Xデイ
全てはその日に一度収束していた。
事の発端は善意から始まったはずだった。弱者の救済、その内訳は具体的には流民や難民の受け入れ、少数民族や亜種族、希少種の保護、環境の保護等。慈善事業を推し進めるのは政治家としての人気取りとして見られるかもしれないが彼は心から善意から推し進めていた。しかしそのためのリソースはあっという間に足りなくなった。食料、水、衣服、住居、医薬品、教育、職、そして何よりもエネルギーが不足していた。食料は輸入という手段がある、その為の外貨もある。当然衣服と医薬品も輸入に頼るという手段が可能である。そして住居と職はお互いに解決することが可能で、建材も輸入という手段がある。しかし内部で完結しなくてはならない要素が二つ残ってしまう。必要な要素が簡単に集まらない教育と鮮度があり輸入には頼れないエネルギー分野である。
教育という分野は国家体制の根本にあり、土台となる部分であるため長期的に放置しておくことは出来ないが短期的には無視してしまっても致命的なダメージには繋がらない。しかしエネルギーは必要になった時に存在しなければ人命に直結する場合もある。そのためにどんな手を以てしても今すぐに必要になるのだ。慈善事業を進めるためには。
例え、悪魔に魂を売ったとしても。
「隊長、まもなく稼働試験が開始されます」
「…ああ、わかっている。しかし…妙だな…」
現場の警備を担当する防警局から選抜された特殊部隊の部隊長は目の前で進められている実験の様子を訝しげに見つめていた。それはこの都市国家を救う新エネルギープラントの核となる部分であった。
「妙…ですか?私の理解の範疇では収まらないもので」
そんな無駄話もしつつ二人はバディとして背中合わせになりつつ本来するべき警備には一切手を抜いていなかった。
「何か…嫌な予感がするんだよ。こういう時は大抵良くないことが起こるもんだ」
「我々が突っ立ってるだけで済めばいいんですけどね」
「全く同感だが、そうはならんだろうな」
隊長が言い終わる前にサイレンとアナウンスが流れ始めた。
『現時刻を以てエネルギープラントの稼働試験を開始します』
「さ、仕事だ仕事」
そう言って警戒度を一段と上げる。必要なく全神経を張り詰めていたら必要な時に動けなくなってしまう。上手く気を抜く事も重要な技術だ。
背を向けているのにも関わらず熱量が増大していくのをひしひしと隊長は感じていた。直接視界に入れているバディはなおさらだろう。そして光を放つその姿を見れば恐れおののくのも仕方のないことだ。
「マギウスクラスタ、臨界状態に入りました。制御機構、問題なく機能しています」
管理モニターを確認していた少女が計測機器を確認しながら報告をしていく。見るからに年端もいかなそうな少女ではあるが彼女がこの計画に関わる人間の中で最も計画に理解があり、そして最も貢献している人物でもあった。ゆえにこの場に居合わせることをとがめるものは誰一人としていない。
「頼む…何事もなく終わってくれよ…」
管理室に並ぶ技術者たちもそろって祈りをささげる。未知のシステムに四苦八苦した日々が報われる時が近づいているのだ。誰もがこの実験の成功を心の底から願っていた。
「これから始まるのだ…新しい時代が」
その成功を願っているのは現場だけではなかった。都市中央部の行政府でも行政側の担当者達が集まって実験の推移を見守っていた。そのなかで一人、誰よりも背の高い男は静かに見つめていた。彼にとって、その実験の行く末は彼の将来を示しているかのようだった。成功するなら未来は明るく、そして失敗するならそれは闇の中へと沈んでゆく。
様々な立場、職業の人々が皆成功を望んでいる中ただ一人、呪いを与えるものがいた。その者はただ一人、隔壁の向こう側で人の身には余るエネルギーを一心に受けていた。
「実に醜悪で、滑稽だな。よもや救済を謳い苦痛を強いて凶行に手を伸ばすとは」
その眼には失敗する光景が映っていた。それが予測だったか願望だったかは本人を含めて誰にもわからないだろう。しかし、結果的には…
彼の望みだけが的確に叶う結果となった。