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Nadia〜スターライトメモリー〜  作者: しふぞー
義勇に躍るマリオネット 編
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少年の限界

 剣を引き抜かれたポラリスは腹部からヒビが入り、ガラスが割れるように体が砕け、その中から無傷のポラリスが現れる。


「うーん。やはりグラフトだったか」


 突如現れた男がポラリスを貫いた長剣を眺めてから腰に収める。すると鞘が出力され、覆っていく。

 身なりを見ればまるで重装弓兵のようだった。左肩、左腰から大きな(ひさし)のような鎧を纏っているのにも関わらず右肩は露出し右腰はベルトの留め金以外何もない。最早剣さえ盾のように使う気なのだろうか。


「仕留められないとわかっている必殺の一撃とは…げに切ないものだな」


 そう嘆く様に嘯く男はポラリスの方に向き直る。

 ポラリスは戦闘用の装備を一瞬にして失い、武器も風化するように砕けていく。聖剣の不朽さもギアデバイスあってのものだったのだ。

 身なりもアニムスの制服の姿に戻り、武官というよりは文官と言った装いだ。


「まさかこの俺の不意を衝くとはな…どうやら俺は浮かれていたようだな」

「いやいや、俺も苦労したんだぜ?まずマギウスクラスタの開発からして難航したのにそれをも一回ここで繰り返すとかさ」

「研究を誘導して導入させたのか…外道こそが王道か?闇騎士(ダークナイト)


 ポラリスに言外に設計法は元々他にあると告げて挑発する闇騎士。しかし今は目の前に集中できない。


「うらぁ!」


 アルトがポラリスの背後へと突貫し、突きを繰り出すもポラリスは視認することなく回避して切っ先を掴んで投げる。片手間、されど片手落ち。

 正面の剣士は居合の構えを取り、一閃。ポラリスの体を両断、したはずがポラリスは瞬間移動して剣士の背後に移動する。結果アルトの剣と黒幕の剣が鎬を削る。


「一人で二人を相手は出来んか…」


 ポラリスは大きく下がってスピカの隣に立つ。


「スピカ、アルトを頼む。俺はあの闇騎士の相手に集中したい」

「わかったわ。でもグラフトはもう失われました。傷に気を付けて」

「わかっている」


 先に仕掛けたのはスピカだった。杖の先をアルトに向けて光線を数発放ち、煙を焚き上げる。その牽制に怯んだすきにポラリスは飛び上がる。ポラリスはフューズで飛び上がるのでギアの力を借りる必要はない。先程と変わらぬ速度で上空へと昇り、そして追ってくる黒幕を迎え撃つ準備をする。


「星装、展開。来い、約束を果たそう。何度でも果たそう。ナディア」


 ポラリスがフューズの光の繭に包まれ、そして炸裂するように光が散る。そこに現れたのはかなりシンプルで簡素でありつつどこか軍服のような精悍さを引き立てる羽衣。ポラリスが星装と呼んでいたものだ。

 そしてその右手にはいかなる鞘にも収まらぬ剣が握られていた。銘は約束の剣。彼の覚悟が形となった剣。彼が持つ3番目の剣。

 そしてその瞳と髪は宙色に再び変化し、宙に瞬く星の光がポラリスの周囲を輝かせて空間を掌握していく。


「我が名はポラリス、ポラリス・ステラマリス」


 切っ先を向けてそう名乗りを上げられたら答えないわけにはいかない。

 一人の武人がそれに答える。


「私の名はサイファ、ただのサイファでございますよ」


 サイファは身の丈もある細身の長剣を抜剣。ポラリスと同じく切っ先を向ける。


「そうか、多くは語る必要はあるまいな」


 二人の剣士がフューズ、エーテル、魔力、込められるものを全て込めた一撃で血戦の幕を開ける。




 スピカが対峙するのはマギウスクラスタが失われた今もマギウスの力を振るう防警局のアルト。彼はおそらく怪物となっても自我を持ち、人の姿を保っていた首相を超える親和性を持ち、人の姿でムーンストルムと同等の力を得ている。

 おそらくこれこそが黒幕であるサイファが求めた成果だったのだろう。


「マギウスの戦力は厄介ね。数もどこかで用意するつもりのようだから調査もしなくては」


 スピカはそう呟きながら遠隔操作型武装(サテライト)ギアを7基展開して全方向からランダムに射撃して少しずつアルトの周囲に漂う煙を剥がしていく。

 上空でも剣戟が行われ、人智を超越した戦いに、既に小さな都市の住民たちは認識が追いつけずにいた。


「なんでポラリスは腹を貫かれてもまだあんな立ち回れるんだ?あの黒い剣士が言っていたグラフトって関係あるのか?」


 そう疑問を口にしたガッシュに答えたのはある程度外界の知識ヴルカだった。


「ええ。グラフトはギアをより効果的に運用するため、全身をエーテルでできた体、グラウトボディに置き換える技術よ。ギア技術の中でも最高峰クラスで私が知る限り開発に成功したってニュースは聞かないわ。今ある技術は全てギャラクシー時代の遺産だけだと言われているわ」

「つまりアイツがギャラクシーの系譜を継ぐものの証左であり、グラフトボディが壊されただけで未だ生身は無傷ってことか」


 情報を複数同時に処理するのは流石歴戦の冒険者といったところか。

 アニムスの御伽噺を実現させる凄まじい技術力を目の当たりにしながら驚くほど狼狽えてはいなかった。若しくはスーラやゴジョウのように理解の範疇を超えて脳の処理が追い付かずに半ばフリーズしていたのか。

 この中で最も状況を理解できていたのは本来最も知識を持ち得ないヘレナだった。彼女はムーンストルムと化してからずっとポラリスやスピカの傍にいた。彼らについてはこの中で最も理解があるのも当然ともいえた。

 そんな彼女の足元にすり寄る影が一つ。


「モロー?」


 角を持つ兎(ジャッカロープ)のモローがその自慢の角で魔法を制御し、ヘレナに自信の感情を伝える。

 思いやり、親愛、それは彼女が伝えるべき感情を教えるように。モローは同じもふもふのマスコットとして友情が芽生えていたようでモローは自身が行使できる全ての魔力を全て強化魔法につぎ込み、ヘレナを助ける。

 

「ありがとう、モロー。一緒に、来てくれる?」

「キュッ!?」

「ありがとう!一緒に、行こ!」

「キュキュッ!?」


 明らかに行く気のなかったモローを肩に乗せてヘレナは走り出す。逃げ出すことも叶わず囚われたがこれも定めと知って覚悟を決める。


「ちょっと!待ちなさい!リーナ!」

「待て!奴は危険だ!敵味方の識別さえできていないんだ!」

「私は!ヘレナです!その名前はもう、必要ありません!」


 ヴルカとどうやらアルトに巻き込まれたことで大けがをしたらしいザウスの制止も聞かずに飛び出し、瓦礫の山を駆け抜ける。

 スピカとアルトの戦闘は距離を詰めてブレードの間合いに入りたいアルトをサテライトギアで牽制を兼ねて煙を晴らしつつ右手に持った長杖からエーテル射撃することで動きを制限し、トラップ型のフューズアーツで確実にダメージを蓄積させていく。

 非常に堅実で安定した立ち回りをするスピカの戦陣に歯が立たず消耗させられ続けるアルトはただでさえ精神的な余裕がなく、張り詰めた糸のようにピンと張ったような今の精神状態では剣を握り戦意を維持し続けることで精一杯なのだ。


「スピカさん!」

「ヘレナ!?何してるの!危ないわ!」

「私がアルトの目を覚ますの!手伝って!」

「えぇ!?」


 ヘレナはスピカの前にでてなお足を止めずに走り続ける。スピカはここにいる者の中で唯一グラフトボディなので戦場においても未だ安全と言えるのだがヘレナは生身。それも敵味方の区別さえついていない暴走状態のマギウスの前に出るにはいささか不用心と言えた。


「全部!壊れろ!」


 スピカは動揺してもなお隙ができるような綻びは一切作らなかった。圧倒的な経験値が成す包囲網を突破する方法は一つ、出血覚悟の一点突破である。

 不運というべきかヘレナとアルトは同時に前に出て、そして剣はまっすぐにヘレナの胸へと吸い込まれるように突き立てられる。はずだった。


「もう、一度だけよ。『審判者の裁定たる天秤(リヴラ)』」


 スピカは長杖を天秤を模した杖へと作り替える。ギアとは違う武器を手に、ヘレナとアルトへと左手を向けるとアルトの剣が唐突に消失してスピカの左手に収まる。

 アルトは右腕を伸ばしていたことで丁度ヘレナが抱き着き腕の中に収まる。


「アルト!私はここにいるよ!」

「ヘレ…ナ…!?」


 マギウスの煙がヘレナを包み込もうとするもスピカが杖の一振りで一気に煙を晴らす。


「お前、生きて…たのか…!?」

「一人にしてごめんね、一緒にいられなくてごめんね」


 失ったはずのヘレナを認識したアルトはついに精神力が限界を迎え、膝から崩れ落ちるようにヘレナにすがりつく。


「うわぁぁああああ!俺は!俺はァ!」

「もう大丈夫だよ、アルト」


 耳もとでささやきながら背中をさすり、あやすヘレナの胸元でアルトはとめどなく涙を流し続けた。


「もう、無茶ばかりして」


 そう言いながら範囲ヒールのエーテルアーツをスピカが発動する。重傷を負っていたサイラスやザウスの傷が瞬く間に回復し、傷がどこにあったのかもわからない状態まで再生する。


「こっちはなんとかなったわね。でも問題は…」

「ええ、ポラリスの方」


 ヴルカとスピカが見上げる先では苦戦するポラリスの影があった。


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