煙を掃う光
ポラリスは光の輝きを形にしたかのようなブレードを手に、煙を纏うムーンストルムと呼称される怪物の姿となったサイラスに相対する。
馬のような四脚の足。鋭利な爪を備えた両腕。一対の長いひげと龍を思わせる頭。そこかしらから煙が噴き出し、光を遮る。
「見ろ!この煙こそこのエルノド・ノヴォを救う希望!そして」
サイラスは爪でひっかけるようにポラリスに右手をたたきつける。ポラリスはブレードで受け流しながら躱し、返す刀で胸に突き立てるも煙が光を取り巻き勢いを奪う。
「この煙、融合素を防ぐのか…」
「フハハ!そのための力だ!目に見えぬのは厄介だ!しかしそこにあることを知っているかどうかの差は大きいということだ!」
煙を焚いてポラリスを覆うように煙を広げる。ポラリスはそれを嫌って距離を取る。
ポラリスはブレードを掲げ、その切っ先をサイラスへと向ける。
「その言い草、まるで我々の介入を予期していたようだな」
「何、噂程度の話よ。だが不埒な輩があらぬ疑いをかけんとも限らんのでな」
「そうか…ならば私もその期待に応えねばな」
ポラリスはここまで使ってきたエーテルの刃の半実体ブレードを破却して新しく剣を出力する。
「蒼穹の聖剣、この手に未来を掴ませてくれ」
空色と白の二律が刀身を成型するその剣は完全な実体を持つブレードギアである。アニムスが聖剣の銘を与えるだけの出来はあり、如何に乱暴に扱おうとも傷一つつかぬという不世出の逸品である。
半実体のブレードは刀身をエーテルを物質化させて成型するが完全実体のブレードは鋼などの物体を生成して成型する。
先程はエーテルを制御していたフューズを煙で無効化されてしまって刃が半ばから消滅していたが、ただの頑健な剣を無効化は出来ない。
引き換えに半実体の場合はほぼ無視できる剣としての重量を実体としての出来栄えの分だけ負わねばならないが。
「業物であるのは確かなようだがそれだけで変わるものかな?」
「業物である必要さえないわ。壊れなければそれでいい」
「なるほど、歴戦の猛者というわけか」
「もう一度、行くぞ」
ポラリスは剣よりも体を前に出し、右手一本で剣を持ち、左手を前に出して腰を落とす。
そしてドンっと爆発音の如き爆音を奏でてポラリスは突撃する。滑るように加速して剣を振り抜き、煙を割いてポラリスは再びサイラスに手痛い手傷を負わせる。
サイラスは接近戦は不利と見るや飛び上がり、距離を取って空中を蹴って空を進む。
「逃がさぬ」
ポラリスもまた空へと飛びあがり、氷上を滑るように優雅に飛翔してサイラスに追う。煙を掃うようにフューズの光を散らし、ついには追いついて斬りかかる。
サイラスもなんとか爪に煙を纏わせて受け止めるが鋭く、頑健な剣が煙の影響を意にも介さずに爪に当たる。何とか腕力でポラリスを持ち上げるように振り払うがポラリスはこれを逆手にとって高さに利を取る。
「傲慢が祟ったな。これで終わりだ」
ポラリスは剣を頭上に構えて力を込める。
髪も瞳も宙色に染まり、透明度の高いその内から星々が瞬く様に光を放ち、フューズを介して周囲の空間を支配していく。剣にはどれだけの力が込められたのか剣としての輪郭が周囲からは認識できなくなるほどに光が溢れていく。
「純化・過剰覇道!」
剣を振り下ろし、その剣閃に導かれて極光が落ちていく。破壊的な滅星の一撃が己の大義の為に駆けていく。
光の奔流はムーンストルムの巨躯のサイラスを完全に覆いつくされて落ちていく。そしてマギウスクラスタの筐体に叩きつけられ、炉が崩壊していく。頑丈に作られたもののポラリスの力は計算できない天文学的な数値の負荷を一瞬で与えたことで外圧から守れたのは本当に一瞬だった。
マギウスクラスタは完全に崩壊、瓦礫さえ粉々に砕け散り、奔流からはじき出されるようにサイラスが吹っ飛び、本懐を遂げてなお破壊の連鎖は止まらず、領域内へと飛び散って建屋を破壊していく。
やがてフューズの光が晴れて状況は落ち着いていき、粉塵が巻き起こり、煙が舞う。
「終わったか…?」
ガラガラと瓦礫をどかしながらゴジョウが立ち上がる。
「とんだバケモノだわアイツ」
その後ろから腰をさすりながらヴルカが起き上がり、バリアを張って庇っていたスピカもバリアを解除して外に出る。
バリアの上に乗っかっていた小石ほどのガレキがスーラの薄毛の頭に落ちてきたようで後ろからうめき声も聞こえる。
「そうだな、凄まじいものを見た。あれほどの一撃が即座に撃てるのなら最早大陸一つ沈めても不思議ではないな」
スピカに現場改修されたことで頭部だけで浮遊するドローンになったガッシュが周囲をくるくる回って様子を見る。
「建屋はボロボロだな。サイラスは無事だろうか…」
「サイラスさんならそこでのびていますよ」
スピカが指さした先には人の姿に戻ったサイラスの姿があった。
「どうやらマギウスクラスタが破壊されたことでマギウスの力を失ったようね」
スーラとヴルカに介抱され、楽な体勢になり、傷の手当てもしていく。
リーナも元の人間としてのヘレナの姿に戻る。ヘレナの方は一糸纏わぬ姿になってしまったが、予測していたスピカがすぐに服をギアデバイスから出力して着せる。
その様子を見ながら上空からふわりふわりとポラリスが下りてくる。
「任務対象の消滅を確認、以後事後処理に移る」
そう号したのはここからは見えぬ手勢に向けての物。崩壊領域も消えたことで上る朝日がかすかに見える。
煙を掃うように光が射す。
「病院などの緊急設備がセーフティラインを介して安全圏の他の街からエネルギー供給を受けられるが一般の市民はそうはいかない。すぐに復旧を始めるぞ」
ポラリスがそう命じようと一歩を踏み出す前にそこに現れた人影がひとつ。
「待てよ」
「アルト!」
ガレキの山の上に立ち見下ろす少年。防警局のアルトがブレードを片手に立ち尽くしていた。
そしてもう一人がその足元から転げ落ちるように落下してくるのでポラリスがフューズで包み、サイコキネシスで救出する。
「逃げてください、ガッシュ隊長。アイツはもう、止められない!」
そう進言するのはザウス。アルトの上官にしてかつてのガッシュの部下。マギウスクラスタの事故の際ガッシュに庇われた隊員だった。
「見つけたぞ!」
視野狭窄に陥っているのかポラリスに飛び掛かるように斬りかかる。
「コイツ!マギウスだったのか!」
ポラリスが予想外の膂力に押されるもさすがのポラリスはすぐにはじき返す。
刹那、ポラリスの背から腹に抜けるように一本の長剣が彼の体を貫いた。




