に背負いながら立ち狼の凍炎はまっすぐにテントに向かって雪を巻き上げながら突撃する。


「ポラリス様!」


 アトリアはすぐに光状の刃のブレードギアで受け止めるが足元が不安定な盛り上がった雪ではうまく踏み込めず、姿勢が崩される寸前でなんとか保っている有様だ。


「速くお逃げください!」


 膂力が凍炎で強化されているのかアトリアを押し込んでいる。

 多くの星の子はフューズで浮遊する際、体の一部を空中に固定する、もしくは全身を地面に反発させて浮遊するかの二種類の方法で飛んでいる。

 前者の方は習得難度が高く、そして地上戦では後者の方が機動力が高い。だからアトリアは後者の方法で高速移動して割り込んだものの地面が雪なので力が分散してしまい反発力の制御が難しいのだ。


「無理をしなくていい」


 だがその膠着の隙に背後に回ったポラリスがギアデバイスから呼び出した「蒼穹の聖剣(セレスタ・カリヨン)」で両断する。魔物は萎むように倒れ、凍炎は消えていく。


「ご無事で…何より…です…」

「うむ、ご苦労」


 既にクタクタになったアトリアはよれよれとしながら魔物だったものを回収する。

 ポラリスはそんなことを気にもせず再び建物の痕跡を調べ始める。アトリアはポラリスについてきたことを少し後悔し始めていた。

 それから数時間、雪が降り積もる中ポラリスはあちこちで雪と土を掘り起こして発掘調査を行った。スピカはずっとニコニコで付き合い、アトリアはポラリスにアドバイスを受けながら度々襲撃してくる凍炎を撃退し続けた。




「あ、ポラリス様たちが戻ってきましたよ」


 メティスが初めに気付き、すぐにリゲルが立ち上がる。


「いた!ポラリス様!」

「どうした、そんなに慌てて。雪が肩と頭に積もっているぞ」


 ポラリスがリゲルの雪をかき落とす。


「ノーザンの軍が到着しました。すでに向こうの代表者をお待たせしております。お早く!」

「それはすまなかったな。案内してくれ」

「こちらです」


 アトリアはようやくお役御免とばかりにリゲルが座っていたところに座り込む。

 だが報告する先のリゲルがどこかへ行ってしまったのでメヌエットやメティスの報告は代わりにアトリアに行われる。

 結局仕事を交換しただけだったのだ。


「待たせてすまなかったな。アニムスの奏主、ポラリスだ」

「いえいえ、とんでもない。ノーザン公主の命で軍を率いている公太子ヴルトです。どうぞよろしくお願いします」

「ご丁寧にどうも」


 ポラリスとヴルトは会談用に特別に設えられたテントの中で握手を交わす。

 雪に隠れられそうな銀髪、精悍な顔つきに鍛え上げられた肉体。ノーザンの民も多くは星の子なので鍛えてもそれが目に見えて変化を起こすのには苦労するのだが彼は一目で鍛え上げられている。それだけ研鑽を積んできたのだろう。


「将軍のダヴーであります。私もご同席させて頂きます」

「もちろんだ。よろしく頼む」


 続いてポラリスはダヴー将軍と握手する。

 ダヴーは丁寧に頭を下げるのでその禿げあがった頭頂部が嫌でもポラリスの目に入る。ポラリスは眉一つ動かさなかったが入口で控えていたリゲルにはクリーンヒットしてしまったらしく顔を背けている。


「時間が惜しい。事情は部下から聞いている。先にこれからについて話しましょう」


 混沌となりかけていた空気を一言で落ち着かせてポラリスの宝石のような相貌がヴルトとダヴーに向けられる。




 その夜、同盟の正式な締結をささやかな宴席で祝い、それぞれのキャンプにて評定が行われた。


「とりあえずは一戦、狼藉者の一団を誅することと相成った」

「なるほど。恩を一つ売り、周辺を安定させてから詳細な調査を行うということですか?」

「それも一つある」


 席が足りなかったので人に譲ったことでポラリスの隣に立っているリゲルがすぐに疑問をぶつける。


「あの氷炎という魔物は明らかに恣意的な行動が多い。何者かの意思が介在しているのは確かだろう」

「何かアルゴリズムでも見つけたのですか?」

「アルゴリズム…とまではいかないがそうだな。いくつか法則性があるようだ」

「法則性…?」

「ああ、第一に環境を変化させた場合、周辺に散らばっている個体が一斉に集結する。第二にノーザンの民にはあまりにも無頓着で近寄ることすらしない。おそらく侵入者に対して行動を起こしているのだと考えられる。ここのキャンプもノーザン軍から離れすぎない限り襲われることは無いだろう。そして第三に、魔物にしか取り付いていない。おそらくは生態系を破壊しないためだろう。無機物をもとにしたゴーレムなどの人造物やそれを模した魔物が現れる可能性はあるが…その材料となる都市部は壊滅してしまったからな。とりあえずは警戒する必要はないだろう」

「それは現れたなら近くに人工物が残っているってことですよね…」


 アトリアもリゲルに続いて質問する。セントラルでは質疑応答を後回しにするスタイルはあまり一般的ではない。


「ともあれ向こうは略奪を繰り返し戦闘も辞さない構えだ。放置するわけにはいかない。無理に殺すなとは言わんが情報収集のために指揮官を何人か捕らえておきたい」

「「「「御意」」」」


 四人の幹部が一斉に敬礼する。

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