状況悪化・強行突破
サボタージュ・スクワッドは追われる側に回るが先頭はポラリスのままだ。マギウスクラスタ建造メンバーはちらちら後方から水飛沫のように飛び交う戦火を見るがポラリスだけは一人正面を見続けていた。
彼が振り返らないのはスピカへの信頼か、それとも正面に未だ彼が目を離してはならないと思わせる何かが残っているのか。その答はまずポラリスとスピカのみに知らされた。
『緊急報告、緊急報告。特異点反応の遷移を確認、崩壊点へと移行しました。繰り返します、特異点反応の遷移を確認、崩壊点へと移行しました』
電子音声の警告は自動観測システムによる観測結果を自動で作戦参加可能距離にいるソルジャー権限を持つ者全てに通告されるもの。もしも脅威が飽和した際にどの脅威を優先するべきかを一人で判断するためのシステム。だが人の反応よりも早い警告が、ポラリスを助けた。
ポラリスは手元に身の丈もある大剣を一瞬で出力し、足元から現れる影の腕を叩き斬る。
『ポラリス様、特異点が…』
「聞いた。デバイスのシステムの警告の方が早い。それにもう、接敵した」
ポラリスが剣で斬り、ガッシュがブラスターで掃射する。その対象は人ではなく崩壊点から現れる星幽。基本は生物・機械・現象を模した姿を形作るが発生源によってある程度の関連性がある。どうやら今回は人型、それも大きな体躯の『巨人』の体のパーツ単位で影から発生する。
夥しい数の腕の中に僅かだが足を模した星幽も紛れていた。ポラリスはその様子を制御ができていないと見ていた。
命と見るや襲い掛かる星幽はその見た目が人だろうが機械だろうが見境が無いようで、しっかりとガッシュにも襲い掛かっていた。だが発生したての溢れ出した数だけが並び、伸ばすだけの腕など歴戦の猛者たちに一蹴されていく。
「ポラリス!この銃はすごいな!反動が全くないのに圧倒できるとはな!」
「それは開発局の局長が開発した最新型のエーテルブラスターだ。可変式の銃身と内部換装式の収束器によって多彩な弾丸を発射することができるが…色々詰め込み過ぎて操作が複雑化したせいでだれも試験運用したがらないんだ。丁度よかった」
連射し薙ぎ払ったかと思えば次にはエーテルをチャージしてから正面に一気に解き放って道を切り拓く。
かつては防警局で最強と呼ばれた男にとっては今までに取り扱った兵器を全て上回る最強の兵器であり、兵器に望んでいた要素を全て兼ね備えた最高の兵器だった。ガッシュは自分手に収まるその兵器の力に感動しながらポラリスと共に最前線を駆け抜ける。
「この力があれば友を止めれる。感謝するよ」
「俺にも止めたいものがある。ギブアンドテイクというやつだ」
その隣でガッシュ以上に大暴れしているのがポラリスだ。身の丈もある大剣を片手で周囲を巻き込むことなく星幽だけを的確に、急所を叩いて一太刀で何体も同時に撃破していく。それとは別に融合素の弾丸を放って剣では届かない死角から襲い掛かる星幽を的確に狙い撃ち、丁寧に丁寧に一体ずつ潰して回る。
そんな強者二人が突き進むことで前進をしており、二人からすれば命の危機を感じるような厳しい戦場ではなかったがそれは戦い慣れた二人だからこそだ。
戦い慣れていないゴジョウとスーラは野の獣や魔物でさえ見たことすらわずかなのに超級の災害戦線の最前線を駆け抜けるのは尋常なことではない。簡易バリア装置が自動でバリアを展開するとはいえ完璧に防ぎきれるものではないし常に起動していてはすぐに使い物にならなくなる。
だからヴルカが後ろから常にカバーしていた。もちろん自分に襲い掛かる腕を払いのけながら二人を守るために多くのリソースを割いていた。
「あなたたち、自分の身ぐらいもう少し守りなさいよ!」
「馬鹿を言うな!戦うのなんて初めてなんだ!」
いたいけな魔女と堅気な技術屋が口汚く言い合う様を見てゴジョウは思わず胃薬を探して手元にないことに軽く絶望する。
ポラリスが全体の6割ほど受け持ってくれているとはいえ一度に三本も四本も自分を殺すために腕が伸びてくる景色には毎度毎度生きた心地がしないというのにその上で味方同士で口論しておりその一方が自分を守ってくれており、もう一方が自分と同じ立場とあっては最早いつ巻き込まれてもおかしくないのである。
「ねぇ!アンタも少しは手伝いなさいよ!」
ヴルカは青筋を立てながら細い火炎の螺旋をポラリス目掛けて放つ。ポラリスは背後から襲う炎魔法をスレスレでよけ、影の腕へと見事命中する。
「既に先頭で過半数は受け持っているんだがパイプラインを傷つけられないからこれ以上の火力は使えない」
お詫びにとばかりにポラリスは一度に放つサイコバレットの弾数を大幅に増加させて周囲の腕を一度一掃する。
「できるんなら早くしなさいよ!」
「何度も使えるわけじゃない。それに本番はこの先なんだからこれ以上消耗するわけにもいかない。君こそ何かないのか?」
ポラリスはぼそりとついでに’それでも魔女か’と零す。ヴルカはその口の動きを読み取り、激昂する。
「あったま来た!そんなに言うなら見せてあげるわよ!」
ヴルカは最後尾から一気にポラリスとガッシュの前に出て手元からギアの杖を取り出す。
「見てなさい!こんなもの全部焼き払ってくれるわよ!」
ヴルカはありったけの魔力を杖に込めると視界を完全に覆うほどの炎が噴き出す。
「火蜥蜴の砲焔!」
マナを単純に疑似現象へと変換するだけの原始的な魔法。だが長年の修練の末に高い変換効率と精密制御を以て望むものだけを燃やし分ける。
パイプラインに沿って現実の熱量を持たない炎が走り、星幽が根本の影から燃え上がる。
魔法術式最大の特徴。それはエーテルやフューズによって引き起こされる現象は現実に作用する燃焼反応などの化学反応や物理現象を伴って発生するが、魔法が作用するのは術式に定義された対象に限り、延焼、結露と言った二次的な現象は発生しない。
しかし疑似現象と呼ばれる見た目だけが似通ったこの技術を使いこなせる者は限られており、副次反応が発生しないことで逆説的に機械や道具で起動することは出来ない。
さらには魔女と呼ばれる存在の血族でなければ才能が発言する見込みすらない。結果、研究も散発的で体系化があまり上手くいっておらず、地域ひいては個人個人でそれぞれ独特で全く別物の技術と言っていいほど進化していくのも特徴である。
ヴルカは誰の血族でもない始祖の魔女その人であり、その力は天災に匹敵する。災害の余波に過ぎない影の腕を焼き払うなど朝飯前なのである。
炎があらかた燃え尽きるとパイプラインは無事なまま星幽だけがきれいに燃え尽きていた。
「どうよ!これが魔女の本気よ!」
「ご苦労。道が開けたな。今のうちに一気に駆け抜けるぞ!」
「ちょっと!もっとほめたたえなさい!」
ポラリスが一気に加速し、ゴジョウとスーラを乗せてガッシュもホバー巡航に移行する。置いていかれそうになったヴルカが必死に追いかけながら承認欲求を爆発させる。
「見てたわ。すごかった。流石魔女の力ね」
いつの間にか合流したスピカがヴルカの耳元で優しくほめてくれたことで機嫌を直したヴルカは気恥ずかしそうに顔を赤らめながら駆け抜けていく。ふと後ろを見ると何とか肩を貸しあったり、負傷兵を退避させたり、増援と合流することで何とか体勢を立て直したようだが星幽の影もまた再び広がり始めていた。この様子ならこちらを追ってくることは無いだろう。そう判断して先を急ぐ。
なんとか必死に駆け抜けたサボタージュ・スクワッドはパイプラインを駆け抜けて生産プラントの中心に佇むマギウスクラスタの建屋にたどり着いた。
「行くぞ!」
ポラリスが搬入口を強引に開けて一番に中に飛び込むが、建屋の中は完全に異界化していた。
コンテナがそこかしこで浮かび上がり、パイプラインはちぎれ飛んでいるのにも関わらず中身の流体エーテルは零れることすらなく流れ続けている。床もところどころ消滅したり蒸発しつつある箇所があった。
「何…これ…」
「何が起こっているんだ…」
あまりにもこれまでとは違う常識が支配する世界にヴルカやガッシュまでもがうろたえる。
この景色を既に何度も見ている専門家が
前に出て告げる。
「これは特異点を越えた災害、崩壊点を中心に広がる領域、崩壊領域だ」




