暗号化の脅威
何かがおかしい。ポラリスはサイファとの交戦を続けながらそう感じた。
剣は良く振れている。フューズの操作も差し支えない。だがアーツが使えない。
ポラリスやスピカが使うアーツという技はエーテルやフューズを多量に消費することで放つ大技であり、術式と呼ばれる設計図に則り発動する。それは機械が予め定められたコマンドの通りの挙動しか出来ないようにアーツは定めた術式の通りにエーテルやフューズを操作して繰り返し放つ。
そう、アーツとは繰り返して使う技。剣技の型のように何度も使い、最適化し、研ぎ澄ます。
ポラリスはそのアーツを何度も放とうと試していたが一度も成功してはいなかった。
「不思議だなぁ、でも驚かないなぁ」
煽り挑発するサイファの口撃もするりと躱しながらポラリスは手を空にかざしてフューズを込めるとフューズが結晶化する。
宙に星が浮かぶように手の周囲に光点がいくつか浮き、光点同士をつなぐように線が走り、空に星座をかたどる様に手首を一周する術式を描く。
この星座の形が示す命令に則りフューズが変質し、指示された現象が発生する。
シドゥスと呼ばれる星の子特有のアーツの一種である。ギアも本来はシドゥスを万人がエーテルを用いて再現するために作り出されたもの。その自由度はギアをも上回る為即興性ではシドゥスに軍配が上がる。
ポラリスが今回発動しようとしたのは空気中の水分を一度に凍らせて氷結と低温と乾燥を同時に発生させる大技。
しかしそれも発動直前で星晶同士をつないでいた線がバラバラに砕けて崩壊する。
「そもそも術式が使えないか」
ポラリスはギアデバイスを手に取り起動しようとする。しかしギアも術式によって動く道具にすぎない。術式が封じられてしまえばギアも動かない。
ポラリスはまた一つ手札を失ってサイファの剣戟と術式攻撃を剣一本で捌きつつ他の手を考えていく。
主に使えなくなっているのはエーテルを用いた手段とフューズを高度に用いる手段。
空気を押し出す、掴んで投げる、などの単純なサイコキネシスは問題なく使用できる。しかしガレキの山が連なる地上ならいざ知らず、空中で投げる物はない。
次いでフューズを剣に集めて受け太刀されたところで一気に昇華させて煌焔を剣閃に合わせて放つ。
「うおっ!」
まるで剣を合わせたことで爆発したかのような一瞬の攻防でポラリスは一気に攻守を逆転させてサイファの体勢を崩すべく無防備な肩にハイキックを浴びせて地上に叩き落とす。
サイファはなんとか空中に踏みとどまって抵抗するがポラリスは追撃として煌焔纏わせた約束の剣を大上段から叩きつけるように振り下ろす。無理な受け太刀をしたことで完全に体勢を崩したサイファが地面に叩きつけられ瓦礫と粉塵を巻き上げて墜落する。
ポラリスは一気に降下して地面を這うような横凪の一振りで再度追撃を行うもサイファはすんでのところで跳ね起きて回避する。
「うおぁ!あぶねぇ!」
「戦場で危ないという感想はありふれているはずだが?」
ポラリスは地に足を付けて着陸する。
地上でのスピカとアルトの戦いは丁度ひと段落ついたところで戦の余波からヘレナを守る様にアルトが身を盾にする。そんな様子を一目見ながらここまでの戦いの推移を再度確認する。
「術式は使えない、エーテルの操作も効かない、当然だがその合わせ技のギアも使えない。ほとんど煌焔でしか攻撃ができない」
「珍しく苦戦しているようですね、ポラリス」
どうやら口にしていたらしい独り言を聞いていたスピカが回復アーツをポラリスにかけながら歩み寄る。
「手をお貸ししましょうか?」
「必要ない。だがそうだな、いつも通り正面から叩き斬ることは出来なさそうだ」
「そうですね。どういう手管かはわかりませんか保護されていない術式を無効化しているようですね。ギアデバイスの術式の保護はあまり強固とはいえませんから」
「保護…」
スピカは直接とは言わないが助言を与えて一歩下がる。
ポラリスはその助言をもとにどう詰めるかを考える。保護されていない術式に干渉しているということならば完全に使えないということはないということだ。目に見える形で術式を構築しなければいい。
敵を固めて叩けない以上不意を突いて一撃で決めるしかない。
ポラリスはそう決めて再びサイファに向き合う。
「参ったなぁ、術式を封じてるのにフィジカルだけで負けそうだよ~」
「そんな一発芸一つに負けるつもりはない」
「一発芸…ねぇ。俺の暗号化はそんなちゃちなおもちゃなんかじゃないぜ」
「暗号化、それが術式無効の正体か」
「そ、術式の言語を誰も知らない言語に暗号化することで発動途中で破綻させているのさ」
「それをつらつらと話してしまっていいのか?」
「いいんだよ。僕の能力の本質は術式を無効化することじゃない。言語を操るというところにあるんだから」
サイファは煙のような黒い光で術式を組み上げ、暗黒物質の触手を生み出す。
うねり踊る様に襲い掛かる触手を切り払いつつポラリスはもう一度飛び上がって上下の利を取る。
煌焔を飛ばして触手を焼き払いつつ約束の剣から煌焔を斬撃に乗せて強襲する。
「うわっ、驚きもしないんだね」
「似たような手管なんぞ見慣れている」
剣の捌きはサイファがわずかに勝るようだが膂力、腕力など純粋なパワーとそのパワーから繰り出される剣速でポラリスが勝る。剣戟では総合的に大幅にポラリスが有利なようで力攻めでかなり押している。だがポラリスが押しているのは力の差だけではないようだ。
「うーん剣には自信あったんだけどなー」
ポラリスの約束の剣は少しずつサイファを捕らえ始めていた。それでもサイファはのらりくらりと暗号化文字のアーツを混ぜながら致命傷を避けていく。
二人の得物が長物であり、かつお互いの得意な間合いが近中距離、すなわち接近戦は一気に押し切るかいなして距離を取るために流すのが基本である。そのため二人は踏み込んだかと思うと払って下がり、攻めを止めたところに踏み込んで押し返す。まるで剣道の試合の始まりのように膠着した戦況となっていた。
だがこの状況は二人の有利不利を逆転することになる。なぜならばポラリスはアーツという打開の一手を防がれ、サイファは自分のアーツをいつでも使うことが出来る。そしてポラリスの方は連戦、しかも先程マギウスクラスタの破壊に破壊の一撃を叩き込んだばかりなのだ。
無視できない消耗をした状態で始まっている以上持久力の差はおそらくポラリスには不利であると考えられる。
「でも、勝てそう」
サイファは有利と考えてニヤリと笑う。その時にアーツを放ち、剣の影から闇の腕を生やし、ポラリスの約束の剣の柄を掴んで奪い取る。そして剣を振り抜いて仕留めた。
はずだった。今度はポラリスの幻影が崩れていく。そして同時にポラリスが背後から右手に煌焔を纏わせた手刀で切り抜いて胴を両断する。
「遥か亡国への憧憬。お前が暗号化できるのはお前が指定した言語だけ。フューズとエーテルは暗号化していたがまさか魔法を使うとは思っていなかったようだな」
魔法、それは魔女の血族のみが使うことのできる特別なアーツ。魔力を消費して発動する。フューズやエーテルのアーツとの最大の違いは魔法の属性と魔法の発動目的、終了条件が別にあるということにある。例えばフューズでパイロキネシスを発動し、発火したとき、その炎は高熱であり、酸化現象を伴う化学反応である。そのため延焼する。しかし魔法では火属性は燃える、という見た目通りを維持することしかできず、熱く感じても周囲の気温は上がらず延焼もしない。燃やし尽くすことにすればその通りにはできても延焼はしない。
文字通り幻想を起こすこと。それが魔法である。
「マジか、しかも術式を発動してなかった。固有魔法か」
固有魔法、魔法使いが生まれながらに持つたった一つだけの術式。生まれながらに魂に刻まれている為いちいち術式を組み上げる必要はない、そのためポラリス自身に干渉できないサイファは発動を防ぐことはできなかった。
「悪いな、剣にいつまでも付きあってはられんのだ。純化・過剰剣気」
大ダメージを負って暗号化が解けたその瞬間にポラリスは約束の剣を手にし、フューズをブレードに込めて振り抜く。
サイファの背に一筋の傷跡が刻まれ、装束は千切れ、その姿は実にみすぼらしい。
「あー、勝てると思ったんだけどなー」
「残念ながら、万に一つもなかったぞ」
「いやぁ、まことに強かった。また会おうぞ」
サイファはそう言い残して影の中に消えていく。ポラリスは追わなかった。いや、追えなかった。暗号化された痕跡をたどることは出来ないからだ。




