作戦開始・防衛線突破
冒険者たちが前線基地として作り上げた街、エルノド・ノヴォは人口爆発によって様々な社会問題が顕在化。特にエネルギー問題は喫緊の問題となっていた。
そこで建造が始められたのが遠い異国で開発された最新のエネルギー供給機関『マギウスクラスタ』。しかしそのマギウスクラスタは起動実験に失敗し、人を『マギウス』という怪物に変貌させる災厄と化してしまった。
だが失敗したとはいえ余りある余剰エネルギーは街を照らすには十分すぎたことで運用せざるを得ない状況になってしまう。そのためエルノド・ノヴォは犠牲を出しながらも災厄と共存してしまう道へと進んでしまい、後にはもう退けなくなってしまった。
だがマギウスクラスタ建造に関わった者たちは犠牲を許容できず、破壊を望んでいたがそれを成すだけの力が足りなかった。
そこへ丁度訪れたポラリスの力を目の当たりにしたことで彼なら成就できると考え、彼に協力し自分たちが作り上げた成果を無に帰す作戦を実行に移すのだった。
エルノド・ノヴォの北部、生産プラントのエネルギー伝達トンネルの出口。
ポラリス一行は作戦開始の時を待っていた。
「ガッシュの再点検は終わったな?」
「ああ、今日は全身が壊れるまで戦ってやるぜ!」
「持って帰るの大変だからできるだけ壊さないでください」
意気揚々とガシャンと音を鳴らして自信を見せたがスピカに郁子もなく一蹴されてがっくりと項垂れる。
「ヴルカ、君も装備を点検しなくていいのか?」
「私は別に故障なんてしないわよ」
「いや…まぁ…いいか」
ゆるぎない自信を張るヴルカを見てポラリスはどこか諦観を見せながら視線をスピカの方に向ける。ポラリスが向く前に既にスピカがポラリスに視線を向けていたため視線が合い、スピカはにっこりと笑う。
「準備は万端です」
「俺もだ、いつでも行ける」
ポラリスの頭の上でリーナもまた翼を広げて準備が万端であることをアピールする。彼女が何か仕事をしなくてはならないわけではないが何か問題があるよりはない方がいい。
そんなこんなで月が沈み、時刻は朝2時50分、作戦開始10分前である。そこへ二人の追加メンバーが現れた。
「本当に集まっているのか…」
「なんじゃなんじゃ、奇妙な集まりじゃな」
ゴジョウとスーラが動きやすい姿でその場に現れた。どうやら予めポラリス達は連絡を付けていたようで動きやすい服で現れ、スーラは工具も手にしている。
そしてヴルカとガッシュも驚きこそすれ騒ぎはしなかった。どうやらある程度予測はしていたようだ。
「来たか。ここから先は戦場になる。覚悟はできているな」
「そんなものとっくにな」
目の据わったゴジョウの覚悟を決めた表情を見てポラリスは頷き、護身用のサブマシンガンを2丁と簡易バリア展開装置を2つ出力する。そしてひとつづつ二人に渡す。
「いざという時に使え、さあ最後に作戦を確認するぞ」
ポラリスがそう号するとスピカが立体マップを可視化させてみんなに見やすくする。
「まずはこのトンネルで待ち構えているであろう防警局部隊を回避しつつ前進する。スピカだけはこの時わざと姿を晒して囮になってもらう。敵を殺すことなく無力化するのは得意だろう?頼むぞ」
「ええ、任せて」
「そして虚数レーダーの反応的に数時間以内に特異点が崩壊点に移行する。つまりいつ前方から第三勢力としてアストラルが向こうから来る可能性がある。その場合は俺とヴルカで殲滅しつつ、ガッシュにリーナとゴジョウとスーラを乗せて一気に突破する」
ポラリスはそして拳を掲げる。
「そして建屋に突入したのちマギウスクラスタを緊急停止させ、俺がこの手で破壊する。今、この作戦に全てを懸けろ。いいな」
ポラリスがそう言いながら見回すと全員が頷く。ポラリスは先頭に立って進み始める。
「オペレーション『サボタージュ・スクワッド』、作戦開始だ」
先頭を走るのはポラリスだ。メカニカルで実用性を重視していながらデザインにも気が使われたアーマーギアを纏い、両腰にはいつでも戦闘できるようにブレードギアが1本ずつ待機状態で収められている。滑るように1歩1歩が長く、スケートのようだ。その肩にはリーナが止まっていた。
液化エーテルを大量に輸送するために巨大な内径のパイプの下に隠れて走る。彼を追うようにガッシュがホバー移動で駆け抜ける。ポラリスから貸与されたらしい大型のエーテルブラスターを抱え、数種類のグレネードをすぐに投げれるように腰に吊ったり腕の中に隠したりしているようだ。
ゴジョウとスーラはサブマシンガンを片手に全力疾走で追従する。彼らは走りなれていない為ポラリスとヴルカに身体強化の術式を重ね掛けしてもらっているがそれでも行軍に慣れている二人と共に進むには厳しいようだ。
殿を務めるのは杖に乗ったまま浮遊して飛翔するヴルカだ。彼女は飛行魔法でポラリスとガッシュのスピードに追い付きながら周囲を警戒する。
そして一人だけパイプの上をヴルカ同様に飛び上がるのがスピカだ。彼女はまた長杖を片手に空中をまるでマーメイドのように泳ぐように飛ぶ。彼女もメカニカルなアーマーギアを纏い、各所にクリスタルの装飾もあしらわれ、ポラリスと対になるように仕立てられていた。
7人の破壊工作部隊はエネルギー供給パイプに隠れるようにして進行していくが、流石にマギウスクラスタ建造に関わった4人が一度に姿を晦ましたともあれば何かしらの疑いをかけることになるだろう。そして信用のおける直属部隊に警備を命じるのも考えられる。
想定通りに防警局部隊が防衛線を張って待っていた。
「やっぱり待ち構えていたか」
「ええ、作戦通り私が相手するわ」
スピカは一際強く空を蹴って飛びあがり、長杖を掲げる。杖から光が溢れ、待機中のエーテルが荒海のように暴れ狂う。
そんな目立つスピカを逃す防警局部隊ではなく、彼女めがけて何本もの火線が走り外れたビームが透過樹脂の天井を砕き、割れた硝子質の樹脂の破片に光が乱反射して麗しきスピカを彩る。
「みんな、手伝ってね」
スピカの足元から飛び立つようにクジラが、シャチが、サメが、マンタが、小魚の群れたちがスピカの周りに現れる。
エーテルの体を持ち、フューズの力でかりそめの命を持ったシキガミとポラリス達が呼称するしもべ達である。
「俺も手を貸そう」
パイプの影に隠れてその様子を見上げるポラリスはスピカの足元から天龍が飛び上がる。四肢を大きく広げ、全身に皮膜を生やし、しなやかな体躯をくねらせてスピカの頭上を守るように円を描くように飛び回る。
龍もまたスピカの指揮下に入り、スピカは皆を引き連れて防警局の防衛線に突撃していく。
クジラはその体躯で押しつぶすように腹をたたきつけ、波しぶきのようにエーテルの波が防警局隊員を吹き飛ばし、サメやシャチは大きなアギトで噛みついて戦列を文字通り食いちぎり、マンタは空中でターンを繰り返して吹き飛ばして回る。数で囲むつもりだった防警局部隊は一瞬で吹き飛ばされてしまい、その弩級に派手な戦いに紛れ、ポラリス達は駆け抜けて突破する。
龍は先の第二陣に向けて流体エーテルのブレスを吐いて突破口を開き、吹き飛んだ隊員たちはスピカが長杖を中心にオーロラのように広がるフューズのクッションで回収して
「おとなしくしていてね」
と声をかけて保護して回る。スピカは必ず目を合わせるようにし、その瞳の美しさと彼女自身の愛嬌、何よりも覚醒因子の力で戦意を失わせ、保護された隊員は皆自ら力が抜けて戦列から離れていく。
「凄まじいな」
下からその様子を見ていたガッシュは感嘆の声をこぼした。美しく舞うように手下たちを指揮教導し、防警局を手玉に取るスピカの姿を見て驚きを隠せない面々は走りながら足元がおろそかになりながら走り続ける。
「俺も片手間に手玉に取られるなありゃ。この街の人間はもう誰も勝てないな」
「かつてエルノド・ノヴォ最強と言われたあなたにそこまで言わせるのね」
ヴルカも果てしなく強さを示すスピカに驚く。驚くことは出来てもポラリス同様恐怖することさえさせてもらえない。ポラリスほどではなくとも幻術で周囲からの認識を操作しているようだ。幻術を相手に気付かれない程度に軽く、巧妙にかけることで立ち回りやすくしているようだ。
今は数の有利がどちらにもないので質の差で押しているが増援が到着すれば趨勢はすぐに変わるだろう。それが分かっているからスピカも一人一人倒すのではなく縦に突破していく。
あまりにも強大過ぎる敵を前にして戦意を喪失していく隊員も多くいた。だが大半の隊員は自分の使命を忠実に果たそうと努力し、そして水泡に帰していった。
「剣気乱舞」
スピカがそう号すると杖先にエーテル刃を形成し、杖を振るうと刃が飛んでいき、少しずつ分離して無数の刃が飛翔する。そして刃が何かに衝突するたびに斬撃が発生する。この刃が装甲の間隙を貫き障害物として設置された展開式の盾を破壊し、最後の防衛線突破してその下を他のメンバーが駆け抜ける。
サボタージュ・スクワッドはついに追われる側に回った。




